第399話
「エビに小魚だと?!マジかよ!!」
厨房内に響くドモンの声。
ギルとミユ、音楽隊によるコンサートは大好評のうちに幕を閉じ、人々は満足気な顔で家路についた。
戦争も終結したとあって、街は大騒ぎ。
ドモン達は宮殿に居残り、和平のなんちゃらの、なんとか交渉のなんちゃらのためのなんとかと称する食事会に参加することになったのだ。
政治の世界は本当に面倒。
なのでドモンは当事者というか、ほぼこの場の主役だというのに抜け出して、厨房へと顔を出していたのだ。
当事者がいなくなり、全く話が進まなくなってしまった王宮の間。
色々と汚してしまったナナとサンは、結局シンシアとお風呂に。「サンとすべり台をまた滑りたいわ」とこちらは呑気な会話。
「ええ、川と湖が多くありまして」
「でかした!なんだよもう~もっと早く言ってくれよ」
「???」「しかしこれらは私達の賄いと言いますかなんというか・・・全くもってして庶民向けの食物でして・・・」
「え?どういうこと??」
話を聞けばこの国では、魚介類などは王族達が食することは少なく、庶民の間で食べられるのがほとんどだということだった。
日本的な感じで例えるならば、肉や野菜が米と同等、魚介類は麦と同等といったところ。
食糧難であれば王族達も食べることもあるということらしい。なので輸出品として考えられたこともなかった。
「あるにはあるんだよな。前にサワガニも獲ってきてくれたもんな、ゴブリンの子供達が。フムフム」
「ゴ、ゴブリンですか・・・」
なんだか自分達が魔物と同じような扱いを受けたのではないかと勘ぐる料理人達。
が・・・
「チッ!自分達ばかりこんな美味いものを・・・宝の山を隠し持ちやがって!」
「いえ、別に隠し持っていたというわけではなくてですね・・・」
「どうせ俺らなんかにはこの美味さがわからないとでも思っていたんだろ?バカにしやがって」
「そんなことないですってば!」
本気で羨ましそう、いや、恨めしそうに料理人達を睨むドモンを見て、少しだけ優越感を感じた。
だが所詮、あるのはエビと小魚だけである。
「よし!食事会はこのエビと魚を出すぞ。あと野菜は?」
「ええ?!本気ですか??王族方の許可は得ておられるのですか?!」
「ああ大丈夫。全部任されてるよ」もちろん大嘘である。
「そ、そうですか・・・野菜はこちらに・・・」
倉庫には、アンゴルモア王国ではあまり見かけない野菜もたくさんあった。
川と湖があることによって、植物の生態系も大きく異なり、種類はかなり豊富。
肉の次に野菜がよく食べられているという理由も理解できた。
「あー、あの時全部使わなければ・・・まあ今回は塩で食ってもらうか」
「???」「???」「???」
「俺がひとつ料理を教えてやるよ。多分知らないと思う。知ってりゃ王族の奴らも食っていたはずだろうしな」
「は、はい・・・」
料理人達もマスターシェフも皆訝しげな顔。
何を作ろうとしているのか全く理解が出来ない上に、そもそもドモンが料理を出来るのかどうかすら知らないからだ。
義父からドモンの話を聞かされていたカールの屋敷や、トッポのところの王宮の厨房とは違う。
なんだったら、あっちの王宮でも多少バカにされていたくらいなのだから、こうなるのも当然の話。
「じゃあまずひとつ作ってやるからコック長?ここではマスターシェフというのかな?が、味見してみてくれ」
「承知しました。マスターと呼ばれております」
「まずエビの背わたを取って切込みをこう入れて・・・」
「フムフム」
「小麦粉を卵と水で溶いたやつの中に・・・」
「ほうほう」
「そして熱した油の中へ。真っ直ぐに揚げるにはコツがいるから、慣れないうちはエビに串を刺して揚げて、あとから串を抜いてもいいぞ」
「な、なるほど・・・」
目の前に出来た物が何かは正直分からない。だが確かに美味しそう。
調理方法も斬新すぎるが、他国の料理法に驚きすぎるのは恥ずかしいと思い、大きな声を出すのを我慢した。
が、それも実際に食べるまでのことだった。
ドモンがパラリと塩をふりかけ、『エビの天ぷら』が完成した。
黄色とも肌色とも言えない色の珍しい食べ物にフォークを刺し、マスターが恐る恐る口の中へ。
料理人達の注目が集まる。
「サクッ・・・」
その噛んだ音にまずは驚いた。料理人達も食べた本人であるマスターも。
エビを噛んだ音ではなかったからだ。
「おお!!お、おほ・・・おふ・・・」
「ありゃ?まだ熱すぎたか?ハハハ」
違う。
マスターシェフは涙を浮かべていた。
王族の方々にこれを作り、食べさせてあげられなかった自分の今までを悔いて。
そんなマスターシェフの様子を見たドモンがプッと吹き出しながら、小魚や天ぷらにするのに向いていそうな野菜を次々と揚げていった。
それらもマスターが味見。当然全て衝撃を受けることに。
「どうしてこんな・・・熱した油で調理する方法があると伝え聞きましたが、このことでしたか・・・」
「あーいや、多分それは違う方のやつだ。まあそれも俺が作ったやつだけど」
「そ、そちらの方も作っていただけますか?!」
「やだよ面倒くさい。知りたきゃお前らが俺らの国に来い。今は集中してこの料理を覚えろ。中途半端な気持ちじゃどれも二流で終わるぞ」
「はい!」「はい!」「はい!」「わかりました!!」
本当に面倒に思ったドモンの適当な嘘に引っ掛かり、真剣に天ぷらを学びだした料理人達。
そのせいもあり、後に天ぷらといえばこの国、カツといえばアンゴルモア王国と言われ、人々の間では時折『天ぷら・カツ論争』が繰り広げられることになった。
「どうしてエビが曲がってしまうのでしょうか?しかも大きさも小ぶりで周りも柔らかい。ドモン様はあんなに真っ直ぐで大きな物に仕上がったというのに」
「衣の小麦粉がぬるいのと油の温度が足りない。小麦粉の液に氷でも入れりゃいいよ。あと普通にしていたら、どうしてもエビは曲がるもんなんだよ。衣で無理やり真っ直ぐにしてるだけで」
「はい!」「はい!」「はい!」「はい!」「はい!」
「エビを真っ直ぐにして、衣が固まるまで押さえつけるくらいの気持ちで揚げるんだ。慣れなきゃ串を使え。衣が足りなきゃ上から足してもいい」
「はい!」「はい!」「はい!」「はい!」「はい!」「はい!」「はい!」「はい!」「はい!」
この国の人達はそれが気質なのか、異常なほどに勉強熱心。
考えてみればギルもそうであり、住民達もそうだった。
料理教室みたいなのも行ったし、音楽に関しては言わずもがな。
それ故に、隣国だけが学び成長していく姿が許せなかったのかもしれないとドモンは考えていた。
人は「え?知らないの?」と言われると、思っている以上に悔しい生き物なのだ。特に常に学びたい人々にとっては。
「あとは私どもにお任せください!」
「ああ任せたよ」
ドモンは数名の侍女達に案内をされながら、咥えタバコでナナ達がいるはずのお風呂場へ。
だがちょうどすれ違ってしまったらしく、仕方なく、本当の本当に仕方なく、侍女達とお風呂に入ることになった。
何かのキノコを食べてから・・・。




