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第370話

「♪た~ての糸は~あーなたぁ~」


異常。あまりにも異常すぎる。

伴奏はないただのアカペラのはずなのに、魂を鷲掴みにするようなその歌声に、ドモンですら震える。

自分の魂を削りその言霊に乗せ、皆に幸せを配るかの如く、力を込め、ミユは歌い続けていた。


「お、親方・・・」

「・・・・」


仕立て屋の親方はもう言葉もない。

ギルはドアの前で涙した。そしてこの歌を歌う者が自分の妻となるのだと改めて実感が湧き、自分のその幸運に感謝。


「♪人は仕合わせと~呼びます~・・・・ギル?」

「はい。師匠とあと仕立て屋さん達が来ていますよ・・・うぅ」

「ど、どうしたの?ギル」

「あなたと結婚出来ることが嬉しくてつい・・・」

「ウフ!あたしも嬉しいわ!」


なんともクサいやり取りだったが、今はドモンも納得。

ついて来ていた仕立て屋の従業員は、しばらく立ち直れないほどに泣いている。


「仕立て屋さん達は一体何を?」とミユ。

「ああ、ミユの舞台衣装を頼んでいたんだよ」ドモンが答えた。が・・・


「お、お待ち下さい。少し・・・少しお時間をいただけないでしょうか?ミユ様・・・でしたか・・・あなたに見合うドレスを私達は御用意できませんでした」

「あたしはどんなものでも結構ですよ」

「いえ。もしもこのまま私共がこれで妥協したならば、末代まで恥をかくことになります。お願いします。機会を・・・私達に機会をお与えください!!」


仕立て屋の親方は、この歌姫に見合うドレスではなかったと、その歌声を聴き判断した。

たとえ王族であれど満足が行くドレスを仕上げたつもりだったが、これではまるで足りない。このままではあまりにも滑稽。

仕立て屋達は建物の一室を借り、徹夜で作業することとなった。



「おお・・・綺麗だなナナ・・・く」

「・・・・」


ドモンとギルとミユがナナ達のところへ戻ると、舞台衣装を試着したナナ達が、憮然とした表情で口を尖らせている。

ここにいた仕立て屋達はそそくさと退室し、親方のところへ逃げた。


「あんたね、これどういうつもりなのよ」「そうよ!」ナナの言葉にチィも同意。

「その衣装は、すすきの名物の『バニーちゃん』だ。可愛いだろ」

「ええ、百歩譲ってサンとミィは可愛いわ」


両手で胸を隠したままのナナとチィ。

ギルはミユの目を塞ぎ「見ては駄目ですよ」と目を瞑っていた。最初から見えないのもすっかり忘れて。


「何もかも丸出しじゃないのよ!!」とチィ。

「どうしてサンと同じ大きさの衣装なのよ!私達が入るわけないじゃない!」とナナ。

「あれ?おかしいなぁ。少し大きくしてくれといったのに」恍けるドモン。


「ギリギリ入らなかったとかじゃないのよ?先っぽが出ちゃったとかでもなく、最初から全部丸出しなのよ!!」

「あんた、これで舞台に立てって言うわけ?!」

「まさか。ふたりにはきちんとこれで先っぽを隠して貰う予定だよ」


ピンクのハート型のニップレスを手渡したドモン。

昔ケーコに買ってやったものだが、当然拒否されて放置されていたものを、ナナなら似合うのではないかと、以前死んだ時に自宅から持ってきていた。


ドモンはその機会をずっと伺っていて、バニーガールの衣装を思いついた時に「これだ!ここだ!」と。

最低な人間である。


「いやよ!!」

「いいからほら、手をどけろ・・・こうして先っぽを隠すように貼って・・・ほら可愛い」

「可愛いとかの問題じゃないでしょっての!!」「先っぽが見えなきゃ良いってわけじゃないのよ!!」


確かに先っぽは隠れているが胸自体は完全に丸出しで、しかも貼ったシールがピンクなものだから、遠くからだとパッと見は、そのまんま形がハートになっただけの乳輪である。


結局ナナとチィの怒りは収まらず、仕立て屋達に胸の部分の布を増やしてもらうことになり、ようやく落ち着いた。

シールも一応貼ったまま。これで万全。


「ようやくこれで恥ずかしい思いをしなくて済むわ」「ホントね」ナナとチィ。

「よく見れば可愛いですし、格好良くもありますよ」「はい!」サンとミィ。


おしゃべりをしながら試着を終えて元の服に戻った。

この結果にドモンも大いに満足。


なぜなら、バニーガールの一番のセールスポイントは、うさ耳でも胸でもなく『お尻』だからだ。


最初から胸が隠れる衣装だった場合、絶対に文句が噴出するのがこのお尻部分。

すすきのでもバニーちゃんがたまに買い出しで歩いているのだけれども、全員がそのお尻に目が釘付けになるほど、お尻の肉がはみ出しにはみ出しているのだ。


ドモンはそれを誤魔化すために、敢えて胸がはみ出るように仕組んだ。

不満を胸に集中させ、お尻のことを忘れさせた。


女性陣にとっては絶対に不満が出るこの衣装。

人間の心理として、プラスだったものがマイナスになれば不満が出るが、大いにマイナスだったものが少しのマイナスになると満足してしまうのだ。


パチンコで同じ1万円負けだったとしても、普通に何も当たらずただ1万円失うのと、5万円負けた後に4万円取り戻しての1万円負けでは、心証が大いに違う。


今回の場合は当然その後者を狙ってのこと。ドモンのいつもの手口だ。

タバコを吸い、酒を飲み、ろくに働かずに遊び歩いて浮気して、最悪と思わせてから少しだけ良い行いをすると、『良い人』よりも下手すれば上の『実は良い人』というものになれる。


「是非皆さんも銀行強盗など行った際には、防犯カメラに映るように、外に繋がれた子犬を優しくひと撫でしてから逃亡するといいよ」

「何をブツブツ言ってるのよ??」

「あれ?声出ちゃってた」


よくはわからないけれど、ナナはヤレヤレのポーズ。

そしてドモンはやはり悪魔である。



「宝石は一度すべて外せ!陳腐なものにしては駄目だ!」

「はい!」「はい!」

「あのドモン様のウェディングドレスを皆頭に浮かべて欲しい。ただきらびやかなだけでは駄目だ。優雅であり、神秘的でもあり・・・」


「親方様!それでは袖をこのような刺繍にして・・・」「スカートの裾を内側から絞るように・・・」

「朝まで間に合うか?」

「間に合わせてみせます!!」「必ず!それにドモン様のあの道具もありますから!」

「よし!やるぞ!必ず仕上げてみせるんだ!」

「はい!」「はい!」「はい!」「はい!」「はい!」


仕立て屋達がいる部屋の前でギルは、ドモンから届けるように頼まれたバニーガールの衣装を手に持ったまましばらく固まり、「胸が隠れるように直してほしい」となかなか言い出せずにいた。





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