第381話
「ワタクシをどうされるつもりですか」
「お前がそれを考える必要はないよ。その頭も、その首から下の身体も、全部俺のもんなんだから」
「・・・はい」
もう終わったという気持ちと、なんとかして自我を保ちたいという気持ちがぶつかり合う。
すべて諦めてしまえば心地良いのだろうとは感じているが、どうにも諦めきれない。
「お前、俺が許可するまで脇毛の処理するなよな」
「はい・・・」
もちろん暗示のかかり具合を確かめるための、ドモンの軽い冗談である。
だがシンシアにとっては、絶望的な言葉であった。
『お前の意思は必要ない』と宣言されたようなもの。
「まあそんなに緊張するなよ。俺の言うことさえ聞いていれば、無事に帰してやるからさ」
「ほ、本当に・・・?」
「ああもちろん約束は守るよ。ただしある程度罰は受けてもらうし、躾はさせてもらうけどなイッヒッヒッヒ!!」
「一体何をしようというのですか!」
やはりこの先に絶望しか感じられないシンシア。
「何があるかはお楽しみに。まあ客の前で裸踊りをするよりも酷い辱めは受けてもらうつもりだけど」
「こ、この悪魔め・・・!ならばここで殺しなさい!!」
「殺しちゃったら、死ぬよりも恥ずかしい地獄を味わえないだろ。まあ小便姫にお似合いの舞台を用意してやるよ。人間終了するのを楽しみにしてくれ」
「うぅぅぅ・・・・」
シンシアは今になり、とんでもない者に手を出したということに気がついた。
正義の味方がいるならば、今すぐに助け出して欲しい。
この大悪人を懲らしめて、助けに参りましたお姫様と・・・。
どうしてこんな役を自ら買って出たのか?
「ごめんなさいお父様・・・シンシアには無理でした。きちんと言うことを聞いていれば良かった」と後悔。
ドモンを始末する話はあったが、自ら近づいては駄目だという忠告は守らなかったのだ。
そうしてドモンとシンシアは舞台袖へ。
そこでドモンは使用人から頼んでいた袋を受け取り、なにやらゴソゴソと仕掛けをしていた。
シンシアはもうどうにでもなれという気分。
ミユ達やナナ達と入れ替わるように舞台に上がった二人。
ドモンは劇場の職員に、舞台上へのドアのカギをかけるように指示。
「鍵もかけたからもう逃げられないな」
「・・・・」
ドモンの嘘である。舞台から客席に降りればいくらでも逃げられる。
だがシンシアにはもうそんな冷静な判断は下せない。
「ここからじゃ助けを呼ぶ声も届かないしな」
「・・・・」
これもドモンの嘘である。拡声器を使えばいくらでも届く。
だが追い詰められたシンシアにはそれがわからない。
あとになって考えればいくらでも解決法があったというのに、人は追い詰められた時に思考が止まる。
昔ドモンがスクーターを買った時、アクセルを捻り過ぎてウイリーをしたことがある。
手を離せば止まるというのに・・・頭ではそれがわかっていたのに、全く手が離れなかった。
それからというものの、ドライブとバックを間違えてコンビニに突っ込む車の事故などのニュースを見た時、馬鹿にすることが出来なくなった。
それと同時に、心を焦らせ追い詰めることで、人を操る方法も知った。
緊張感を伴う絶望感は、人の自由を完全に奪う。
ギャンブラーとしての常套手段。
もうシンシアに逆転の目はない。
「まあ普通であればここでお前を叩きのめして、復讐してやったぜザマァ見ろなんてことをしてスッキリしたいところだけど、そんな馬鹿なことはしないから安心してくれ。こう見えて俺は案外優しいんだ」
「ほ、本当に?!」
「そのかわりに、これからは俺がお前の御主人様だぞ?」
「わ、わかりました!お願い助けてください!」
絶望の中では、人は藁にもすがる。
たとえそれが絶望を与えている張本人であっても。
よしよしとドモンに頭をポンポンと撫でられ、シンシアは天にも昇る気分。
ドモンはストックホルム症候群をも利用した。
助かる!助かる!私は助かる!!シンシアはそう思った。
それが地獄へと叩き落とす、悪魔の常套手段だとは思わずに。
「皆様、この度はチャリティーコンサートにお越しいただきまして、誠にありがとうございました。はい!礼!」
「は、はい!」
ドモンの突然の命令に思わず反応したシンシアがペコリとお辞儀。
こういった立場でなければ、中身は素直な二十歳の女の子である。
白とピンクのドレスにドモンの黒い血飛沫がかかっているが、血の色には見えないので、少しオシャレな柄のように見えた。
「皆様も知っての通り、音楽の都と呼ばれる国のお姫様が応援に来てくださいました!本日はいかがでしたか?ご満足いただけましたか?」
「え、えぇ・・・とても素晴らしいものでした。感動しましたわ」
ワーッという歓声と大きな拍手。
こんな状況で悪い評価など出来るはずがない。
王族や貴族やその関係者ならばどうでもいいが、二十歳の女の子にとっては、民衆からは良い印象でありたいという心理が働いた。
ドモンの質問に拡声器で答える度、観客達の反応はドンドンと良くなり、それにつれてシンシアの笑顔も増える。
笑顔を見せると観客がまた歓声を上げる。
しかも新型拡声器の威力は絶大で、普段手を振るだけの時と比べると人々の反応が桁違い。
「二階席の皆さんこんばんは!」「三階席の皆様もこんばんは!」と声をかけ手を振ると「おー!!」「わぁ!!可愛い!!」と皆が手を振り返す。
拍手喝采の状況に脳が痺れる。脳内麻薬が全身に回り、快楽でシンシアはどうにかなりそうだった。
「姫様ー!」「美しい!」「結婚してくれぇ!!」
「ありがとう!ありがとう!皆様ありがとう!」
チヤホヤされて歓喜するシンシアの後ろで、使用人から受け取った荷物を使用し、ドモンが色々と準備に取り掛かっている。
シンシアは客の反応に喜びながらも、これまでの行いを大いに反省し悔いた。
この新型の拡声器は、絶対に我が国にも必要だと確信。
もしこの国が新技術で世界の覇権を握るならば、それも仕方ない。
ただ、その技術を必ずや一番手に享受し、それを一番に活かすことが、この世界で生き残る道だと判断した。
どこかの国が世界一の道具を作り出したなら、我が国からはその道具を操る世界一の職人を生み出せば良い。
それに舞台上での掛け合いを、拡声器を使い客に見せて楽しませるという事も、シンシアにとっては衝撃だった。
ドモンの冗談でワッと観客が声を上げて笑い、シンシアがそれに答えてまた歓声が上がる。
超一流の歌手や、超一流の舞台女優達が喝采を浴びるかの如く、ただそれだけの話術で自身がそうなり得た。
それのなんと気持ちのいいことか!
ドモンに「もう少し準備がかかるから話を繋いでおいてくれ」と後ろから声をかけられたシンシア。
コクリと頷き前を向く。
「皆様!新型馬車というのをご存知ですか?ワタクシ今日はじめて乗りましたの!それはまるで宙に浮いているようでした!」
「え~!」「すごーい」
「中にはなんと暖房に冷房、そして冷蔵庫までついているのですよ!ワタクシもう、帰りに自分の馬車に乗るのが憂鬱ですわ・・・・」
「ワハハハ」「俺達も早く乗りたいよ!」「高いのかしら?」
夕方の情報番組のようなやり取りをしたシンシア。
自分が主役になったようで、もう楽しくて楽しくて仕方ない。
客達もドモンの例のオーガ再会ショーを観た者以外は、こんな舞台は初めての経験で、大いに楽しんでいる。
歌の他にこんな催しがあり、しかもそれをやっているのがお姫様だなんてと、誰も彼もが大はしゃぎ。
私が間違っていた。大反省。
もうアンゴルモア国王陛下に土下座でも何でもするつもり。もちろんこのドモンにも。
シンシアはそう考えを改めていたが、ドモンによる地獄よりもきついお仕置きが待っていた。




