第396話
住民達と王宮の兵達との小競り合いが続く中、ギルが準備した拡声器の前に立ったミユ。
目にギュッとギルのスカーフを巻いて、大きくひとつ深呼吸。
「あーあー・・・♪あ~あ~あ~あ~あ~あ~あ~あ~あ~~~」
いつものように拡声器と自分の位置を確かめるための発声練習。
たったそれだけで、小競り合いはピタリと収まった。
ぞろぞろとミユのそばに住民達が集まって座り、その様子を呆然と兵達が見ている。
住民達はもう知っている。
これからとんでもない歌が始まるということを。
王宮のほとんどの兵達はまだ知らない。
これからとんでもない歌を聴かせられるということを。
噂には聞いている。凄い歌姫がこの国にやってきたのだと。
だが王宮の者達はその歌を聴くことはなかった。
誰に命令された訳では無いが、そういった空気や忖度、風潮に従ったのだ。
だが、新型の拡声器とその発声練習だけでわかる。並の歌手ではない。
空気が一度震えた後、今度はピーンと張り詰めた。
冬になる前の冷たい空気。息はもう自由に吸えない。
「♪君がなーみだの時には~」
最初のワンフレーズ。これで戦いは決着。
ある意味最強のチート能力、いや、インチキ(チート)などではない。紛うこと無く本物の能力であり、これが実力である。
「♪空~と君との間には~」
武器を投げ捨てるものはいない。皆そっと地面に置いた。
音を立てればミユの歌の邪魔になるからだ。
「うぅ~ドモーン!許したげるから出てきて~。切ないの~・・・」涙目のナナ。
「い、いたたた・・・ああ、ミユが歌で鎮めたのか」背中を押さえながら、人混みの隙間からドモンが現れた。
「御主人様?!」「ちょっとあんた大丈夫?!」
「まさか本当に罰を受けるハメになるなんて・・・」
ドモンの黒いジャケットの背中に、何本かの太い線が付いていた。
「いかがなされたのですか?!」「どうしたのよこれ?」同時に驚いたサンとナナ。
「子供の前でスケベなことしたのが駄目だったみたい。この国はそうしたことに凄く厳しいみたいで、憲兵の詰め所に連れて行かれて、その場で太い鞭で鞭打ちの刑を食らっちまった」
「!!!」「・・・」
トホホと背中を擦るドモン。ジャケットに刻まれる思い出がまさかこれになるとは。
こんな太い鞭で打たれたのは、すすきののフェチバーでふざけあって叩かれた時以来。
一本鞭は皮膚の痛さよりも、腰骨にズンと痛みが走る。
「ど、どんな風に・・・?」サンは興味津々。
「普通は吊るされるように縛られて叩かれるらしいんだけど、今回はそれどころではないからと、四つん這いにされてバシーンって何度も」
「い、痛かったのですか?」
「そりゃ痛いよ。サンならぴゅっぴゅと小便漏らすだろうし、ナナならおっぱいからミルク出ちゃうぜきっと」
「バ、バカね!そんなこと言ってたらまた捕まるわよ?」「・・・・」
こんな騒動の中だというのに捕まった挙げ句、罰まで受ける男。
むしろ騒動の中だったので、ドモンをドモンと認識せずに、普通に捕まえ普通に罰を与えて解放してしまった。
そのまま王宮に連行していたら、大手柄だったと思われる。
ソロソロとドモンの背中側から抱きついたサンが、ドモンの腰に手を回した。
「大丈夫だよサン。あのくらいなら平気だか・・・らああああああああ?!」
「きゃああああ!!」「いやぁぁぁぁああ!!」
カチャカチャと何かをやっていると思った瞬間、突然ドモンのズボンと下着をサンが思いっきり下ろした。
当然ドモンは大勢の前で下半身丸出し。
「憲兵さんこっちよ!!」「憲兵さんまたこの人が!!」
「またお前か!この忙しい時に!」
「違う違う違う!!俺じゃない!!」「今度は本当に違うのよ!」流石にドモンを庇うナナ。
「サンがやりました・・・はい」両手を前に出してお縄を頂戴しようとしたサン。
「え?いやその・・・え?」
「サンがやりました。だから御主人様と同じのしてください」
「えっと・・・は、はい・・・」
憲兵と手をつなぎ、その場から退場したサン。
他の憲兵がこの様子を見れば、きっとこの憲兵の方が鞭打ちの刑を食らうことになるだろう。
「四つん這いでしょうか?それとも上から吊るして服を脱がせ・・・」
「イヤイヤイヤ!!じゃ、じゃあ腰を少しだけ突き出して・・・」
「四つん這い・・・」
「わかりましたわかりましたから!!ではこちらのクッションにお膝をついて・・・あーダメダメ!そんなに腰を突き上げては中が見えてしまいますから!!」
もうひとりの憲兵が慌ててタオルを背中と腰とお尻にかけ、何度か自分達の背中で鞭の試し打ちをし、これならば大丈夫であろう力の更に半分以下の力で、一度だけ鞭を振り下ろした。
「あん」
「大丈夫ですか?!」「辛いですか?!」
「大丈夫です。あといくつでしょう?それにもっと強くても平気です。サンが悪いの」
「ももも、もう勘弁してください!!」「ああ俺はこんな子になんて事を・・・うぅぅ」
たったそれだけで解放されてしまったサンは不満足。なぜかポーションをふたつ貰った。
そしてそんな事をしてしまった憲兵のふたりは『天使に鞭を振り下ろした』ことのあまりの罪深さから、この日で憲兵を辞めることにし、鞭打ちの刑の反対運動をすることになった。
「♪今はこ~んな~に悲しくて~」
ミユの歌が王宮の兵、住民達、そしてこの憲兵ふたりの背中にズンと重くのしかかり、それぞれ皆涙を流す。
サンは全くそんなつもりはなかったのだが、結果的に言えば、ドモンがやられた復讐を果たしたのであった。
「何をしているのですか師匠!門が開きましたよ!」ようやく戻ってきたドモン達に手を振ったギル。
「悪い悪い。まあちょっといろいろあって・・・さあ、行こうか」
結局自業自得のドモンが数千人に下半身を晒すハメになったが、道は開けた。
ドモンを先頭に、音楽隊や住民達、相対していた王宮の兵達をも引き連れ、数千人の軍団が宮殿に向かって、またゆっくりと進みだした。