第389話
「こ、こちらにあの者が向かっているとのことです!」
「どれほどの規模だ?」
「それが馬車一台のみで、他に兵は見当たらないということでございます!」
ドモンが出発して二日目、シンシアの国の王宮では、ちょっとした騒ぎになっていた。
標的であるドモンが、ほぼ単独で乗り込んできたためである。
戦うにしても戦力が少なすぎる。
謝罪だとしても当然許すはずもなければ、向こうも許されるはずがないとわかっているはず。
なのに報告によればその道中で、全裸で抱き合い、くんずほぐれつのスケベ行為を行っていたとあった。
「ふ、ふざけおって!!許さぬ!!」
娘を洗脳され、同じ様に慰み者にされたのだと考えたシンシアの父。
残念ながら、やはりその想像も正解。
「そ、それよりも!!馬車に!馬車に馬が繋がっていないのです!!!」
「・・・なんの冗談だ?」
シンシアの父はまったく意味がわからず、ただただ困惑した表情。
不穏な動きをするドモンに、やはりあの者とあの国は叩き潰さねばならないと、改めて心に誓っていた。
そんなシンシアの父から宣戦布告が行われるずっと前。まだシンシアがドモンのところに滞在していた頃の話。
道具屋のギドに一通の手紙が届いた。
「おいギド、ドモンさんから手紙が着たぞ」
「ほ、本当ですか?!どこから?王都から??先生は今何を?!」
「落ち着けってばハハハ。ええとなになに・・・」
『ギド、あとアニキも元気でやってるか?』
「元気ですよ先生!掃除のおかげか絶好調です!」
「そういやあれから発作も起きてねぇな。いやぁ本当に命の恩人だぜあの人は」
会話をするように手紙を読み始めた兄弟。
『ちょっと頼まれて欲しいことがあるんだけど、聞いてくれないかな?俺の言ってたモーターが出来たらでいいんだけど、早速例の馬のいらない車を作って欲しいんだよ。大体の設計図を描いておくから、それをある程度参考にして・・・』
「おいおいおい・・・いきなり無茶なことを」と兄。
「み、見せて兄さん!その手紙を!!」兄から手紙を引ったくったギド。
フムフムと何度か頷き、ぐるっと兄の方に振り向いた。
「出来る・・・これならば出来る!!兄さん!鍛冶屋や大工を大至急集めて!世界が!!世界が変わる!!!」
「お、おう、任せておけ!」
ギドは全身にこれ以上ないというほどの鳥肌が立った。
ドモンが描いた図には、ステアリングの仕組みやギアの仕組み、ブレーキやワイパーの仕組みまで事細かく書き記されていたのだ。
もちろん完璧な設計図ではない。
プラモデルやラジコン、頭の中にあった薄っすらとした車の仕組みの記憶から、ドモンがなんとなくで描いたものである。
だがギドはその拙い絵から、完成した『自動車』が立体的に見えたのだった。
そこから鍛冶屋と大工が集まるまでの二晩、一睡もすること無く設計図を書き上げ、三週間後には試作車を完成させた。
完成まであと少しという頃には、噂を聞きつけ、カールやグラまで視察にやってきた。
当然資金はすべてカールが支援。
完成した試作車を運転した時は、この街の皆が万歳三唱で、抱き合いながら涙した。
「彼奴はまたとんでもない物を生み出しおって・・・いや、また認めぬのだろうな。そなたらのお陰だと言うはずだ」とカール。
「僕・・・私は先生の教え通りに組み立てただけです。ただそれだけです」と謙遜する天才ギド。
「これを誰か先生の元へ・・・僕は少しだけ休みます・・・ここ四日寝ていなかったので・・・」とギドはその場で幸せそうな顔のまま倒れた。
その結果、グラが責任を持ってドモンの元へ届けることに決まったのだ。
そうして護衛の馬車や騎士達を引き連れ、グラが『自動車』で王都に向かっている途中、宣戦布告が行われたのであった。
「ドモン様!!あ!カ、カルロス領よりグラティア様が馬車を!!馬のない馬車を!!」慌てすぎてドモンの手前で躓いた騎士。
「おお、もう出来たのか。そりゃちょうどいいや」と呑気なドモン。
「え?ドモン、もしかしてずっと前に言ってた馬のいらない馬車が出来たっていうの?!」
「みたいだな。あと馬のいらない馬車じゃなく、自動車って言ってくれ。向こうの世界で見ただろ」
「みたいだなって、あんた何を冷静に・・・それにいつの間にそんなもの作らせてたのよ?」
「ずっと前に用事済ませてきたって言ってただろ。あの時、ミユの働いてた店の夫婦をコンサートに誘ったついでに、ギドに手紙を書いていたんだ」
「ぜーんぜん覚えてないわ」
ナナにはまったく覚えがない。
すぐさまサンが「カラシ入りのカステラをお持ち帰りになった日のことですね!」とフォロー。
そんな会話をしながら、ぞろぞろとトッポを含む王族達を引き連れ、ドモンはグラの元へ向かった。
「それで馬車をあっさりあげると言ったのね。なによ!最初からそれならそうと言ってくれたら良かったのに!」
「いやほら、いつ完成するかもわからないし、もし出来なかったらがっかりするだろお前。まあ春までには出来りゃ良いなとは思ってたけど、俺もこんなに早く完成するとは思ってなかったんだ」
トッポ達は馬のいらない馬車、つまり自動車の話は聞いてはいたが、実物を見ていないのでまだピンときていない。
戦争のこともあり、何もかも頭が追いつかない状態。
「おおドモン!あ!!陛下!!」慌てて膝を付き挨拶をしたグラ。すぐに他の者達も膝をついた。
「ああ、堅苦しい挨拶は今は抜きにしましょう」とトッポがグラ達を立たせる。
「トッポって偉いんだな。グラが膝をついて挨拶するなんて」
「それはまあ。ドモンさんほどじゃないですけれどね。あ、いて!」
「余計なこと言うな」
スパンとトッポの頭を引っ叩いたドモンに呆然とするグラ。
先にドモンの首を落としてから自害するか、自害してからドモンの首を落としてもらうかを考えた。
仲良くやっているというのは手紙で知ってはいたが、その思考がすべて吹き飛ぶほどの暴挙である。
「久しぶりだなグラ。いやぁこの前うっかりグラの名前を忘れちゃってさ、ナナに聞いちゃったよ。カールの弟ってなんて名前だったっけって」
「お、おいドモン・・・貴様は・・・ハァ・・・」
久々に会ったドモンは相変わらずの態度で、安心しつつも呆れたグラ。
「そんな事より自動車が出来たんだって?」
「おおそうだ!これはとんでもないものだぞドモン!ここまで俺が運転してきたんだ」
ジャーンとグラが振り向いた先には、ドモンが思っていたよりも一回り小さな車があった。
「なぜあなたがドモンさんよりも先に運転をしたのですか!」
「運転しなきゃここまで持ってこれないだろバカ!」トッポの頭をまた叩いたドモン。
「いたっ!た、確かにそうでした。それよりもドモンさん!は、早く僕を乗せてください!」
「・・・・」
また国王陛下を殴ったドモンに、グラはもう言葉もない。
「6人乗れるかどうかってところか。え?暖房も冷房も付いてねぇじゃねぇか!あいつ・・・チッ!」
車に乗り込むなり、いきなり文句を言い出したドモン。
この世界の者にはとんでもない発明品であるが、ドモンにとってはパワステも冷暖房もないお粗末な車である。
窓も食器棚のような引き戸で、ドアには鍵もついていない。車上荒らしされ放題仕様。
車輪は木ではなく鉄で出来ているだけまだマシと思えたが、空気を入れるゴムタイヤに比べるとやはりなにか残念。
「付属の機能はまた後で付けると言っていたぞ」と運転席のドモンに話しかけたグラ。
「俺は今必要なんだよ。まあ今回はこれで我慢するけど、夜はもう寒いだろうが。裸のナナとサンに挟まって寝るしかねぇか」
「わ、わかったから早く走らせなさいよ」「は、はい・・・」後部座席に座った赤い顔のナナとサン。
「ええと、これがアクセルでこれがブレーキで、お?バックギアも付いてるじゃねぇか」
「は、早くドモンさん!」焦るトッポ。
「慌てるなって。失敗して事故を起こしたら大変だろ?じゃあ行くぞ?みんな道を開けてくれ」
ドモンがアクセルを踏むとノロノロと自動車が走り出した。
「おお!!おおお!!!」「動いたわ!!」「お馬さんがいないのに!!」驚く同乗者達。
「なんと!!」
「本当に馬無しで動くというのか?!」
「信じられぬ!!」
「すごいわお母様!!」
全員が感嘆の声を上げ続ける。が・・・
「お、遅・・・」
いくらアクセルを踏み込んでもスピードは上がらず、ノロノロと走るばかり。
何なら新型馬車よりも少し遅い程度。
安全面を考慮したのか、変速ギアがわからなかったのか、まるで遊園地にあるリミッターの付いた子供用のゴーカートのようで、ドモンは思わずへの字口。
その上ステアリングの重さが半端じゃなく、トッポやナナでギリギリ運転ができるかどうか、サンには絶対無理なほど。
モーターで動くことを考え、主にラジコンの車を想像して設計図を描いたドモンが悪い。
「こりゃ戻ったら一度返品だな」
翌日ドモン達一行は、シンシアの国へと向けて、この車で出発したのだった。




