第376話
「う、嘘だろう?こ、こんな席だなんて聞いちゃいないよ・・・」
「お、俺だってまさか・・・ドモンさん本気か?」
小声で焦る夫婦。
どうぞどうぞと貴族や大臣らが夫婦を通し、すみませんすみません!と何度もお辞儀をしていた。
義父は振り向いて一度ジロリと睨み、少し思案したあと納得の表情を見せる。
「まあそう気を張らないで、のんびりと寛いで楽しんでよ。せっかくの晴れ舞台なんだからさ」とドモン。
「あんた一体何者なのよ・・・ハァ心臓が苦しいよもう」
胸を押さえる女性と、背筋をピンと伸ばしたまま固まる男性を見て、クククと笑うドモン。
斜め前に座る姫の方から小さく舌打ちが聞こえたような気がしたが、ドモンは気にもしない。
開演の時間となり観客席の照明が落とされ、舞台上が照らされる。
舞台上は幻想的で荘厳な雰囲気。
まずは元々公演を行う予定だった歌劇団が軽い拍手の中、舞台へ上がった。
演目はやはりオペラのようなもので、拡声器は使わずに、生演奏での生歌。
ドモンにはさっぱり何を歌っているのかは理解できなかったが、腕を組んでほほうと分かった風な顔。
観客達はその歌声に聴き入り、意外と言っては何だけれども、シンシア姫とその宰相も笑みを浮かべ楽しんでいた。
拡声器のセッティングの関係上、順番的に前座とはなってしまったものの、本来であればこの歌劇団だけで十分満足させられるほどの実力があり、数曲を披露し演目が終わった瞬間、場内は万雷の拍手に包まれた。
「素晴らしいですわ!国王陛下」とシンシアは立ち上がって拍手。
「ええ!これは本当に見事でした」とトッポも納得。そして大満足で拍手を送る。
「まあ歌い手は我が国の出身ですから当然ですけども」とシンシアが小さく囁いたのをドモンだけが聞き逃さず、今度はドモンが訝しげな顔。
続いてナナ達の出番だが、その前に三台の拡声器のセッティング。
一台はナナとチィが、もう一台はサンとミィが、最後の一台は王宮の楽団の前へ。
「なんですの?あれは・・・」苦笑したシンシア。
「あれは新型の拡声器です!ドモンさんが開発したとんでもないものですよ!きっと驚くと思います」と我が事のように自慢したトッポ。
「へぇ~拡声器ですか。歌劇に拡声器を使うと・・・プッ・・・やはりとんだ茶番ですわね」
「そ、それは見てから判断をして頂きたい」
「えぇ、そうさせていただきますわ。ワタクシの国ではこんな馬鹿げた物を見る機会がございませんし」
「く・・・」
反論をしようとしたトッポだったが、義父が視線を送りトッポを諌めた。
どんなに嫌味を言われようと、無視をする決まり。
「それにまた、ドモンさんねぇ・・・クックック」
「・・・・」
ドモンと目を合わせないように、軽く振り向くフリをしたシンシア。
トッポもドモンも聞こえなかったフリ。
訳が分からず、キョロキョロとしているドモンの招待客である夫婦。
その頃舞台袖では、バニー姿の四人がカッチカチになりながら、楽団が準備しているのを眺めていた。
「緊張して大きい方を漏らしそう」
「普通小さい方でしょナナ。だって私小さい方だもん出たの。違った、出そうなの・・・だったわ」
緊張しすぎて、歯をカチカチと鳴らしながら、ナナとチィがまた下品な会話。
いつもならばサンとミィも笑いを堪える場面だが、今はそんな余裕もないどころか、自分達も本当に漏らしそう。
その様子を見かねたギルが「深呼吸をして落ち着いてください」と声をかけた。
「せせせめてドモンさえいてくれたら・・・もうどうしたらいいのやら」
「人という字を手のひらに三度書いて、飲み込むと緊張が解けると言われていますが・・・」
いよいよ本当に食事も喉が通らないほど緊張してしまったナナに、ギルがよくある克服法を伝えた。
「やってみる」と手のひらに文字を書き始めたナナを見つめる一同。
「こうね・・・んぐ・・・駄目だわ。文字も喉を通らないの」手のひらを舐める勢いで食べようとするナナ。
「お、奥様あの・・・食べるフリでいいかと思われます。あと今書いたのは『人』ではなく『入』です」と、プルプルと笑いを堪えながら伝えたサン。
「やだ!ナナったらスケベ!」とチィ。
「ち、違うわよ!そんな事考えてないってば!」
ミユにまで笑われたが、おかげで全員の緊張は一気に解けた。
文字は間違えたが、おまじないはしっかりと効いた。
舞台の照明が一度消え、四人が拡声器の前へ。
大きく深呼吸をし「♪ざ~んこーくな~」と歌い始めると、スポットライトのように舞台上の四人だけが照明に照らされる。
その瞬間、拡声器からの歌声やその衣装に驚いたのか、観客達はざわざわと騒ぎ出した。
しかしその騒ぎもいつしか手拍子へと変わる。
聴いたこともない歌にノリの良い伴奏と、美女達と美少女達がセクシーな格好で頑張っている様子に、観客達はいつしか大興奮。
トッポや子供達、そしてドモンが一番興奮していた。
「すごいですよ!劇場が一体となっています!」と立ち上がるトッポ。
「サンが一番可愛いわ!ねえお母様!ミィも可愛いですけど」ローズも立ち上がって応援。
「ナナは少し音が外れているようだなフフフ」と義父。
「歌ってるバニーちゃんは可愛いもんだなぁ!実に見事なおっぱいとお尻だこと」ドモンはヨダレを垂らさんばかり。
「ハァ・・・皆揃いも揃って下品で見てられませんわ。酷い国に酷い国民。特に後ろの男が気持ち悪いわ」またぼそっと呟いたシンシア。
「下品で結構。下品がなけりゃ上品なんて言葉もねぇんだよ。今夜はあの衣装を着せたまま、ズッポシスケベしちまうかなイヒヒヒ」パチンコ屋で鍛えた地獄耳で、ドモンはしっかりと聞いていた。
「それは恐らく無理じゃないかしら?」
ドモンの言葉は、シンシアにもしっかりと聞こえている。
はじめから歌など聴く気はなく、周囲の言葉に聞き耳を立てていたためだ。
劇場内が熱狂の渦となる中、ドモンはシンシアや宰相、竜騎士達とバッチバチに睨み合い、一触即発の状態となっていた。




