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第430話

「おい貴様!!何をやっている!!ここを開けろ!!」


母親の窮地に我を忘れた息子の、ドンドンとドアを叩く音。


「うるせぇな、息子か?お前の母親を綺麗にする施術をしてやってんだよ。黙ってそこで待ってろクソガキ」

「おい!よせ!」

「ごめんなさい!!ごめんねぇ!!私が・・・私がこんなにだらしなかったばかりに・・・オホォォォオオ!!」

「ここを開けろおおお!!!」


息子は涙目でドアを叩き続けたが、まるでびくともしなかった。

気づけばドモンにすべてを任せたはずのヘレンの夫までやってきて、父と息子で力を合わせ、ドアに何度も体当たり。

だがやはり、ドアはびくともしない。


「し、死ぬぅぅ!!オヒョヒョヒョ!!」

「まったくうるせぇ女だな。仕方ない、縛り付けるか・・・」

「おい!!」「もうヤメてくれ!!」

「あなたぁごめんなさい!私はもう!ハァァァン!!」


部屋の中で一体何が行われているのか?

夫も息子も侍女達も気が気ではない。


「父さん!みんな!どいてくれ!炎の魔法でドアを吹き飛ばす!」

「駄目だ!ヘレンに当たってしまったらどうする気だ!」

「だって父さん!このままじゃ母さんが!うぅぅ・・・」

「ああ~ドモン様!もうおよしになってぇぇぇ」


はしごを使って外から窓を割ろうだの、斧を使ってドアを叩き割ろうだのと、ドアの向こうの廊下では大騒ぎ。


「父さん!もう一度一緒に体当たりでドアを!」「うむ!」

「騒がしいなお前らは。仕方ない、ほら入れ」


ドモンによって突然ガチャリと開かれたドア。

部屋の中には身体にタオルを巻いたヘレンが、ベッドにうつ伏せに寝転がっていた。


「母さん大丈夫か?!」

「あら?みんな揃っていたのね?見てあなた、ドモン様のお陰でお肌がこんなにもすべすべに。それに天にも昇るほど気持ちいいのよ!ついつい我を失ってしまったわホホホホ」

「・・・・」「・・・・」「・・・・」「・・・・」


一番に飛び込んだ息子だったが、数年ぶりに嬉しそうに微笑む母親の姿を見て、ヘナヘナとその場に崩れ落ち片膝をついた。


「よし次は顔だ。ついでにみんなも見学するか?流石に胸だのお尻だのは見られるの恥ずかしいだろうけど、顔ならいいだろ」

「ええ、宜しいですわ」

「もっと良いオリーブオイルがあればいいのだけれども・・・」

「ございますドモン様!少々お待ちくださいませ!」


ドモンとヘレンの会話を聞いていた侍女が走り去り、すぐに高級そうな瓶を掲げながら戻ってきた。


「どうぞこちらを」

「え?いいのかなこれ?随分と高そうだけれども・・・」

「あなた、宜しいかしら?」「構わぬ」「ですって。ドモン様」


明らかにドモンが買ってきた物とは純度が違う、琥珀色のオリーブオイルを手に取り、ベッドに腰掛けているヘレンの首の辺りから下顎にかけてドモンが手を滑らせてゆく。

ヘレンはまたうっとりと口を半開きにしながら、白目をむいた。


「あはぁ~ドモン様ごめんなさぁい・・・またヨダレが出てしまいます・・・」

「いいよ気にするな。今はとにかく全身の力を抜け」

「ごめんなさいね、あなた達ぃ~・・・こ~んなだらしない姿を見せてしまってぇ~・・・私はこんな女なの。許してちょうだい~・・・ハァ~でもと~っても幸せな気分なのよぅ~・・・」

「母さん・・・」「ヘレン・・・」


こんなだらしのない母親の姿を見た息子は、ショックであるとともに、なぜだか奇妙な気持ちにもなった。

親としてではなくひとりの女性として、なんだかとても可愛らしく思えてきたのだ。もちろん恋愛対象ではないけれど。


守ってあげたい。自分が守らなくてはならない。かけがえのない人。


「ほら母さん、またヨダレが。みんなにも・・・ドモンさん?にも笑われてしまうよ?」ハンカチで母の口元を拭った息子。

「だって」

「だってじゃないよ仕方ないな。ほらみんな仕事に戻ろう。ドモンさん、母をよろしくお願いします」

「ああ、任せとけ。お前の母さん綺麗にしてやるからな?あ、旦那さんはこれについての話があるから残ってもらえる?ちょっといいこと思いついたんだ」


これ以上母に恥をかかせぬよう、息子が皆を追い出しドアを閉める。

その途端ヘレンの夫は涙を浮かべ、全身オイルまみれだと言うのにそのままヘレンに抱きついた。

ヘレンはすぐに夫の気持ちを汲み取り、一緒になって涙を流す。


「あの子が!あの子が母さんって呼んでくれたの・・・あの時からずっと呼んでくれなかったのにうぅぅぅ!!」「ああ!ああ!」

「ほらほら、いい服が台無しになっちまうぞ?」ドモンはヤレヤレのポーズ。手からオイルが溢れないように。


「ドモン様!私、あの子のためにも綺麗になるわ!あの子の自慢の母親でいたいの!」

「そりゃ結構なことだ。で、だ。あんたみたいな女性のために、綺麗になれる店を作りたいんだよ。今やった施術を有料で行うような店を。ま、他の店と同じ様に、俺が運営するわけではないけどな」


「わ、私が出資いたしますわ!ねぇあなたいいでしょう?!」

「ああもちろんだともヘレン。ドモン殿、その時は他の店と同様に、助言をいただけますかな?」

「利益の2%貰うぜ?」ニヤッと笑うドモン。


エステティックサロン開業決定である。オーナーはヘレン。

これで色街に女性客も呼び込めるだろう。


「さて最後の仕上げは胸なんだけど、ここは旦那さんがやってあげたらどうだ?やり方覚えれば毎日やってあげられるだろう?」

「うむ。ではどのように?」

「まず少しオイルを胸に垂らし・・・背中と脇腹の方から肉を胸の方に・・・そうそうその調子だ」

「なるほど・・・フゥ」「ハァハァ・・・気持ちいいわあなた。ハァン」


気がつけば、いつの間にやらふたりの世界。

おじゃま虫は去りゆくのみ。

スケベをするなら服は脱いだ方がいいと助言をし、ドモンは部屋を出た。


出ると廊下の少し離れた場所に、先程の息子の姿。


「おい、話は聞いていたんだろ?お前だよお前」

「え、ええ・・・」


今の両親の話を盗み聞きしてたのがバレてしまっていた息子が、バツの悪そうな顔で振り向いた。




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