第371話
夕食後、ドモンが「俺も明日に備えて少し準備をしてくる」と出かけた頃、王宮ではギルの祖国から来た賓客を招き入れていた。
「遠いところ、ようこそいらっしゃいました。シンシア姫、そして宰相殿も」
「お招き頂けて光栄ですわ。アンゴルモア国王陛下」
トッポの挨拶にスカートの裾を掴み、華麗に挨拶をした姫と、その横ですました顔で頭を下げた宰相。
その後ろには少し不気味な黒い鎧を着た竜騎士がズラリと、片膝をついて頭を下げている。
竜騎士はその名の通り竜に乗り戦う騎士なのだけれども、実はこの騎士自体が竜人なのではないかと噂されていたが、はっきりとした素性はわからない。
ただとにかく強いということだけは皆知っていた。
「ワタクシとても楽しみにしてましたのよ。それにとても感銘を受けました。なんと言いましたっけ?その・・・」右手の人差し指を頬に当て、上目遣いでうーんと考える素振りのシンシア。
「チャリティーコンサートですか?」と答えたトッポは少し嬉しそう。
「いえ、そんなくだらないことではなく、それを考えたどこかの馬の骨といいますか・・・」
「む・・・」「む!」表情が一変したトッポと義父。そしてその他大勢。
「ドボンだかズボンだかわかりませんが、そんな者の意見に耳を貸した陛下に、とても感銘を受けましたの!そうしたらワタクシも興味が湧きまして・・・」
「・・・ドモンさんです」
「そうそう!そのドモンさん・・プッ・・あ、失礼しました。陛下がさん付けでお名前をお呼びになるそのド、ドモンさ・・プクク」
騎士、そして勇者達がピクッと動いた瞬間、竜騎士達も剣の柄に手をやる素振り。
牽制を牽制し返した。
「知りませんよ僕は。どうなっても」とトッポは素っ気のない態度。
「まあ仕方あるまい」と義父。
それがきっかけで戦争になるかならないかは、もうわからない。
全てはドモン次第であり、トッポは覚悟を決めるだけ。
この国で、いや、この世界で一番触れてはいけない者。アンタッチャブル。
特に女性は気をつけなければならない。
それに自ら触れようとしているシンシアを、王宮の使用人達が気の毒そうな顔で見ていた。半笑いとも言う。
「羨ましいなぁ」と勇者パーティーの筋肉女ミレイがポツリ。
「何が羨ましいの?」賢者のソフィアが不思議顔。
「だってドモン様の地獄を味わえるんだからなイヒヒヒ・・・おっと、ちょ、ちょっと風呂にでも入ってくるフゥフゥ・・・」
「・・・・」「・・・・」「・・・・」
ヨダレを袖で拭い、両手で股を押さえる下品なポーズで走り去っていくミレイの様子を見る、残りの勇者パーティー。
ソフィアがドモンの毒牙にかからずに済み、勇者は心の底から神に感謝した。
「その紙持ってくりゃ良い席座れるからさ。じゃあ明日なヒック」
あちらこちらで酒をたかりながら街を散策するドモン。
仕立て屋との話し合いにより臨時収入が入る予定ではあるものの、現時点では無一文。
こんな時は他人に頼る他ない。
無一文ですすきのに行き、ベロベロになって帰ってくるくらいの人間なので、こんな事は慣れたもの。
喫煙所で隣りに座った男に店で一杯奢ってもらい、その席でたまたま近くにいた社長をヨイショして、気がつけば三人で高級キャバクラで豪遊なんてこともあった。
そして夜中、そこのキャバ嬢に連れられ飲みに行き、知り合いの風俗嬢が合流し、その風俗嬢の家に一泊なんてことも。
その手口はこの小説の冒頭で見た通りで、ナナもしっかりやられている。
「なんかちょこっと食いたいとこだな・・・ん?なんだこれ?たこ焼き?」
屋台ではたこ焼きほど丸くはないが、円盤型の少し膨らんだ、小麦粉を焼いたパンケーキのようなものが売られていた。
ベビーカステラに近いかもしれない。
「ほらほらおにいさん、買っていかないかい?美味しいよ!」
「いやぁ、食べたいけど残念ながら無一文だアハハ」
「なんだい!まったくしょうがないねぇ・・・お金でもすられたのかい?」
「まあちょっとな。しかし随分と美味そうだけど、あまり売れていないみたいだな」
「余計なお世話だよ!もう酔っ払いが・・・」
他の店は数人の客が常に屋台を覗き込んでいるのに、この店だけは少し暇そうだった。
お祭りの屋台でもたまにある、人はいるのに誰も寄りつかない、なんだか気の毒な店のよう。
「でもまあ・・・もう古いお菓子だからね。みんな味を知っちまってるし、常連さん以外なかなか売れないのよ」
「そうなんだ。じゃあさ、俺、こういう店を売れる店にするための助言をする仕事始めたんだけど、試しにやってみないか?半年間、売上の2%、つまり50分の1をくれるだけでいいんだけど・・・今回は食べさせてくれたらタダで助言するよ」
一年間と言うと長く思われてしまうため半年間に変更。ただしその時のドモンの気分による。
「なんだよもう・・・あんた詐欺師でしょ絶対に」
「駄目かなぁ?ねぇお願いお願い!駄目?頼むよ」
「も、もう仕方ないねぇ・・・わかったよ」
ドモンに甘えられ、ムズムズしながら渋々了承したおかみさん。
早速ドモンがアドバイスをすると、途端に「えぇ?!」と叫び声を上げた。
そんな声を気にもせず、ドモンは鼻歌を歌いながら看板に筆を入れていく。
『食べたら激マズ!!ハズレを引けば地獄行きのロシアンカステラ!!男は度胸・女は愛嬌!命を賭けた勝負にいざ挑戦!』
看板を書いている最中から人が集まりざわざわと騒ぎだし、看板を掲げた時には屋台の周りは人だかり。
「おい、ロシアンカステラってのは何だ?」
「へへへ、袋に入っている十個のこの菓子の中に、ひとつだけ薬草とカラシが入っているものが入っているんだ。何人かで順番に食べて、もしそいつを引いちまったら・・・地獄行き決定だ。そいつを見ながら飲む酒は美味いぜ~」
「おいおいおい・・・」
「さあ度胸があるなら命のやり取りやってみな!子供用の薬草だけのものもあるよ」
ドモンに説明を聞いた男は呆れたが、そばにいた酔っぱらいの男二人組が「よし!買った!」「やってやるよ!!」と息巻いた。
店の前で早速順番に食べ始めたふたり。絶好のサクラである。
結果は六個目を食べた男が「ウゲェ!!」と道端に四つん這いとなって大悶絶し、拍手と笑いに包まれた。
それと同時に、ロシアンカステラは飛ぶように売れ始める。
「こ、これはどうなってんだい?!こんなことは初めてだよ!」
「俺も手伝うよ!」
作っても作っても行列が伸びる一方で、パニックになるおかみさんを手伝いに来た主人。
結局40分ほどで材料不足となり、並んでいた客達は残念そうに帰っていった。
「やだよもう・・・こんなところに酔っ払って寝ちまって・・・ウフフ」
店の軒先で大事そうにエールの入ったグラスを抱えながら寝ているドモンの前に、おかみさんが一袋だけ残しておいたロシアンカステラを置いて笑っていた。