第423話
「なんてことをなさっているのですか!お父様!お母様!!」
遠くから聞こえたサンの悲鳴にシンシアは飛び起きて、着替えをするなりすぐさま部屋を飛び出した。ナナは裸のままで、ヨダレも垂らし大いびき。
スカートの裾を掴んでキョロキョロと廊下を見回していると、上の階から「服を!服を着てください!見せちゃダメですぅ!」とまたサンの叫び声が聞こえ、大慌てで階段を駆け上った。
四階に行くなというドモンが書いた看板も読んだが、サンの一大事となればそれどころではない。
もし暴漢に襲われているなどということがあったならば、刺し違えてでもサンを助け出す覚悟。
涙目になりながら「今行きますわよ!ワタクシのサン!!」と階段を駆け上がったところで目に飛び込んできたのが、廊下で裸で抱き合っていた両親と、あんな事やこんな事を行っている他国の王族達、そして腰を抜かして立てなくなっていたサンであった。
シンシアは、混乱してポロポロと涙をこぼしているサンに駆け寄り抱きしめ、両親を睨んで叱責した。
いわゆる『あんた達!うちの子になんてことしてくれてんだ!』である。すっかりサンの保護者。
「だって、あのキノコを食べたら仕方ないじゃないシンシア」
「だってではありませんお母様!早く着替えてらしてください!お父様も皆様も!」
サンの目を塞ぐように抱きかかえ、母親を叱責するシンシア。
しかし皆はもうどこ吹く風で、裸のままのんびりとしていた。
「そうは言ってもシンシア、これがなかなか治まらないのだ」と、娘に元気な何かを自信満々に見せつける父親。
「ヤメてくださいお父様!!もうっ!!」
「ハッハッハ!!」「ホッホッホ!!」「ガハハハ・・・」「フフフフ・・・」
体に自信を持った時、心にも自信を取り戻す。
心と心、そして体が繋がった時、夫婦は愛を取り戻す。
シンシアにはもう両親が別人のように見えていた。
王としての威厳と誇りが、その身体から溢れ出ていたからだ。
「ハァ・・・妙に自信をお持ちになって、また戦争を仕掛けるようなことがあってはいけませんよ?お父様。そして皆様も」
「もうそのような馬鹿な真似はせぬと約束しよう」「恩を仇で返すような真似は出来ぬ」「私も誓おう」
「本当ですことよ?何かありましたら、ドモン様にすぐにご報告いたしますから!ね?サン」「はい!」
今回のサミットで協定を結ぶ国々の間では、ドモンと敵対することはもうない。
あり得るはずがない。メリットが何も無いからだ。
それよりも、万が一自国がドモンと敵対するようなことになれば、協定を結んだその他の全て国が敵となり、一斉攻撃されてしまうことは必至。
「皆様、御主人様が食堂の方にいらして欲しいとの事です。きっととても美味しいお料理をお作りしておりますので」とサン。
「えっ!それは本当なのかしら?!ではサン、すぐに参りましょう!モタモタしているお父様の分まで食べてしまうんだから」
シンシアがサンの手を引き、階段を優雅に下りていった。
「う、美味すぎるだろこれは・・・ジジイ、これ・・・」
「うむ。あの時食したものよりもまろやかであり、舌がひりつくような感覚もない」
「どうなんですか?どうなんですか?ねえドモンさんってば!僕も仲間に入れてくださいよ!」
早速ソースの味見をしたドモンと義父だったが、ひと舐めしただけで違いがわかるほど、旨味あふれるソースに仕上がっていた。
味比べをすることが出来ないトッポは、ドモンと義父の顔を交互にキョロキョロ。
「うるさいなお前は。今大事なことやってるんだから黙ってろよ」
「ひどい!僕が持ってきたのに!」
「お前は料理人達に頼まれただけだろどうせ。んじゃソースの味がわかるように卵でも焼いてやるよ」
「やった!・・・って僕、そのまんま卵を焼いたやつは苦手ですよ?イタッ!!また叩いた!すぐ叩く!」
うるさいトッポにゲンコツを落とした後、フライパンに油をひいて、目玉焼きを3つ焼いたドモン。
皿の上に目玉焼きを置いてソースをかけ、義父とトッポに手渡した。
「・・・・」「・・・・」
この形状の焼いた卵は今までほぼ食べた記憶がない上、味付けも塩コショウがほとんどであり、まだ味の想像がつかないふたり。
ドモンがそれで食べろというのだからきっと美味しいのだろうけれど、やはり躊躇をしてしまう。
「蕎麦の一口目はまず何もつけないで」と言われても、どうしても「つゆに付けて食べたいんですけど」と思ってしまうのと一緒。
しかも今回の目玉焼きは半熟。義父はすき焼きで慣れたとは言え、あれはかき混ぜているのでまた別。
「ほら、食わないんだったらチィとミィにあげちゃうぞ?」
「私達は別にいいわよ。卵は食べ飽きちゃって」「はい・・・」
「なんだよお前らまで。エミィ、米炊けてたら持ってきてくれる?」
「いいわよ~」
エミィから茶碗を受け取り、目玉焼きを乱暴に米の上に乗せてソースをドバっとかけ、ハフハフと食べ始めたドモン。
「ハフホフ・・・俺は目玉焼きは醤油派なんだけど、これだけ美味いソースならこれも有りだな。んぐんぐ・・・」目一杯、口の中に詰め込んだ。
「ゴク・・・た、食べてみようか?ミィ」「はい」ヨダレを垂らさんばかりのチィとミィ。
「待ってください!食べます!食べますから!」「う、うむ!」慌てるトッポと義父。急に食べられなくなるのも困る。
フォークとナイフで白身の端っこの方を小さく切って口に運んだトッポ。
義父はドモンと同じように、エミィに米を用意させ、箸を使ってかき込んだ。
「え・・・?えぇ・・・???」口の中で感じたものが想像していたものと全く違い、トッポは呆気にとられた。
「こ、これはなんということだ!!何もせず焼いただけの卵にこのソースをかけただけで・・・一体どんな魔法なのだこれは・・・」ドモンよりも早く食べきった義父。
トッポはもう少し大きく切り分けた白身を、割った黄身とソースを混ぜたものの中にちょんちょんとつけ、エイヤとばかりにもう一度口の中へ。
そして今度こそ確信した。この卵料理がとてつもなく美味しく、ものすごく自分が好きだということに。
「ぼ、僕にも米を!いや、僕にはパンを頂けますか!」
「はぁ~い」
トッポに返事をしたエミィが、色々なものをユサユサしながらパンを取りに向かいドアを開けると、サンとシンシアが仲良く並んで立っていた。
「ワタクシ達も同じものをいただきますわ!サンもお食べなさい」「はい!」
「お前はいつの間にサンを自分のもののように扱ってるんだよ。悪い癖だぞシンシア」
「仕方有りませんわドモン様。やはり身分の違いというものが有りましてよ?」
「何が身分の違いだよ。ついさっきまでふたりとも裸で四つん這いになって、ワンワンニャアニャアと嬉しそうに戯れていたくせに」
「ド、ドモン様!!シーッ!!」「ダメェ御主人様!!」
焦るシンシアとサンであったが、ここにいる全員が何かしら身に覚えがあったので、ドモンの言葉に赤い顔をしながら視線をそらす。
朝っぱらからそんな会話をしているうちに、先程まで更にスケベな事をしていた王族達も食堂へやってきた。自国の食文化を劇的に変化させるソースがあるとも知らずに・・・。




