第378話
「あー。あー。あぁぁぁ・・・」
ミユは目が見えないので、拡声器の位置やその音量の具合を確かめるのに、いちいちテストをしなければならない。
ただテストしているその声と、そして真紅のドレスを着て立つ姿に、観客はすでに魅了されていた。
シーンとする客席。
それによりミユはまた真っ暗闇の中。不安が襲う。
「ギル・・・ねぇギル・・・」
「ここにいますよ」
「あたし見えないから・・・みんながどんな顔をしているかって不安なの・・・それともあたしなんか見ていないの?」
「皆さん見ていますよ。ミユの歌を楽しみにして」
ギルはそう言ったものの、ミユにはどうしても伝わらない。緊張のせいもある。
もし大勢が見つめている中で、自分が目を瞑り舞台に立つことになったと考えれば、きっととても不安になるに違いないとギルも考えた。
「怖いですか?」
「怖いですよ」
「見られていることが?」
「それを見られないことが怖いの。あたしが目の見えないことをわからない人もきっといて、変な目で見られてるかもしれないわって」
ミユはギルの手を両手で握り、声をする方へ顔を向けた。
「じゃあ私からミユへ・・・」ギルが自分の白いスカーフを外し、ミユを目隠しした。
「なに?これは???」
「目隠しです。これで何も見えないし、皆さんにも何も見えていないことが伝わりますよ。私のちょっとしたイタズラです」
「もう・・・意地悪なのね。とても」
小声での会話だったが、それも拡声器が拾い、前の数列の人々が今の状況を理解した。
頑張れ、負けるなの小さな声援が飛ぶ。
「フフフこれならひとりでいるのと変わらない気がするわ」
「ひとりではないですよ?必ずそばに私がいます。ミユの好きな時に好きなように歌いだしてください。どの歌でも伴奏は必ずあなたについていきますから」
ギルが後ろを振り向くと、王宮の楽団の皆が大きく頷いた。笑顔で、力強く。
ミユは大きく深呼吸。
「ギル・・・あなたに出逢えて良かった。好きよギル。大好き」
「私も同じ気持ちです」
また少しの拍手。
そこから静かになるまで一分。
劇場内が静寂に包まれた瞬間、ミユは歌いだした。
「♪な~ぜ~巡り逢うのかを~」
結局楽団もギルも、必ずついていくと約束していたにも関わらず、演奏が遅れてしまった。
ミユのその歌にすっかり飲み込まれてしまったのだ。楽団もギルも、そして観客達も飲み込まれていく。
彼の国の竜騎士達も、そして宰相も思わず立ち上がる。
あちらこちらから漏れる嗚咽。
邪魔をしないようにと必死に両手で口を押さえても、勝手に涙と嗚咽が漏れてしまうのだ。
「♪な~ぜ~生きてゆくのかを~」
食らいつくかのように楽団が演奏を始める。
涙で滲み楽譜が見えなかったが、王宮の楽団としての意地でついて行く。ギルも必死。
ドモンが招待した夫婦も立ち上がり、両手を組んで涙を流していた。
「ああほら、やはりよく通る声だろう」
「ええ本当に。あたしゃ馬鹿だよ。うぅぅぅぅ・・・」
涙する夫婦に、ドモンはポケットからハンカチを差し出したつもりだったが、ナナの下着だったのでそそくさと引っ込めた。
舞台袖で歌を聴いて涙するナナ達だったが、他はもう着替え終えたのに、ナナだけがバニーちゃん姿のままなのはドモンのせい。
「♪たーての糸は~あ~なた~」
シンシア以外総立ち。
目隠しをした歌姫が、遠慮もなしに魂を根こそぎ奪っていく。
それがなんと心地よいことか。
心が洗われるどころの話ではない。心にナナのやけくそウォーターボール連発。もうずぶ濡れ。
この歌姫は世界を席巻する。それは誰の目から見ても明らか。
シンシアもそのくらいはわかっている。だが認められない。
ミユが歌い終わると、総立ちの客達はそのまましばらく呆然と立ち尽くし、ミユがゆっくりとお辞儀をすると、耳を劈くような大拍手が巻き起こった。
拍手が止むまでまた数分。
静かになったところで、今度は伴奏から。
闇を照らす一筋の光。
照らすのは舞台上のミユと、皆の歩んできた道と、これから歩むべき未来への道。
「♪語り継ぐ~人もなく~」
囁くように、でも響かせるようにミユは歌い始めた。
一曲目で拡声器の使い方も特徴も掴んだのだ。
そしてその歌唱法の威力は絶大であった。
「♪ヘッドラ~イト・・・テールラ~イト・・・」
ミユは歌いながら、右手を上げてゆっくりと左右に振る仕草。
旅立つ旅人に手を振ったのか、旅立つミユが街のみんなへ手を振ったのか?
その姿は優雅で、シンシアもこれではとても敵わないと悟る。
桁外れ。化け物がいた。
新型の拡声器を作る方も作る方だが、それを最大限に利用した歌唱法には脱帽する他ない。
その前の下品な格好の者達はまだ茶番と笑えたけれども。
ミユが歌い終わるとまた絶賛と拍手の嵐で、シンシアは下唇を噛んだ。
不覚にも感動をしてしまった自分が憎かった。
今度はミユを座らせ、ギルが拡声器の前へ。
「ギルバートですか。我が国出身なのですし、そろそろまともな歌を聴きたいところですわね」強がるシンシア。
「えぇそうですね。ギルバートさんはとてもお上手ですよ。なにせ、ドモンさんに弟子入りして鍛えられてますから」とトッポ。
それを聞いたシンシアはムッとした表情。
余計なことを言いやがってと、ドモンはトッポの斜め後ろで苦々しい顔をしていた。
拡声器を一台移動し、一台は手に持つギターのような弦楽器の前へ。もう一台をギルの口元へ。
その時点でシンシアはすでにへの字口。
チャラチャラと楽器を弾き鳴らし、ドモンばりに囁くように歌い始める。
「♪かた~い絆に~想いをーよせて~」
「うま!俺より上手いってどうなってんだよ」
ドモンは思わず吹き出してしまったが、客達はその歌にもう夢中。
シンシアは忌々しげな顔で舞台上を睨んでいた。
その後、ミユとギルが作ったオリジナル曲を何曲か歌い、歌劇場内のボルテージは最高潮。
そしてついに最後の曲をミユが歌い始めた時に、事件は起きた。




