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第379話

また場内の照明が全て落とされ、ミユだけにライトが当てられる。


「これが最後です。皆様、本日はありがとうございました。この度被害に遭われた方全てに、心よりお見舞い申し上げます」

「ミユも被害者だけどな」

「・・・・」「・・・・」


ぼそっと呟いたドモンと言葉を失う夫婦。


「あたしの歌で少しでも癒しになれば・・・なんて、生意気なことは言えないけど・・・今は辛くとも、きっといつか時が経てば、笑える日が来ると信じています」


パチパチと鳴る拍手。

舞台袖では、今から歌う歌がわかってしまったがために、もう大号泣しているナナ達。

拍手が収まり静かになり、ミユがスゥと呼吸をしたその瞬間だった。


「茶番よ!もう見ていられないわこんなもの!」立ち上がり叫ぶシンシア。

「♪今はこんなに~悲しくて~」


ミユにはシンシアの叫び声が届いておらず、構わず歌いだす。

貴賓席付近がすっかりざわついてしまい、ミユの歌は台無しとなってしまった。


少し歌い続けていたが、なにか様子がおかしいとミユは歌うのを止めた。

ギルも騒いでいる方を確認したが、客席側は照明が落とされているためよくわからない。


トッポは激怒しかけたが、義父が制し我を取り戻す。それを見たドモンもウンとトッポに向かって一度頷いた。

ミユや観客には申し訳ないが想定通りである。

ここで怒った方が負け。逆に我慢さえすれば、向こうの評判が勝手に落ちるだけ。


・・・のはずだった。


「さっきから聞いてりゃなんだいあんた!ミユが!ミユが一生懸命歌っているってのに!」

「や、やめろお前!!うわっ!!!」


ドモンが招待した奥さんの堪忍袋の緒が切れ、激昂してしまったのだ。

この夫婦は、ミユが雇われていたあの店の夫婦である。


旦那さんが大慌てで制したが、その瞬間、竜騎士が剣を抜き、一瞬で旦那さんを叩き斬った。

ギリギリのところでドモンが旦那さんの袖を引っ張り身体をずらしたため、斬られたのは腕のみ。とはいえ、あっという間に血が服に滲んでいく。


「あんたぁぁぁ!!イヤァァァァァ!!」

「おいおい!ちょっと待て!!」


旦那に抱きつき叫んだ奥さんをも竜騎士が斬りつける。

今度もドモンが慌てて奥さんに覆いかぶさるようにして庇ったが、ドモンの右の肩口から背中の下までバッサリと斬られ、空中に真っ黒な血飛沫が舞うこととなった。


あまりのことに皆呆然として声も出せず、動けもしない。

しばしの間のあと、一番に声を上げたのは、ドモンが庇った奥さん。


「あああああああああ!!!どうしてよおおおお!!!!」

「お、おのれ!!!!」


奥さんに続いたのが義父。ただし武器を携帯していなかったためどうしようもない。

反対に、武器がなかったことで義父まで斬られずに済んだ。


「な、なんて・・・なんて事をしてくれたんだ!!」トッポも激怒。

「庶民の不敬に対処しただけですわ。フン」シンシアは当然といった顔。


吹き出した黒い血がシンシアのドレスを汚し「なんて汚らしい」と吐き捨てた瞬間、トッポを含むシンシアのそばにいた者達が飛びかかろうとしたが、竜騎士全員が剣を抜きすぐさま対峙。



この結果は、シンシアとしては最高の結果であった。


新型馬車、健康保険、新たな料理など、アンゴルモア王国の評判が急上昇し、このままでは世界の覇権を握るのは時間の問題と思われた。

その原因が異世界人のドモンであるということも当然突き止めていたのだ。


シンシアの役目は、アンゴルモア王国の評判を落としつつ、出来るならばどこかの機会でドモンの始末をすること。

もしそれで戦争になれば、密かに協定を結んだ国々と協力し、国ごと徹底的に叩き潰す予定でもあった。

出る杭が打たれるのはどの世界でも同じ。


歌劇団に忍ばせた密偵を暗躍させ、勇者パーティーやオーガ達を引き離すことも成功。

あとはドモンを殺すきっかけを掴むだけだったが、勝手に自滅するような形となり、シンシアは心の中で高笑いをしていた。



裂けた服、吹き出した血の量、斬られた傷の深さを見るに、恐らくドモンはもう助からない。義父以外の全員がそう思った。

この中で義父だけが開演前にナナからすでに報告を受けていたので、僅かだが希望があった。


『ドモンが暴走しないように見張っていてね。きっとあれになると思う』と。


「ふぅい・・・あーあ、派手にやってくれたな。先に食っといて正解だったぜ」あれだけ吹き出していた黒い血がピタリと止む。

「む?!」「なんだ??」「なんなの??」「え・・・」


何もなかったかのように起き上がったドモンを見て、驚く一同。

義父は笑う口元と赤い目を確認し、ドモンの命が助かったことを確信。


「斬って!斬り捨てなさい!早・・・ぐえっ・・・」

「うるせぇ女だな。おい、動くなよお前ら。こいつの首の肉引き千切るぞ」


叫んだシンシアの首を座席の背もたれ越しに鷲掴みにしたドモン。一瞬の出来事。

喉に爪が食い込み、力の抜けた両腕がダラリと垂れるのと同時に、シンシアはぴちゃぴちゃと立派な絨毯の床を濡らした。


言葉は出ない。出せばきっと自分は死ぬ。

動けもしない。動けばきっと自分は死ぬ。

目配せだけで宰相と竜騎士に引けと伝えるシンシア。それが伝わらなければきっと自分は死ぬ。


竜騎士達が剣を床に投げ、両手を上げた。


「そうそう。大人しくしてりゃ、殺すつもりも怪我させるつもりもねぇんだ。俺の機嫌が良いうちはな」

「ドモンさん・・・」「止めるのだドモンよ」

「・・・・」「・・・・」「・・・・」「・・・・」


ただならぬ雰囲気に言葉を失うトッポと、神妙な顔でドモンを落ち着かせる義父。

ドモンの味方であるはずの義父が止めたことにより、皆どれだけ今が危険な状況なのかがわかった。

隣国の姫を人質に取るという最低のやり方で、ドモンはこの場を制した。


「ぐ・・ぐ・・・ぐ・・・・」


少しずつ爪に力を入れていくドモン。

シンシアには五つの鋭いナイフの先が、ゆっくりと首に食い込んでいってるようにしか思えない。


そして残念ながらそれは、正解である。


一本でもナイフを喉に突き立てられれば、人間はもう動けないほどの恐怖に見舞われる。

それが五本同時となれば、恐怖はその比どころではない。


ドモンが誰かと一緒に風呂に入る理由は、自分で頭や体を洗うと、爪で自分を切り裂いてしまうためだ。

少し引っ掻いたというくらいの話ではない。完全なる裂傷。

そんな冗談みたいな理由で、いつも誰かに洗ってもらっていた。


「仲良くしようぜ姫様よ。よく見りゃいい体してるじゃねぇかイヒヒヒ」

「も、もういいよあんた・・・もう離してあげなよ」と奥さん。


例えるならば、閲覧注意の処刑動画を生で観ているような状況。

いくら憎かろうが、止めるのも無理はない。


「旦那の治療をするんだ。おい誰か回復魔法使える奴いるだろ?」

「わ、私が・・・」シンシア側の宰相が、斬られた旦那さんに回復魔法をかける。痛みは残るが傷は塞がった。


「ほら、ミユが最後の歌を歌えずに困ってるじゃないか。おーいみんな!舞台のミユに伝えてくれ!姫様が歌に感動しすぎて小便漏らしたんだ。邪魔して悪かったなって」他の客達へ叫んだドモン。

「ひ、ひど・・・イギィィ!!」


「ほら言えよ。みんなにおしっこ漏らしてごめんなさいって」喉から手を離し、今度はお尻を鷲掴み。

「ヒィィィ・・・!!本当に私のせいなの!ごめんなさい!!」


貴賓席から身を乗り出すようにして叫んだシンシア。

場内の照明がついたので、シンシアの横でお尻に爪を立てながら、ドモンはギルに向かっておーいと呑気に手を振った。


「チッ!ま、今回はこれぐらいで許してやるか。ただし後で面を貸せ。舞台で挨拶してもらわなけりゃならないからな。わかったな?」

「え、えぇ・・・」

「逃げようったって無駄だぞ。もうお前は俺のものだ。逃げようとすれば、俺の爪がまた身体に食い込んでいく暗示がかけられているからな。今度こそ死ぬぞ?」

「逃げません!逃げないですから!!許してちょうだい!!」


暗示をかけたという暗示をかけたドモン。

使用人のひとりになにやら頼み事をしたあと、ポキポキと首の骨を鳴らし、ドモンは義父の方へ振り向いた。


「おいジジイ、もうわかってんだろ?良い薬草を用意シロ」

「うむ、すぐに用意する」

「イヒヒヒ・・・あぁぁぁもう痛ってぇな・・・くそ!」

「ドモン!貴様なのか?!」

「最初から最後までずっと俺だよ。なに言ってんだジジィ・・・ほーイチチ・・・」

「・・・・」


目の色が戻ったドモンが自分の席に戻り、痛めた背中を手で擦りながらミユに声援を送っていた。




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