第368話
「あー、あー。へぇ~これは面白いものですね師匠。でも私やミユには必要ないかな?」とギルはまだまだ保守派。
「どれどれ・・・あぁぁぁ♪キャッ!びっくりしたぁ・・・あたしもきっといらないと思う」
つい加減がわからず、大きな声を出してしまったミユ。
その声に、建設作業をしていた大工達やオーガ達がつい駆けつけてしまう始末。
「まあお前らは無くても平気なのはわかるけど、これがあれば歌の幅が広がるんだよ。例えば、囁く様な歌い方も、これを使えば遠くまで聞こえるんだ」ドモンが拡声器をポンポンと軽く叩く。
「さ、囁く様な歌い方ってプクク」
ギルは歌を聴かせることと相反する囁く歌い方を想像して、思わず吹き出した。
この世界では、それはあまりにも非常識な歌い方だったためである。
囁く様な声にならないように気をつけること!と、当然のように最初に習う。ドモンの世界の小学生の音楽の授業と一緒。
「うーん、じゃあ俺が試してやるか。オホン!・・・♪もぉっ・・と勝手に~・・・こぉ・・い・・しぃたり~・・・」
「うわっ!」「す、すごいわ!感情が!感情がすごく伝わってくる!」
少し大げさな物真似で歌ってみせたドモンの歌で、背中に戦慄が走ったギルと、心を大いに揺さぶられたミユ。
オペラや合唱団が歌の最高峰と思っていたものが、あっという間にひっくり返った。
「ああん!」「ふぅ~ん御主人様・・・」
ナナとサンは色んな意味で大興奮。
初体験のその甘い歌声は、まさに一撃必殺の女殺し。
ミユの声で大工達と一緒に様子を見に来たエルフ達も、思わず少し嬌声をあげるほど。
「♪いーま以上~そーれぇ以上~愛されるより」
「ふぅ・・・好きよドモン」「サンもですぅ!」
ナナとサンが両手を胸の前で組み、キラキラとした目でドモンを見つめている。
ドモンはすっかり調子に乗ってしまい、少しだけ歌ってみせるはずが、つい最後まで歌いきってしまった。
「・・・とまあ長々と歌ってしまったけど、こんな歌も作れるようになるんだよ」
「耳元で愛を囁くような歌も可能となるわけですか・・・師匠、これは革命ですよ!」
音楽の転換期のその瞬間に立ち会い、創作意欲が爆発しそうになるギル。
拡声器によって今までやれなかったことが突然可能となったのだと知り、また背中がゾクゾクした。
「アハハ大げさだよ。愛の言葉だけじゃなく、寂しい時に心の中で呟くような言葉とかも表現できるだろ?」
「ええ!大体、本当に寂しい時は大声で『寂しい~!!』なんて叫ばないし、『会いたいな・・・』とかそのぐらいですもんね」ミユも納得。
「そういうことだ。だから歌唱方法も変わってくるんだよ。さっきの俺みたいに、わざと吐息混じりで声を抑えながら拡声器に近づいたり、感情が爆発したような歌詞の部分は、声を張りながら拡声器から少し離れるとかって」
「なるほど・・・もしかしたら教えてくれたあれらの歌も、練習し直さないと駄目なんじゃ・・・ねえギルどうしよ?」
ミユは歌唱意欲が爆発。
カラオケにハマり始めた学生のように、何時間でも練習したくて仕方がない。
「まあ流石に明日が本番なので、今更変えるのは無謀ですよ」というギルの言葉にミユはしょんぼり。
「今回はナナやサンやオーガ達に譲ってやってくれ。また今度拡声器が必要であれば、ジジイが新しいの用意してくれるよきっと。これが最後じゃないんだろ?」とドモン。
「また勝手に決めおって・・・まあふたりのために最高の物を用意するが」義父はへの字口ながらも優しい口調。
「やったー!ありがとうございます!師匠のおかげです!ミユ、私は君のために歌を作るよ。そして二人で世界を巡ろう。道が続く限りどこまでも行こう!」
「う、うん・・・でもあたし、足手まといにならないかな?」
「なるものか!何があってもそんな事は思わないよ、ミユ。それに勘違いしないで欲しいのだけれど、私がミユを手助けするのではなく、私はミユと力を合わせて生きていきたいんだ」
「そ、そ、それって・・・」
ミユの手を握りながら片膝をついたギルを、皆温かい目で見守っている。
ドモンだけはタバコに火をつけながら、拡声器に向かって「♪かたーい絆にぃ~」と小声で歌っていた。
「私はあなたが進む道の、その先を照らすために生まれてきたのだと思う。・・・・結婚してください、ミユ。貴女が歌う歌を、これからもずっと一番そばで聴かせて欲しい」
「!!!!!・・・・はい・・・・うぅぅ」
きれいな涙を流したミユ。
ギルのプロポーズは無事成功し、ナナやサンが涙を拭いながらパチパチと拍手していた。
「よ~し!歌を作らねば!!やるぞ~!!」
「ウフ!それならその拡声器というのを使う歌にしてねギル。そしてあたし旅先で歌うの。あなたが作った歌を」
「もちろん任せておいてください!・・・あぁ師匠!師匠とこの拡声器のおかげで私は、いや私達は結ばれました。この箱の中には、私達の夢と希望と未来が詰まってます!」
ギルとミユが抱きしめ合いながらドモンに感謝の言葉を述べた。が・・・
「でもその中に詰まってるのは、ナナとサンの汚れた臭い下着だぞ?見てみるか?ほら」パカッと蓋を開けたドモン。
「ド、ドモン!!こら!!」「あぁぁ御主人様ぁ!!」
パーンパーンという音が拡声器に拾われ、外にまで響き渡ることになった。
下着は元の箱へと戻され、代わりに古くなったカーテンなど別の物で代用されたが、ふたりの下着よりも音が割れてしまい、騎士達が王宮へ様々な布を取りに戻ることに。
「それにしても師匠は本当に色々な歌を知ってるんですね。音楽にゆかりの深い土地柄で育ったとか?」とギル。
「いやいや、そんな事はないよ。まあミユに教えた歌や、さっきの囁くように歌った歌も、たまたま同じ土地の出身者だったけどな。あと有名なところではこんな歌も」
♪はて~しーない~大空と~だの、♪ア・イ・シ・テ・ルのサイン~だの、♪らーら、ららら~だの、♪与作~だの、次々と歌ってみせたドモン。
それらが全員伝説級の歌手で、同じ土地の出身者だと話した。
「ものすごく音楽にゆかりのある土地ではないですか!!天才ばっかり!!」とギル。
「でも有名なのは美味しいご飯だ。酒もなんか知らんけど美味い」
「うむ」「ホントよ」ウンウンと頷く義父とナナ。
「へぇ~面白そうな場所ですねぇ。私も一度行ってみたいものです・・・・ミユと」ギルがまたミユの手を握った。
「私はちょっとだけ行ったことがあるのよエヘヘ。なんかスゴかったとしか言いようがないけれど」とナナ。
「それは羨ましい!私の生まれた国と似たような感じでしょうか?音楽の都と呼ばれておりますが」
「え?ギルってこの国の生まれじゃなかったんだ!?」
ギルの告白に驚いたドモン。
違う街に行くのにも大変だったので、あるとは知っていても、違う国というものが想像できなかった。
そもそも話す言葉が一緒であったので、外国人という感じがまるでしない。
「音楽の都ってこっちにもあるんだ。へぇ~」
「まあ・・・私も大概と言われればそれまでなのですが、私はあまり好きではありません。あの国のやり方は・・・」
ギルは少し苦々しい顔をした。




