第398話
「なんなのよ!この泥棒猫!」
「なんですって?!この牝牛!」
「おやめくださいおやめください!だめぇ!」
お互いの頬を抓り合い、今にも取っ組み合いの喧嘩を始めそうなナナとシンシアの間に挟まり、喧嘩を止めるサン。
傍にやってきたギルとミユも呆れ顔。
「シンシア様!シンシア様!ご無事でしたか!!」
大汗をかきながら駆け寄る宰相。
宰相は別の場所に軟禁されていて、実はシンシアの次に処刑されるはずであった。
その後ろからはあの時の竜騎士達。
シンシアの元へと向かうのかと思いきや、ズラリとドモンの前へと並び、皆片膝をついた。
「こ、この度は危険を冒してまでシンシア様をお救い頂き・・く・・・うぅぅ」言葉にならない。
「本当にもう駄目かと・・・うぅ」「私は信じておりました」「ドモン様ならば必ずや成し遂げると」「ありがとうございます!!」
普段は立派な竜騎士達だが、この時ばかりはかなり切羽詰まっていた様子で、ここだけの話処刑の日が決まったならば、その日に宰相と共に、国王に反旗を翻す覚悟も出来ていたとドモンは伝えられた。
騎士達や魔法使い達は驚愕の表情。
この国最強の竜騎士達全員が、ドモンの前に膝をついていたためだ。
「ほら立った立った!お前らが本当に膝をつかなきゃならないのはあっちだろ」
ドモンが指を差した方向から、シンシアの父と母、そして大臣らが現れた。
シンシアは両親のふたりを睨みつけたが、宰相が「今は事を荒立ててはいけません。ドモン様のためにも」と諌めた。
「ドモン・・殿と申したか」
「この国の王様だな?俺はやられたことを百倍にして返す男だ」
ドモンの言葉にビクッと反応したシンシアの父。
この一言で国王はすでにドモンに飲まれてしまった。
「シンシアにやったことも、やられたことに仕返ししただけだ。俺に対してシンシアを差し向けたのは誰だ?おいコラ」
「ちょ、ちょっとドモン・・・」「御主人様・・・」
いつもの軽い調子ではないドモンの様子に、ナナもサンも思わず声が出た。
両親に対して怒りを覚えていたシンシアですら恐怖を感じ、宰相と竜騎士達も震える。
シンシアの父と母はもう蛇に睨まれた蛙のよう。
「お前か?」母親を睨むドモン。母親がブンブンと首を横振る。
「お前か?」今度は父親を睨んだ。
「わ、私が・・・」覚悟を決めたシンシアの父。責任は取るつもり。
「いや!私だ!私が進言したのだ!」「お兄様!どうして!」
「それとも・・・おまえかあああああ!!!なーんちゃって」ドモンがぐるっとサンの方に振り向き、大声で叫んだ。
「きゃああああ!!!・・・う、うわぁぁぁぁん!!!」驚き、もらし、大号泣のサン。
父を守るために身代わりになることを決めた、息子らしき優男の親子愛も、シンシアとの兄妹愛も全て台無しである。
「どうしてそんなことすんのよ!酷いじゃない!!私もチビッたわよ!!」横にいたナナも少し涙目になりながら、サンを抱きしめた。
「ナナも可愛いところあるじゃないか。ふたりともあとで俺が直接綺麗にしてやるよイヒヒヒ」
「ワ、ワタクシも粗相してしまいましたわドモン様!」目を閉じ、うーんと踏ん張るシンシア。だが流石に無理。
「私です!私が粗相したのです!」動揺し、意味不明な言い訳をして妹を庇う、兄妹愛大好き優男。
「ダッハッハ冗談だよ!こっちは白旗上げたんだからよ、降参したんだ。だから終わりだ」
「そ、それでは・・・?」
「終戦だか休戦だか知らねぇけど、お互いにもうやる気はねぇってことでいいんだな?まだやるってんなら、いよいよ俺も本気で・・・」
「ヒィィ!!もう許してくだされ!!どんな条件でも飲む故、民のためにも終わりにして頂きたい!」
喉元にナイフを突きつけられたような気分の国王。大臣達も同じ気持ち。
大慌てで休戦協定の書類を用意させ、シンシアの父はサインした。
「どれどれ」書類を覗き込むドモン。
「む、無条件だ!もちろん!」大臣のひとり。
「そんなわけにはいかないだろ。白旗上げたのはこっちなんだから」
シンシアの父からペンを借り、ドモンが条件を書き加えていく。
この理不尽な男が突きつける条件は何なのかを想像し、皆顔面蒼白。
「ほらよ」と書類をシンシアの父に渡したドモン。そこにはこう書かれていた。
・敗戦国として、これから十年間無条件で技術の供与を約束する。
・敗戦国として、賠償金の支払いを約束する。
・関連国家全てに上記の条件が当てはまるものとする。
・尚、賠償金の金額は、ドモンの裁量に全て委ねるものとする。
最後に『アンゴルモア国王代理、ドモン』とサインをし、例のハンコをドンと押した。
敗戦国側が条件を突きつけるという余りにも横暴すぎるやり方だが、もちろん全員異論はない。
上着のポケットをゴソゴソと弄り、ドモンは銅貨を一枚シンシアの父に支払った。
ちなみにこの銅貨は以前カールから貰った、あの時の銅貨である。
後にその銅貨にまつわる様々な経緯を知らされ、この国の国宝となったこの銅貨は、この世界の平和の象徴とされることになる。
「本当にこのような条件で?!」
この国としてはもちろん願ったり叶ったり。
そしてそれは、ずっとシンシアが訴え続けていたことでもある。
全てが真実であったのだ。
「そうだ。あの馬のない車だって、この新型の拡声器だって、これからどんどん作ればいい」
「そ、そんな・・・では何のための戦争だったというのだ・・・」
「だから!元々そんな事をする必要がなかったのですわお父様!」シンシアは何度もそう訴えていた。
シンシアを辱められ、慰み者にされて奪われた復讐でもあった。
アンゴルモア王国との覇権争いのためでもあった。
だが結果、その必要はなかったのだ。
シンシア本人は気にもせず、それどころかドモンを慕っていたのだから。
シンシアの父はもう訳がわからなくなった。
どちらが正義かどちらが悪か?どちらが勝者でどちらが敗者か?
ただシンシアの父の心の奥底にあったのは、圧倒的な敗北感のみ。
「結局・・・この戦争の勝者はどちらなのだ・・・」シンシアの父が思わずボソリと呟いた。
「戦争に勝者なんかいないんだよ。お互いに傷を負って、その傷の大きさを比べているだけだ。勝てば官軍なんてことはない。いつでも傷つくのはあいつらなんだ」
ドモンが見た方向には、不安そうにこちらを見つめる音楽隊と住民達。
シンシアの父もその息子である皇太子も、唇を噛んだ。
「さあ、拡声器を貸してやるからあいつらに向かって宣言をしろ。『戦争は終わった』と」
「あぁ・・・承知いたした」
「その記念にこれから音楽祭を開催するから、全員ここに集まれとついでに言っておけ。さあギル、ミユ!忙しくなるぞ!」
「はい師匠!」「任せて!」
シンシアの父がその通りに宣言すると、住民達から大歓声が上がった。




