第367話
ドモンが義父から受け取った物、それは拡声器であった。
集めた国民に対しての演説の際などに使用する魔道具。
風の魔石を使用したなんちゃらと聞いたが、ドモンには仕組みがさっぱりわからない。
ドモンはこれをマイクとスピーカー代わりにして、コンサートを行おうと考えていた。
「声を大きくできりゃいいのに」「あるぞ」と義父が王宮から持ってきた。
だがこの世界では劇場での生歌が主流で、ホール自体が生歌に適した形になっている。
なので声を大きくする道具を使うということが、義父にはまるで理解できずにいたのだ。
普段の会話で拡声器を使わないのが当たり前なように、歌も生歌というのが普通の感覚であった。
「そもそもそれを使用すれば、まともに歌えぬのではないか?」
「うーん使ってみないとわからないな。やっぱりこの拡声器も声が割れたり、こもったりしてしまうのか?」
「それもあるが、かなり雑音も混ざる。風の音なども大きくなるのだ」
「どれどれ試してみよう。コンロみたいにこのツマミを捻りゃ良いのかな?」
義父と話しながらツマミを右に捻ったドモン。
カチンと魔石が弾かれた音がした後、コワコワコワ・・・という雑音が、箱に空いている丸い穴の部分から聴こえ始めた。
「ありゃ?確かに雑音が結構入るなぁ」
「であろう」
「このコップみたいなのに声を入れるのか?どれ・・・あー!テステステス・・・」
「ぐ・・・近くにいる時に貴様は・・・」
ドモンの大きな声が真正面にいた義父に直撃し、義父が慌てて耳を塞いだ。
確認した声はドモンもよく知っている、元の世界のあの拡声器を通したような、例の少しひび割れたような声だった。
「この箱の中ってどうなってるの?」
「魔石を使用した機械部分以外はほぼ空洞のはずだ。風の魔石によって空洞で音を共鳴させながら増幅しているだとか・・・詳しくは専門家ではないのでわからぬ」
「ふぅん。まんまマイクとアンプとスピーカーがひとつになっているようなものか・・・ここから開けるのかな?」
「うむ、少し横にずらせば開くはずだ」
蓋を開け中を覗くと、確かにその殆どが空洞であった。
ちなみにドモンは気軽に分解を始めたが、金貨10枚以上はする高級品だったりする。
「この隙間に音を吸収する綿か何かを詰め込めば、多分少しはマシになるんじゃないかな?」
「馬鹿者!そんな事をすれば本末転倒ではないか。声を大きくしたいというのに吸収してどうするのだ」
またドモンの悪い冗談だと考えた義父。
「それは矛盾してるように思えるかもしれないけど、雑音や高音を吸収しながら増幅すれば、元の声に近くなるんだよ。まあ仕組みが違うから上手くいくかどうかはわからないけどね」
「まったく・・・私が責任を持つ故、好きにしろ」
義父の許可が下りるなり、ドモンがダンボール箱をひとつ抱えて戻ってきた。
「なんだこれは?」
「中に綿で出来た布がたくさん入ってんだよ・・・・まあナナとサンの汚した下着なんだけどもアハハ」
「!!!!!」
「向こうの世界の洗剤は貴重だから、溜め込んでまとめて一気に洗ってるんだ」
拡声器の中へシャツだのパンツだのをポイポイと放り込んでいく様子に、義父はただただ呆れ頭を抱えた。
機械部分に引っかからないように少し調節して蓋を元に戻し、最後にマイクとなるコップのような部分にサンの靴下をかぶせ、一度クンクンとニオイを嗅いだが平気であった。肉食ナナの靴下は避けて正解。ちなみにドモンは、足だけは何故か臭くない。
「本当に貴様は・・・ハァ・・・」なんと馬鹿な息子を持ったものかと嘆く義父。拡声器はもうひどい有様。
「ツマミをひねってっと・・・どれどれ、あーテステステス。お?」
「うおっ!!!!!!!!」
「おお、どうやら上手くいったみたいだな」
義父はまたドモンに驚かされた。
拡声器から聴こえた声は、音量だけが大きくなった、ほぼドモンのその声だったためだ。
ドモンが冗談みたいな方法で起こした、とんでもない革命である。
「こ、これはまことか?!あのような方法でこのような事が起こりえるとは・・・これで国王の演説も聞き取りやすくなるであろう!す、すぐに一度持ち帰り職人達へ・・・」
「見せるの?ナナとサンの下着だぜ?」
「ぬぅ?!そ、そうであった・・・貴様はなんと馬鹿な真似をしたのだ・・・」
「でも上手くいったからいいだろ」
ドモンは機嫌よく歌いはじめ、「これなら俺も舞台に出ちゃおうかな~」などと呑気に話していると、タタタタとドドドという二つの足音が聞こえ、ナナとサンが部屋に飛び込んできた。
「ご、御主人様!あ!あのその・・・」義父の姿を見て言葉を控えたサン。
「ねえドモン!私達の汚れた下着盗まれたの!あら?おじいちゃん来てたのね」遠慮などないナナ。
「おう!その下着泥棒を今捕まえたところだ。ほらそこに箱があるだろう?まさかジジイがそんな事をするなんて・・・」わざとらしく頭を抱えたドモン。
「なんですって?!」「えぇ?!!」「ボフォ!!そんな訳なかろう!!」
「一枚一枚クンクンしながら吟味していたそうだ・・・イタッ!!ギャアアア!!」
ナナから叩かれたところに重ねがけするように、ドモンは義父にゲンコツを落とされた。天罰以外の何物でもない。
義父の方からしっかりと訳を説明され、何とかこの場は収まりをみせた。
後ほどきちんとした綿の布と交換されることになったが、マイクに当たるコップ部分に付けた靴下だけはそのまま。
サイズ感があまりにピッタリだったためだ。
「あーあー。ざーんーこくぅなぅ♪わっ!すごいわねこれ!!」自分の声が大きくなり驚くナナ。
「まだまだナナは音痴だな。イッ!・・・ほらサンもやってごらん?」とドモン。たんこぶがまた増えた。
「はい。あ~♪サンですぅ♪・・・え?お子様がいますよ??!?」
サンは初めて聞く自分の声に驚いた。
自分ではもっと低く大人な声だと思っていたのに、拡声器で増幅され壁から跳ね返ってきた自分の声が、ものすごく幼かったのだ。
「御主人様!私の声が変です!」
「いつものサンの声だよ?ねぇナナ」
「そうね。機嫌の良い時は、もっと甲高い子供っぽい声になるけれど」
「えぇ?!」
サンにとっては驚きの事実だが、皆にとっては今更何を言っているのだろう?といった気分。
初めてのカラオケあるあるである。
それにしてもその声はあまりに幼すぎた。
耳の良いはずのミユが子供と間違えるくらいなので、それも仕方のない話だけれども。
これまでにないほどサンはショックを受けることになった。
「今まで私と初めてお話した人達は、皆驚いたのではないでしょうか?・・・子供っぽい声で」
「当たり前じゃない。ホントに今更何言ってんのよウフフ」
ナナに笑われたサンは、う~んと頭を抱えて困った顔を見せたが、その顔はいつも通り声に似合った幼い顔であった。
実際に安物のスピーカーに綿を詰め込んで、改造をしたことがあるリアルドモンさん。
安っぽいひび割れた音が重厚な音になり満足。
応用としては、空いたティッシュの箱に吸音材代わりのパンツを詰め込んで、音の出口の丸い穴を開けて、スマホのスピーカー側をティッシュの取り出し口に突っ込んで音楽を鳴らすと、あの少しひび割れたような安っぽい音がまともになったりする。
あ、パンツじゃなくても大丈夫(笑)