第433話
とある日の午後。
シンシアは銭湯のサウナへ、サンは色街に出来た青オーガのための新しい建物への引っ越しの手伝いに。
この日はエミィの夫もこの街に引っ越してくることになっており、エミィが忙しそうに、でも嬉しそうに走り回っていた。
「今日は珍しくふたりきりね」
「そうだな。24時間営業の店の準備は明後日からだし、今日は他になんにもやることがない。シンシアもサウナのあとはサンのところに行くと言ってたしな」
「トッポさんやおじいちゃんも、私達の街へと出発したんだよね?例の・・・ハメッコ?ってやつのために」
「サミットな。お前もうわざとだろそれ・・・」
窓の方に椅子を向け、どんよりとした曇り空を見ながら会話をするドモンとナナ。
すっかり寒い季節となり、暖炉がついに活躍する時が来てしまった。
冷暖房がついた自動車が届きさえすれば、ナナを連れてオーガの温泉までドライブにでも行きたいところだったが、あいにくまだ完成はしていない。
ドモンの注文通り冷暖房の他に、ドアに鍵や変速ギアの搭載、その他諸々を改良しなくてはならないからだ。
中でも一番酷いドモンの注文は『車内で寝泊まりするから、もう少し大きくしてくれ』というもの。
ドモンはキャンピングカーを想像して適当に要望を並べただけだったが、座席がベッドになるようにして欲しいだの、トイレや水浴びが出来る個室が欲しいだのと無理難題の連続。
それによって、結局車体をまるごと作り直すことになってしまったのだ。
『先生・・・宿題が過ぎますよフフフ』とギドからの手紙。
文面を見るに、ドモンには喜んでいるようにしか思えない。
そんな手紙の他にもう一通。こっちはカールからのもの。
なにか問題でも起きたのかと心配したが、中身は高級温泉宿の完成の知らせであった。
この街の銭湯を完成させた大工や鍛冶屋が戻るなり、他の街からも雇った大工達と協力し、急ピッチで仕上げた旨が書かれていた。
それを受けてトッポ達も出発したのだ。
各国の首脳達も一緒なので、馬車と護衛の数はとんでもない事になっていると聞いた。
「私達も入ってみたかったわね。その宿の温泉」
「帰った時の楽しみにしておこう」
「街の風景も変わっていそうね?」
「増えた領地の方にも家や店がもう建ってるってさ。街に住む人も随分と増えたみたいだし、この街みたいになってたりして」
「アハハ流石にそんな事ないわよ」
そんな事が本当にあったのをふたりはまだ知らなかった。
知ったところで、自分の目で見なければ信じられないだろうけれども。
ヨハンの店、つまりナナの家が、駅前の大通りに面しているような形になっている。
グツグツと暖炉の上にある鍋の湯が沸く。
天井まで昇る湯気を見ながら、しばしの沈黙。
「私達は引っ越しの手伝いしなくてもいいのかな?」
「脚の悪い俺がいちゃ、かえって足手まといだからな。それにお前もどうせ物を落として仕事増やすだけだろ?先に言っといたんだ。ナナに触らせるなって」
「なによそれ!もう!」
「お前だって心当たりあるだろ。だから誰も手伝えと言ってこないんだ。シンシアですらなアハハ」
お互い情けないけれどそれが事実。いれば邪魔となる。
その引っ越しをする建物の一階は憲兵達の詰め所、つまりは交番となっているんだけれど、そこでも憲兵達の引越し作業がせっせと行われていて、騒々しいと言っちゃなんだけども、どうにも落ち着かない雰囲気。
明日にはエステの上の三階の占いの館が完成し、エルフ達も引っ越してくるとのこと。
てっきり通いで来るのかと思いきや、まさかの住み込み。
「大きな風呂もあるしオーガが守ってくれるなら、ここの方が安心して住めるさね」
「家賃も払うのだから別にいいじゃろ」
・・・なんて事を言っていたが、それとなく聞き出したところ、どうやらドモンのそばにいるのが目的らしい。
ただ例の若返り効果を狙っているのか、それともエルフの長老からの命令なのかまではわからなかった。
「ねえドモン、暖炉に薪入れていい~?」
「いや、もう消すから入れなくていい。暇だし腹も減ったから飯でも食いに行こうぜ?ヘレンからエステの件で小遣い・・・じゃなかった、給金を貰ったんだ」
「やったわ!すぐ準備する!久々にふたりでお出かけね。ドモン、私どんな服がいい?」
「もう寒いから厚着ならなんでもいいんじゃないか?」
「もう!なんでもいいってなによ!」
服がある部屋に入り、何やらゴソゴソと着替えたあと、ドモンがいる部屋のドアを少し開けて顔だけ出すナナ。
ドモンがナナの方に振り向いたのを確認すると、ジャーン!と言いながら飛び出してきた。
上は向こうで買ったクリーム色のモコモコのセーター、下はデニムのミニスカート。
しかしパッと見はセーターにスカートがほとんど隠れていて、下は何も穿いていないようにも見える。
「どうかな?」
「どうかなってそりゃ俺の大好物だけれども、・・・お前寒くないのか?」
「寒いわよ。でも普段から脚は出してるし、長いスカートといったって結局は下が開いてるんだから、風が入ってきてスースーするのは同じだしね」
「そういうものなのか」
「そういうものよ」
男からすれば考えられないことだけれども、男の『寒い』と女の『寒い』の感覚は、かなり違いがあるとされている。
女ももちろん寒いと感じ、パンストなどを穿いて寒さをしのいだりするが、男はそれでも実は耐えきれない。
筋肉量や脂肪量の違いで体感温度の感覚も全く違い、男は『暑がり』で女は『寒がり』と言われている。
それじゃ逆なんじゃ・・??と思われがちだが、それを我慢出来るか出来ないか?はまた違う話なのだ。
女性は寒さに弱いけれど、脂肪により体温をキープすることが出来るので、なんとか耐えきることが出来る。
男性は寒さに強いはずだけど、限界まで行ってしまうともう終わり。その瞬間、寒さが激痛へと変わる。
もちろん男も女性並みに脂肪を蓄えていれば話は違ってくるけれども。
ちなみにその脂肪は、密着することで熱を帯びる。
冬山で遭難した時に女性と裸で抱き合うなんて話がよくあるけれど、実際にその効果は絶大。
そんな訳もあり、女性はストッキングを皮膚に密着させるだけで熱を発生させることが出来るのだ。生足の場合は脚を隙間なく閉じると熱が出る。
ナナに抱きまくらにされたシンシアが、ポカポカで眠くなってしまったのも頷ける。
「手が寒い時は、おっぱいの下に手を入れるとあったかいよ。手が暖かくなったら、今度はその手を脚にくっつけるの」
「どんな寒さのしのぎ方だよ・・・」
「お母さんに教えてもらったのよ」
「巨乳星人達の寒さのしのぎ方聞いたところで、俺には何の役にもたたないな。さあ行こうか」
身振り手振りで真面目に説明をしたナナ。
汗だくになりながら「手先がすぐに冷えちゃって」と訴えていた。
外に出ると耳がすぐに痛くなりそうな冷たい風。
寒い寒い!とナナがドモンの腕に絡みついたが、くっついているナナの身体は、ムンムンに熱くなっているようにしかドモンには思えない。
「どう?ドモン、あったかい?」
「ああ、もうナナが側にいないと冬は外歩けそうにないよ」
「エ、エヘヘ!じゃあこれはもっとあったかい?」ナナは真正面からがっぷり四つに抱き合った。
「すごく温かいしすごくスケベで嬉しいけれど、全く前に進む気がしないから離してくれ」
「いや!だって寒いもん」
ドモンには周囲の視線が気になったが、ナナにはドモン以外は何も見えていない。
胸元に鼻をくっつけ、スーハースーハーと鼻息を荒くしているナナの頭からは、モクモクと湯気が出ていた。
「あ~暑いわ~」ドモンに見せつけるように胸元をパタパタ。
「もうどっちだよお前は!・・・・ってあれ?雪だ・・・」
「あ、本当だ。雪ね・・・」
脳天気なナナでも、雪でワーイと喜ぶことはない。
雪は死の季節到来の知らせ。
小さな村が大雪で閉ざされれば、食糧不足で全滅することだってあるのだ。
「ギドに頼んだあれが間に合えば良いんだけど」
「???」
「まあ今はとにかくどこかの店に入ろうぜ!寒い寒い!酒飲まなくちゃやってられねぇ!」
「ウフフもうまたお酒!じゃあ早く行こ!」
ドモンとナナが街の雑踏の中に消えていった頃、ギドはまた、ドモンからの手紙に悲鳴を上げていた。




