第374話
ロシアンカステラの店に寄り昨日のお礼を済ませ、また馬車に揺られるドモン達。
馬車の窓から王族がひょっこり顔を出した時は、店の夫婦もひっくり返るほど驚いていた。
「え?来賓客ってお姫様なの?若いの?綺麗?スケベそう?」
「ドーモーンー」
「変な意味じゃないってば」
「嘘をつきなさい!スケベそう?って言ったじゃないのよ!」
車内は相変わらずのいつもの会話。
昨晩、その姫がどんな様子だったのかは、敢えて義父は伝えなかった。
だが「想定していた通りであった」とだけは伝えたので、全員心の準備は出来ている。
文句を言われようが途中で退席しようが、気にしないこと。対処はこれに尽きる。
「あんまり腹が立ったら、このロシアンカステラ食わせちゃおうぜ」と袋を掲げたドモン。トッポや勇者達へのお土産。
「馬鹿者!貴様が事を荒立ててどうする。向こうが仕掛けてきた戦争であれば大義は通るが・・・」
「わかってるって、冗談だよ。うるさいジジイだな」
「ハァ・・・」
その冗談ひとつで戦争が起こり、大勢の命が奪われる可能性がある。
義父が口うるさくなるのも当然の話。
ただ、いざ本当に争いになった場合、一歩も引かぬ覚悟もあった。
馬車は王都の門をくぐり、この国一番の歌劇場へ。
「でけぇ!!」
「嘘でしょ?!まるでお城じゃない!」
「五千人が収まる建物だからな」
驚くドモンとナナに、少し自慢げに答えた義父。
ドーム公演などに比べれば人数は少なく感じるかもしれないが、『生歌』を一番うしろの座席まで届けるにはあまりにも大きすぎである。
歌劇場の中でも最大規模とも言えるウィーン国立歌劇場で、収容人数は2200人なのだ。
その二倍以上の大きさの歌劇場はある意味異常である。
一般的な体育館の4~5倍はある大きさの体育館で、校長先生がマイク無しで演説しているのを想像すると、それがどれだけ無茶な大きさなのかがわかる。
普通の声では、とてもじゃないけれど後ろまで声が届かないはず。
外にはすでに行列が出来ており、ドモン達は関係者入り口の方へ通された。
中に入ると少しだけひんやりとした空気が流れ、なんとも張り詰めた空気が漂う。
廊下は足音が響かぬように、王宮よりも立派な絨毯が敷かれていた。
ホールに近づくと、すでに王宮の楽団が準備を開始しており、それぞれが音のテストを始めている。
プーだのファーだのドンドンドンだのといった楽器の音が響く。
「ギルは何度かここの舞台に立ったことがあるの?」
「ええ、数年に一度くらいですが。ただここの舞台はやはり大変ですよ」
「新型の拡声器がなけりゃ一般人じゃ無理か」
「声量があれば奥の壁で声が跳ね返り、普段よりも大きく聞こえるのですが、声量がなければ前から十数列しか声は届かないでしょうね」
ドモンとギルがそんな話をしながら全員舞台袖に到着。
実際に見ると、ギルの言っていたことが大げさではないことがよくわかった。
「おいおい・・・ミユ大変だ」とドモンが声をかける。
「な、なにが?」ミユはキョロキョロ。声が舞台の後ろの壁に反射して、ドモンの位置がわかりにくい。
「いち、にぃ、さん、しぃ・・・五階席まであるぞ。歌詞間違えるよりも、声が届かないことで失敗してみんな全裸になるかもしれない」
「嘘でしょ?!そんなに???」
舞台の真ん中に立ち、宙に向かって「あー!あー!あ~~!!」と声を出したミユだったが、まるで声が前から跳ね返ってこない。
少し気合を入れ、腹式呼吸で叫び声寸前のような発声をして、ようやく自分の声が跳ね返ってくるのを確認した。
ドモンは初めて、オペラ歌手がなぜあのような歌い方をしているのかを理解出来た。
そうしないと歌声がまったく届かないのだ。
「これは・・・ミユも拡声器を使った方が良いかもしれないな。ナナ達よりも少し離す感じでだけれども」
「開演までに色々確認しましょう」「えぇ」
拡声器をセットし、ドモンはヒーコラと一番遠い五階席へ。
ドモンが手で合図を送ると、確認したギルが手を振り返すとともにミユが歌い出し、拡声器の音量を少し上げたところで、ドモンは腕で大きな丸を作った。
ついでにナナ達も伴奏に合わせて練習と確認。
歌の素人であっても、三台の拡声器の位置をずらすことで、五階席でも十分声が届くという事がわかった。
「これは前の席は潰しちゃった方が良いかもな」
「前列の方は特等席なのですけれども・・・」関係者席とも言う。エミィとその兄はここに座る予定。
「でもまあ、大きすぎる音もきついだろうし」
「・・・かしこまりました」
またヒーコラしながら戻ってきたドモンの意見に、支配人も困惑した表情だったが、ナナ達がもう一度歌い出すとその意見に納得。
ミユほど加減ができない上に、四人が元気に歌うと三列目でもきつい。
なので支配人は三列目までの椅子を片付けさせた。
続いてドモンと義父は中央奥のボックス席、今回の場合は貴賓席となる場へ移動。
「おお、流石にここはすごいな。歌声もちょうど良く届くし、席も立派だ。これなら文句も出ないだろう」
「うむ。陛下やあの姫が観覧する席だからな。私達や貴様もここの席だ」
「え?俺も?」
「当然だ。今回ばかりは貴様の我が儘は通さぬぞ」
舞台袖でみんなを励ましながら見る予定だったドモン。
後ろからバニーちゃんのお尻をゆっくりと楽しもうと思っていたのだ。
「俺なんかよりも、ちょっと二人ばかしこの席に座らせてやるつもりなんだけども」
「貴様が責任を持って面倒を見るならばそれでも良かろう・・・む?ちょっと待て、また貴様はどこかの女達を・・・」
「違うよ!大体女だったら俺もここにいるって言うっての」
「うむ、確かにそうだな。まあとにかく貴様はここに居れ」
義父にドモンが思いっきり釘を刺されたところで、一度目のリハーサルが終了。
昼休憩を挟み、最後に通し練習を行ったあと、本番に臨むこととなる。
通し練習と言っても、ナナ達は一曲だけで、あとはギルとミユ、そして本来公演予定だった歌劇団がメイン。
歌劇団の団長に訳を話したところ、無償で快く引き受けてくれたのだ。
「あ~いよいよ本当に緊張してきたわ・・・んぐぐ」化粧をしたナナがまた何かを食べていた。
「それでよく喉を通るな。本番で本当にゲップするなよ?」とドモン。思い出したサンはもう頬をパンパンに膨らませている。
「だって見てよこれ!ミルフィーユカツをパンに挟んだものに、ソースにマヨネーズまでしっかりかかっているのよ!これは食べなきゃだわ絶対に。ゲップはあとで!」
「私もそうしようっと」チィもムシャムシャ。
「ゲップをまとめて出す方法教えてあげるわ」「やった、ありがとう」という謎会話に、サンとミィが両手で口を押さえて笑いを堪えていた。
「ゲップはいいとして、お腹までポッコリしちゃってるぞ」
「大丈夫。ゲップと一緒に出すから」
「お前・・・ゲップしたら大きい方も同時に出ちゃうのかよ・・・」
「どっちもトイレでに決まってるでしょ!!しかもどうして同時に出るのよまったく」
体中の空気がすべて無くなる勢いで笑い崩れたサンとミィが、ヒィヒィと地面に這いつくばっている。
話を聞いていた義父や支配人、楽団の者達の顔が真っ赤に。
「そんな事より便秘の時の飲むあの薬ちょうだい。あれで一気にスッキリしちゃうから」
「ああ下剤で出すつもりだったのか。サン、薬出してやって」
「はい!」
こういった薬に慣れていないためか、この世界の人々には効きすぎるくらい効く便秘薬。
いつも食べ過ぎなナナの強い味方。
どれだけ効いて、どれだけどっさりと出るのかをナナが自慢気に語り、皆の顔を更に赤くさせることとなった。
「ふん・・・身体も中身も下品な田舎娘が・・・オーガも大したことはなさそうだな」
そんな中で歌劇団のひとりが、誰にも聞こえぬようにそう囁いてこの場を立ち去った。




