第382話
「さ~てと・・・みんな大好き『ざまぁ』の時間だぜイヒヒヒ」
袋とバケツを乗せた台の下で、ボソッとドモンは呟いた。
ドモンは善人ではない。正義の味方でもない。
良い行いをしたい・・・と思っている悪魔だ。
皆の幸せは願ってはいるけれど、逆らう者は始末する。
殺しはしないけれども、死んだ方がマシと思えるくらいの罰は与えるのだ。
心の底から謝ろうが反省しようが、もう関係がない。
「ワタクシ、いえ私・・・ドモン様に酷いことをしてしまったの・・・本当にごめんなさい。一生をかけて償います!」
「泣かないで姫様ー!」「許してあげてー」
皆に宣言し、頭を下げたシンシアのその言葉に裏はない。
心から申し訳ない気持ちでいっぱい。
自分で新型の拡声器を使い、新型の馬車の説明をしていたが、新しいものを拒否した自分が本当にバカバカしく思えたのだ。いくらそれが命令だったとはいえ。
しかも「技術はこの国だけに独占させるつもりはないよ。みんなのものだ」と壇上の掛け合いの会話の中でドモンから聞いた。
それを聞いた瞬間、自分自身を引っ叩きたくなるくらい後悔したのだ。
一生かけても償いきれない。それでも償わなければならない。
たとえこの人の慰み者として生涯を終えるとしても、シンシアはそれを受け入れたいと思った。
この人が世の人々に与える幸せは、そんな苦しみと比べても、計り知れないくらい大きなものだと気がついたからだ。
シンシアは本来優しい心の持ち主で、昨晩も王宮の子供らと一緒に歌を歌って遊んでいた。
だから子供らもシンシアがあんな態度を取ったことに驚き、声が出なかった。
だがやはり、ドモンにとってはそんな事はもう関係がない。
「はいはい、まあそんな茶番はいいとして」
「え・・・?」
心の底から謝罪したことが、ドモンの心にまるで響いていなかったことに驚くシンシア。
拡声器をズルズルと三台、自分達に近づけたドモン。車輪が欲しい。
「姫様には約束通り、俺とロシアンカステラ対決をしていただきまーす」
「え?な、なんですの・・・??」
当然そんな約束はしていない。
「この袋の中には十個のお菓子が入っています。その内のふたつにはカラシが、ひとつにはにが~い薬草が中に詰まっているのです!」
「あ!知ってるぞそれ!今噂の!!」「なんなの??」「ウフフ面白そう!」
観客はざわざわ、シンシアは呆然。
「このお菓子を俺と交互に食べて、ふたつ以上ハズレを食べた人が負けという対決をしたいと思います!拍手!!」
「だ、大丈夫なのか??」「お姫様がそんな約束を?!」「楽しそうね!!」
ワイワイガヤガヤと場内は騒然となりつつも、面白そうだと拍手が沸いた。
シンシアにはもう何がなんだかわからないまま、その状況にただ流され、そのまま対決することに。
「じゃあまずは俺からだ。まあ最初は当たりっこないさ。どれどれ」
「・・・・」「・・・・」
ゴクリとつばを飲み込む観客達。
袋に手を突っ込んで、ゴソゴソとかき混ぜながらカステラを取り出し、一度皆に見えるよう上に掲げた後、パクっとひと口で食べたドモン。
「・・・・」シンシアもつばを飲み込む。
「・・・ん?・・・ウベェェェェ!!!カラシだ!!!」
「ワハハハハ!!!」「ちょっとちょっとぉ!アハハ!!」「いきなりかよっ!!」
ひぃひぃと悶絶しながらバケツに吐いたドモン。
当然嘘である。が、観客は大爆笑。
シンシアもクスクスと笑いながら、「大丈夫ですか?」とドモンの背中を擦った。
「ゴ、ゴホ・・・クソ!なんてことだよ・・・ああ、カラシのお菓子はこの入れ物に吐いちゃっていいからな。苦い方は体に良い薬草なのできちんと飲み込むこと。いいな?」
「え、えぇ、わかったわ」
袋に手を突っ込んでカステラをひとつ取り出したシンシアが、ドモンと同じようにみんなにそれを見せたあと、エイヤと口に放り込んだ。
心臓が口から飛び出る思いだったが、何とかセーフ。
「お、美味しいですわ」
「なんだよチクショウ!また俺の番か。姫様、もう一個連続で食べてみない?」
「イヤよ!ズルいじゃない!ウフフ!」
「ああもう・・・」
ふたりの掛け合いで場内がまた笑いに包まれた。
シンシアもドキドキしつつ、この勝負が楽しくなってきていた。
シンシアはこの時、袋の中のカステラの数を確かめておくべきだった。
「・・・ほ・・・辛くなーい!」
「あぁんもうっ!」
飲み込んだぞと、口を開けてべーっと舌を出したドモンに、なぜだかシンシアは少しドキドキ。
怖い顔だと思っていたはずなのに、案外愛嬌があると思った瞬間、可愛らしく思えてしまった。
「はい次はシンシアだぞ。カラシかな?薬草かな?」
「絶対に食べてたまるもんですか!全部ドモン様に食べていただくわ!ウフ!」
ドモンに突然呼び捨てにされたが、何故かシンシアは嬉しかった。
どうせ私はこの人のものなのだから、この人はもう私のものなのかしら?と考えながら、またカステラをパクリ。セーフ。
貴賓室でトッポ達と合流したナナ達だったが、何か突然ドモンとシンシアの距離が近づいていることに気が付き、全員ムムッ?!とした顔。
その上でドモンが斬られたことも知り、ナナとサンはその元気そうな様子に安心しつつも、敏感に不穏な空気を感じ取っていた。
「さあ次はドモン様の番よ!」
「・・・食べなきゃ駄目?」
「駄目よ!」
「食べたらチューしてくれる?」
「ほ、頬で良いのなら・・・チュ」
気持ちが逸っていたのか、ドモンが食べる前に頬にキスをしてしまったシンシア。
「ま、間違えてしまいましたわ」と赤面しながらしどろもどろ。
ムワッとした男臭さと、先程流した血の匂いが混じり合う、危険で淫靡な香りにシンシアの身体が火照る。その首筋に鼻を擦りつけたい。
「あ!!何やってるのよあの人!!」「やりやがりましたぁ!!うー!」同時に叫んだナナとサン。
だがそんな声は当然届かず、シンシアはドモンの一挙手一投足にもう釘付け。
「女性は好きな人を見つめてしまうものなの」という母の言葉を思い出し、ドキドキしながらドモンを見つめていた。気がつけば、ドモンの腕に自分の胸の先が当たるほどの距離。
今回もドモンはセーフ。そもそもドモンにはアウト自体がない。
「そろそろだなシンシア。イヒヒヒ」
「そんなこと・・・えいっ!ん?!」
「来たか?!カラシ?薬草?!」
「に、苦いっ!!薬草ですわ!!うぅぅ!!」
ついにシンシアがハズレを引き、会場はヤンヤヤンヤの大騒ぎ。
両手で口を押さえ、目を瞑りながらゴクンと飲み込んだ。
「うぅ・・残念ですわ。でも最後のひとつは絶対に食べませんわよ!」
「いやぁ本当に残念だったなイヒヒ・・・」
ドモンはニヤニヤと笑いながら、袖に入っていた残りのカステラを袋へと戻した。
もう必要がないからだ。




