第390話
「矢が通りません!!投石も跳ね返されました!!」
「魔物や悪魔が馬車を引いているわけではないようです!!」
「魔法が通じませぬ!!!」
「な、なんだと・・・」
ドモン達の車が国境を越えようとした頃、シンシアの父が攻撃命令を出し、弓や投石、更には魔法によって攻撃を仕掛けたが、まるで通用せず、国王を含め幹部達を大混乱に陥れた。
幽霊や悪魔がじわじわと迫り、自分を殺しに来ているかのよう。
あらゆる手段でそれを防ごうとするがまったく通じず、絶望感は徐々に高まる。
「一斉に・・・一斉攻撃を仕掛けるのだ!!」
「それももう何度か行っております・・・」
「そんな馬鹿な・・・!」
ドモン達はゆっくりと近づく。
たまに停まり、ギシギシと車を揺らし、また進み出す。
偵察隊は、中で何が行われていたのかの報告はもうヤメた。国王を怒らせてしまうだけだからだ。
「なんなんだよこれ。アクリル板みたいだけど違うみたいだ」
「本当にガラスじゃないのね。変なの!」
グラから説明を受けたけれど、ドモンもナナも信じられない様子。
3センチほどの分厚いガラスかと思われた窓は、透明で柔らかな樹脂で出来ていると聞かされた。
ドモンが自慢の爪でグッとフロント部分の窓を押してみると、1ミリ程度グニュっと沈み込み、手を離すとすぐに元に戻った。
ものすごく分厚いペットボトルを触ったかのよう。ただ透明度はペットボトルよりも断然高く、その厚みを感じさせない。
「車体は木造だが、部品に光の魔石なども使用されているため、殆どの魔法が相殺されるとのことだ。何なら汚れた物を車体に乗せれば浄化できるほどだと言っていたぞ」とグラ。
「それならサンがお漏らししたり、酔って吐いたりした時も安心だな」笑うドモンの背中をサンがポカポカと叩いた。
「上級魔法の物理攻撃などは、流石に全ての衝撃は防ぎきれぬらしいから、あまり過信はするなよ?」
「わかってるよ。どこかのエロ魔法使いみたいなのがいないことを祈るよ」
チラッと勇者パーティーの大魔法使いの方を見たドモンとグラ。
「今すぐお主を乗せて試してやろうかの」と文句を言い、勇者にまあまあと宥められた大魔法使い。
出発して三日目の朝。
冷蔵庫がないために、干し肉と米とパンばかりの食事になり、すっかりヤサグレたナナ。
「奥様・・・服を着てください。せめて下着だけでも・・・」と後部座席から助手席のナナに話しかけたサン。
「もういいわよ、どうせ誰もいないしすぐ脱ぐんだし、干し肉ばかりだし」
ナナは裸のまま両足をドンと窓の部分に上げ、両手を頭の後ろに回して口を尖らせる。
「お前寒くないのかよ・・・いやまあナナのおかげか、車の中がなんかムワッと暖かくなってる気がしないでもないけど」
「ならいいじゃない。別に寒くないわよ」
「まーたお前のせいで18禁だよ。露出狂の薄い本まっしぐらだ。アホみたいに脚を広げやがって・・・せめてサンだったら臭いもキツくなくて良かったのに。まあサンの場合18禁の前に、憲兵さんこっちです!になりかねないけどな」
「仕方ないじゃない!水浴びも出来ないんだから!フン!」
赤い顔になりながらも、ナナはすっかりヤケクソに。もう今どんなポーズでいるのかの説明も出来ない。
後部座席ではいつの間にかサンまでが裸になっていて、それに気がついたドモンは車を停めた。
国境付近でまたギシギシと揺れる車。本当に何が行われているのやら?
疲れたドモンの身体には、野菜で出来た緑の飲み物で栄養補給をおすすめしたい。
そんな車の窓に矢が当たるも、音もせずに跳ね返った。
車体に石が当たるも、ドッという小さな音は、ギシギシと車の揺れる音にかき消される。
上級魔法の隕石で『全ては防ぎきれない』という事だったが、それすらある程度防ぐ丈夫さなのだから、投石程度の石ならばビクともせず、傷のひとつもつかない。
その後車は魔法の炎に包まれたものの、車内が0.1度ほど温まった程度の効果。
あと50発ほど連続で炎の魔法を放ってくれると、車内の温度的には丁度いいくらいなのだろうけれど、一発だけでは三人共気が付きもしなかった。車外が一瞬明るくなっただけ。
「ちょちょちょっとドモン!なんか攻撃されてるみたいよ!まあ平気だけど・・・」ようやく攻撃に気がついたナナが慌てて服を着た。
「大丈夫だとは思うけど、一応窓は開けるなよ?」攻撃されたということは見られているということなので、ドモンも一応服を着る。
「ご、御主人様、あのあの・・・用を足したいのですけれども・・・」サンはそれどころの話ではなかった。実はもっと前からしたかったがつい言い出せず。
もう三人の心配はすっかり別のこと。
動物園で檻の中の猛獣を見ているのと似ている。
危険な目に合わないと知れば、目の前の大きな虎や熊を見ながら、呑気におにぎりだって食べられる。
「流石に今は危なくて外に出られないよサン。その桶の中にして、窓を少しだけ開けてサッと捨てるしか・・・」
「むむむ無理ですぅ!!!こんな狭い中で・・・うぅ」
「多分シンシアなら出来るのにな」
「します!出来ます!やります!!」
そう言って裸のまま、後部座席で桶の上にしゃがんだサン。
・・・が、理性がせき止めたのか、全く何も出ることはなかった。
「うぅ~!いつもは勝手に漏らしてしまうというのに、どうして出ないのですか!」涙目のサン。膀胱はパンパンなのに結局出せなかった。
「そういうもんだよサン。俺も19歳で事故で入院してた頃、ベッドで『この中にしなさい』って看護婦さんが尿瓶を持って、俺のを尿瓶の中にツッコまれたんだけど、緊張して全く出なかったもん。ここまで出そうになってるのにな」ウンウンと頷いたドモン。
「考えられないわ。私ならしたくなったらいつでもどこでもすぐに出せるわよ」ナナが意味不明の自慢。
「お前は恥じらいってものが足りなすぎるんだ・・・・まずい、こんな話してたら俺も本格的にしたくなってきた」
「し、しなさいよほら、この桶に。じっくり見るのはあの時以来ねムフ。ほらサンも見てご覧なさい」「・・・・」
「バカ!じっくり見る必要はないだろ!サ、サンも駄目だ!ちょちょ!もう出ちゃうってば!あっち向いてろよ!ああなぜ元気に」
外は戦場のど真ん中のような状況。
矢や石が飛び交い、車は炎や氷に包まれている。
手本を見せたドモンのお陰で緊張が解け、ようやくスッキリすることが出来たサン。
ドモンは窓を少し開け「いい肥料になるんだぞ」と液体だけ外に投げ捨てた。
「馬車がなにかの液体を吐き出したということです!後ほど調べたところ、まるで生き物の排泄物のような臭いがしたとの報告がありましたので、もしやあの馬車自体が強力な魔物が変化したものかもしれません!」伝令の騎士。
「攻撃が効かぬのはそういった理由であったか・・・ウヌヌ・・・」
「なるほど、馬がおらぬというのもそういう事であるのかもしれませぬな」深刻な顔の大臣のひとり。
「何という魔物を使役しておるのだ奴は・・・」
見当違いの推測を勝手にし、頭を抱えたシンシアの父。
竜騎士達へ出撃命令を出したが、竜騎士達は断固拒否。
娘のシンシアや宰相と同様に「勝てるはずがありません!どうかお考え直しを!」の一点張り。
竜騎士達よりも強い戦力はこの国にはなく、戦闘を強制させることも出来ず。
じわじわと迫りくるドモン一行の恐怖に、シンシアの父は今夜も眠れぬ夜を過ごすこととなった。