第416話
「あ!戻ってきた!ドモンさーん早く早く!」とトッポ。
「これらは自分でこういった具合で焼き、頃合いを見てこのタレというものに一度浸し、米の上に置いてから米と一緒に食すと良いのだそうだ。もちろんそのまま肉だけ食べても構わぬ」
ドモンが戻ると、義父が焼肉のやり方を皆に説明していた。
チィとミィは足りなくなったエールを買いに出かけ、エミィは他の食材を取りに一度宿舎へ。
自分達で肉を焼くなんて習慣がなかったのだから、誰かが説明をしなくてはならなかったのだけれども、ドモンがいなくなってしまい、経験があるトッポと義父が説明をして回っていたが、当然王族がやるような仕事ではない。
「ああ焦げてしまいましたぞ!」
「ごめんごめんお待たせ!どれどれ、うん、少し火が強かったかな?それに牛肉の方は、そこまで焼かなくても食べられるようになっているから、さっと表面を炙る程度で・・・そう、そんな感じだ」
「ホッホッホ!難しいものですな」
失敗をしてしまっても楽しそうな一同。
エール片手に肉を焼き、飲んで食べては感嘆の声をあげ続ける。
「絶品だ・・・これは驚いた・・・」
「肉と米がこんなにも相性が良いとは!」
「エールを飲み、この肉を食し、またエールを飲み流し込む時の快感がたまりませぬぞ!皆、試してくだされ!」
ヤンヤヤンヤである。
奥様方が何処かに行っていたことなんて、もう頭から抜けてしまった。
サウナとエール、そして浴衣姿で焼肉とエール。
最高であると感じつつ、アンゴルモア王国、そしてドモンに対して畏怖も感じていた。
やはりこの男は手に入れたい。
力づくでは無理なのは今回の騒動でよくわかった。
それならばなんとか関係を保ちたい。そう思うのは王族として自然なこと。
シンシアが上手くやったことを正直羨んでもいた。
奥様方も焼肉に舌鼓を打つ中、王族達の魔の手がドモンに迫る。
「やややドモン殿!ドモン殿も是非一杯飲んでくだされ。これは私の国の果実酒なのだ」
「おっとっと!おお、それは貴重なものを悪いね」
「ドモン殿ドモン殿!今度私の国へ来てくださらんか?来年15で成人となるお転婆な娘が居るのだが、是非ドモン殿に躾をしていただきたいと思っておったのじゃ。多少の事は目を瞑る故、ドモン殿の好きなように・・・」
「だだだ、駄目ですよドモンさん!!ちょっと!それは反則ですよ!!」焦るトッポが誰かに指示を出した。
「私の王宮にも同じような浴場を作ってくださらぬか?出来上がった暁には、王宮中の侍女達と一緒にその風呂を楽しむというのはいかがですかな?」
「え?!エヘヘ・・・それもいいな」様々な誘惑にヨダレを垂らさんばかりのドモン。
「ば、馬鹿者!ナナとサンの事も考えよ!」焦る義父。
「ワタクシのこともお考えいただきたいですわ!」とシンシア。が、シンシアも他国の姫である。
「そうだなぁ・・・今日はシンシアとスケベしなくちゃならないし、う~ん」ドモンもかなり出来上がっていた。
「き、生娘はお嫌いですかな?!」「えへへ嫌いじゃない」
「侍女は50人はおりますぞ!」「そ、そんなに相手できるかなイヒヒ」
「ドモン様!ワタクシはドモン様の望むことならば何でもいたしますわ!」「シンシアって美人だよなやっぱり」
「ドモン、ぶち殺すわよ五百回くらい」「そうだよなぁやっぱり・・・え?」
ドモンはもう振り向くことすら出来ないが、見なくてもわかる。
恐らく肩幅程度に足を開いたナナが、大きな胸の下で腕を組み、額に青筋を立て歯ぎしりをしていると思われた。
そして当然それは大正解。
『ドモンが他国に行ってスケベなことをしようとしている』と報告を受けたナナが飛んできたのだ。
「誰よ!ドモンをそそのかそうとしたのは!正直に言いなさい!!」
「・・・」「・・・」「・・・」「・・・」「・・・」
圧倒的迫力。威圧感。恐怖。そして究極ボディー。
勝てるはずがないと誰もが思う。
「ご、誤解だって!みんなでナナの歌が聴きたいな~って話をしていたのに、どうしてそんな風に伝わったんだろう?ね?ね?」
「そうですぞ!」「素晴らしい歌声だったと聞いたのだ」「うむ」「そ、そうですね」「そうですわ」
「うっさい!!こっちはお腹減ってんのよ!!なのにあんた達ときたら・・・クドクドクドクド・・・」
皆に向かって小さく首を横に振ったドモン。それにより、今が緊急非常事態だと理解した一同。
この世界が滅ぶかどうかの瀬戸際のように感じていた。
そもそもナナはまだ、シンシアの事ですら納得が出来ていないのだ。
ナナが許可すらしていないというのに、まるで自分が第三夫人になったかのように振る舞い、サンを引き連れドモンの横に堂々と並ぶ。
確かにもう気は許した仲だけれど、結婚となると話は別。しかも他国の女性であり、いつかドモンを連れ去られるのではないかと考えてはイライラ。
そこにきてのこれなのだから、ナナが怒るのも無理はない。
「こ、これは私の国のアガベと呼ばれる植物から作られた貴重なお酒ですじゃ!他国では金貨二十枚とも三十枚とも言われる値段で取引されているもの故、是非奥様にご賞味いただきたいと」
「まあそういうことなら一杯くらい飲んであげるわよ」「む?」
ナナのあまりの迫力に冷や汗を垂らした砂漠の国の王様が、立派な瓶に入った透明な酒をナナの前にあるグラスに注いだ。
その値段を聞き興味が湧いたナナは少しだけ機嫌を直し、クンクンとそのお酒の匂いを嗅ぐ。
「このぐらいで銀貨八十枚くらいかもね?ドモン」と庶民的感覚を発揮しながら、ドモンに見せびらかした。
「ちょっと待てナナ!これはもしやテキーラじゃ・・・」ナナのグラスにちょんと小指を付けて、ひと舐めしたドモン。
「やめてよドモン!私が貰ったんだから!エイッ!」取られないようにと、慌ててひと口で飲み干したナナ。
「あ・・・やっちゃった。エミィ!水!水を用意してやれ!」
「ぐほ??ポ???カアアアッッ!!キヒィィ!!」
慌てるドモンと、人間が出してはいけない音を出すナナ。
食道を抜けたテキーラが胃に到達した瞬間、そのまま沸騰して逆流したような感覚になるのと同時に、口の中に火がついたのかと勘違いをするほど熱くなり、ナナはイヤイヤをするように頭をブンブンと振った。
「バカバカ!頭を振ったら駄目だ!水飲め水!」
「でぁりぃびゃ~くは?」
「は?なんだって?」
「びゃーりぃーにゃーく!!」
「????」
口の中が痺れているのか、もう何を言っているのかがわからない。
「ド、ドモン殿、もしかすると『焼肉』では?」と指摘したシンシアの父。音楽の都の王だからなのか、やはり耳がいい。
「う!う!」良きに計らえとばかりに偉そうに二度頷き、空になったグラスを砂漠の王に向けたナナ。震える手でもう一杯注ぐ王様。
「こ、こちらのお肉が焼けましたよ!はい!ナナさん!」ナナのタレの入れ物の中へ焼けた肉を入れるトッポ。
「むぅー!」トッポを睨みつけたナナ。もっと早く欲しかったのだろう。
各国を王を相手に傍若無人な振る舞いを見せたナナ。
義父がドモンをジロリと睨み、なんとかしろと目で合図。
ちょうど風呂から上がった騎士達も合流したが、その異様な雰囲気に飲まれ、入口付近に立ち尽くすばかり。
「ほら、あんら達もそんらとこに突っ立っれないれ、座っれ食べらさい!」
「は、はい」「はい・・・」「え、ええ」
「いっつもいっつもこんらワガママな王様達の相手をしれて大変れしょ?このバカもこのバカもこのバカも!!」
「いたっ!」「アイタ!」「あっイテテ!!」
酔いに任せ、王様達の頭を引っ叩いていくナナ。
流石のドモンや義父ももう真っ青である。
「特にあならよ、あ・な・ら!シンシアのお父さん!!こっち来らさい!」
「あ、あぁ・・・」
「あんらのせいでドモンが大変な目に合うわ、余計な娘はくっついれくるわで、わかってるの?ねぇ!」
「そなたにも多大な迷惑をかけたとは重々承知しておる・・が?!」
「おっと・・アブッ!ちょ、ちょっとどこ触ってんのよ!このスケベ!」
何を思ったのか、おもむろに立ち上がったナナが座布団に躓き、シンシアの父親にダイビングボディープレスを仕掛けた。
シンシアの父の顔面は、柔らかな脂肪の塊の中へスッポリ。
止まる時間。集まる男達の羨望の眼差し。
そしてそれは全ての無礼が許される免罪符でもある。
やあやあ!すまぬすまぬ!大丈夫ですかな?と、まるで頭を叩かれたことなんてなかったかのように、にこやかにナナの心配をした王様達。
それを例のキノコを握りしめながら睨む奥様方。
この夜、とんでもなく大変な一夜を過ごすことになるなど王様達はこれっぽっちも頭の中にないまま、ステージの上で機嫌よく音痴な歌を歌うナナに拍手を送っていた。




