第397話
「みんな見えてなかったみたいよ。良かったわね」
「ああ・・・小さくて良かったよ本当に。でもそれも街に噂が広まるんだろうな」
「ごめんなさい御主人様」
袖で涙を拭く仕草をしているドモンを見て、クスクスと笑うナナ。
王のいる宮殿まではあと500メートル。
ここまで迫ると、いくら住人達がいるとはいえ、攻撃もやむなしといった表情で城にいる兵達も武器を構えている。
更にあともう半分も進めば、一斉攻撃が始まると思われる。
ここでドモンは一度皆を停止させた。突如高まる緊張感。
「ここからは俺ひとりで行く」
「私も行くわ!」「サンも行きます!」
「駄目だ、危ないからここで待ってろ。あと半分くらい進んで、俺が攻撃されなかったら、お前らがみんなを率いて来てくれ」
「うん・・・」「気をつけてください御主人様」
木箱を開けてゴソゴソと何かの準備をしながら、ナナとサンを説得したドモン。
その様子をギルが車の屋根の上からジッと見ていた。
「なんなのそれ?武器?棒に白いの巻き付けて」ナナは不思議顔。
「まあそんなようなもんだ」タバコに火をつけたドモン。
ドモンは「じゃあ行ってくるわ」と、気軽に近所に買い物に行くように棒を持ち、宮殿へと歩みだした。
いつものようにひょこひょこと、左足を少しだけ引きずって。
その歩調に合わせるようにギルは指揮棒を振り、太鼓を軽く叩かせる。
♪タタタッタ・・・タタタッタ・・・タタタッタ・・・タタタッタ・・・
咥えタバコで宮殿に迫りくる金髪の悪魔。
その様子を城のバルコニー部分から見ていたシンシアの父は、全身がブルブルと震えだした。
「何をしている!殺せ!奴を殺すのだ!!」
シンシアの父がそう叫んだと同時に、ドモンは持っていた棒を高々と掲げ、くるくると軸を回し、巻き付けていた白い布を広げた。
「な?」「え?!」「何あれ??」「白旗??」
呆気にとられるシンシアの父や王宮の兵、そしてナナやサン。
ギルは指揮棒をさらに強く振る。
♪ダダダッダ!ダダダッダ!ダダダッダ!ダダダッダ!
白旗を肩に担ぎ、ドモンは咥えタバコのままニヤリと笑い、行進を再開。
少しだけ進んだところで、ナナが「みんな行くわよ!」とギルに合図を出した。
まだ予定の半分も進んでいなかったが、もう大丈夫というナナの直感。
その合図を受け、「では皆さん!あれ行きますよ!!」とギルが叫び、更に指揮棒を大きく振る。
いざ征かん!軍艦マーチよ鳴り響け!
♪ジャーンジャーン、ジャジャジャジャ、ジャジャジャジャーン!
その圧倒的な迫力に、身体だけではなく、今度は魂までもが震えだす。
ドモンはそんなシンシアの父を真っ直ぐに見たまま行進を続け、自分と目が合った瞬間、これ以上ないくらいの綺麗な敬礼をした。
「な、なんと勇敢な・・・なんと勇ましい敗北宣言であろうか・・・」今度は武者震いのように震えたシンシアの父。
自信に満ち溢れた白旗。見た目はまるで勝利宣言のよう。
ナナやサン、そして住民達やついてきていた王宮の兵達も、ドモンを倣うように国王陛下に敬礼し、列を横に広げたあと、足並みを揃え真っ直ぐに行進。
まさに圧巻の光景である。
「だから戦うつもりも、勝つつもりもないと言っていたのね!ウフフ」今回ばかりはナナも白旗。
「はい!素晴らしいお考えだと思います!」指で涙を拭うサン。
シンシアの父も母も、大臣達も、そして騎士達も、バルコニーから見えるその様子に自然と涙が溢れ出た。
本当に欲しかったのは、この世界での覇権でも、世界最強の軍隊でもない。この史上最高の音楽隊だ。シンシアの父は素直にそう思った。
「皆の者、武器を捨てよ!!我々も最大限の敬意を示すのだ!!」
バルコニーの上からドモンに向かって敬礼をし返したシンシアの父。今度は城の全員がそれに倣う。
ギルは指揮棒を更に大きく振り、軍艦マーチはいよいよクライマックスへ。
♪タララッタララ!タララッタララ!タララッタララッタターラ~・・・
「見るがよい、あの堂々たる姿を。かの昔、一帯の王国をまとめ上げていたと言われる伝説の皇帝のようではないか」
「本当に。おとぎ話の中に入り込んでしまったかのようですね」
シンシアの父と母は夢見心地。
たった三分の演奏。たった三分の行進。
それで全てがひっくり返る。
全てはドモンの思うままに。
「あれのどこが悪魔なのだ、どこが化け物なのだ。なぜ私は今まで恐れていたのか?丁重にもてなさねばならぬ」とシンシアの父がそばにいた大臣に言った瞬間。
ドモンがまた棒をくるくると回し始めると、白い布が更に横に長く伸び、バタバタと風になびいた。
「あ、あれは・・・ウェディングドレスでは?!」と叫んだ騎士のひとり。
「何よあれ!ドレスじゃない!!」一瞬で全てを理解し、額に青筋を立てたナナ。
たった今解放されたばかりのシンシアがそれを見つけ、ドレスのスカートの裾を持ち上げながら城から飛び出し、ドモンの元へと駆け寄る。
途中で靴が脱げてしまったが、もうそんなことはお構いなし。
「ドモン様!!お待ちしておりました!!」
「ようシンシア、迎えに来たぜ。ドレスのサイズが合えばいいけどな」
シンシアはワンワンと泣きながら、ドモンの咥えていたタバコを地面に放り投げ、熱い口づけを交わした。
「ぐぬぬ・・・やはり彼奴は娘を奪いに来た悪魔ではないか!」
「ホホホ、あなたったら・・・とても光栄な話ではないですか」
バルコニーから笑顔でその様子を見つめる父と母。
パチパチと自然と拍手が巻き起こり、これ以上ない盛大な歌劇が幕を下ろす。
この一連の出来事も『勇敢なる敗北者の行進』という名の歌劇となり、千年後も大人気の演目となった。
「ハァ・・・」溜め息をつきながら、地面に落ちた吸い殻を拾い上げたサン。
「グギギギギギ・・・」聞き覚えのある歯ぎしりはもちろんナナ。
王宮の広場には、気を利かせたギルと音楽隊によってウェディングマーチが響き渡ったが、もちろん、ナナとサンは大激怒である。
是非、youtubeか何かで軍艦マーチを検索して、良きタイミングで聴きながら読んで頂けたらこれ幸い(笑)




