第364話
「じゃあその舞台で、おふたりのご紹介もしてしまいましょうか?どうせ僕も行きますし」
「いやよ」
「なぜですか?」
「恥ずかしいもの」
「一緒に出てくれるなら、ドモンさん直伝の、とっても美味しいミルフィーユカツをご褒美に差し上げましょう」
「やるわ」
見事なまでに取扱説明書通りなナナ似オーガと、ずっこけるサン似オーガ。
「ではお昼にそれを食べたら、早速ドモンさんのところへ相談に行きましょうか?どうせなら、おふたりも歌か何かを披露してみてはいかがでしょうか?」
「えぇ?!私達も??」「無理ですっ!無理です無理ですぅ!!ダメダメダメェ!」
まあ別にやるならやってもいいかなと少し思ったナナ似オーガ。
だがサン似オーガは全力で拒絶。
「陛下・・・午後には28件の謁見予定と、7つほど会議の予定が入っております故・・・」と大臣。
「く・・・どうしてそんな無茶な予定を」
「教えて差し上げましょうか?なぜそんな事態になってしまったのかを」
「・・・わかってますよ、ほんの冗談です。ごめんなさい」
ドモンと楽しく過ごした分だけ、予定はズレてしまっていた。
遠方から来たというのに、会うことも叶わず待たされ続けている人も多数いる。
献上品のケーキを受け取ってもらえずに、応対していた使用人に手渡し「皆さんでご賞味ください・・・」と言い残し帰っていった、悲惨な有名菓子職人なんかもいた。
各方面、謝罪謝罪の大嵐。
中には隣国からの使者もいて、場合によっては関係が悪化する懸念もあった。
大臣達が怒るのも無理はない。
仕方なくトッポは手紙を書き、昼食後オーガのふたりをドモンの元へと送り届けさせることになった。
「ところでおふたりのお名前は?」
「それがね・・・」「ナナさんとサンさんと偶然同じだったのです。お名前が・・・」困った顔で答えたふたり。
「えぇ?!そ、そんな偶然があるのですか???」
「そりゃ私達だってびっくりしたわよ。あっちのナナも驚いていたけど。それも魔王様がなにか訳を知ってるかもしれないってドモン様が言ってた」「はい」
これにはドモンも、あまりにも都合が良すぎて驚いていた。
最初に出会ったのが巨乳美女で良かっただなんて喜んでいたけれど、それすらもなにか仕組まれていたのではないかと今は勘ぐっている。
「まあそれでドモン様がややこしいからって、私にはチィって愛称と・・・」「私はミィという愛称を頂いたのです」
「チィさんとミィさんですか。すごく可愛らしい愛称じゃないですか!」
予想以上にしっくりとくる名前で、トッポも納得の顔。
「それがあの人、すっかり忘れているのか『おい!ナナに似たオーガ』とか『もうひとりのサン!』って呼ぶのよ?ホントにもう!」
「きちんとお呼びになることもありますから・・・たま~にですけど」
「こないだなんて『チィのペチャパイ待ち』って言ってたもん!私の胸が小さくなるの待ってるってこと?!意味わかんない」
「違います違います・・・『チーピンのペンチャン待ち』です・・・意味は全くわからないですが・・・」
相変わらず、全く名前を覚える気がないドモン。
なんと昨日は「ねぇナナ、カールの弟の名前なんて言ったっけ?」と言い出し、皆を驚かせていた。
「その調子なら、僕がトッポと呼ばれずに『おい王様!』などと呼ばれはじめたら危ないですね」
「きっともう忘れていると思うわ」「そそ、そんなことはないですから!」
ミィは建前上そう返事をしたが、その確率は五分五分といったところだろうと予想。
ドモン達と食事に行き、前日に肩を組んで一緒にお酒を飲んでいた相手と再会し、ドモンが顔や名前を全く覚えていなかったというのを見てしまったためである。
ナナも「そんなの出会った頃からいつものことよ」と呆れ顔をしていた。店に来た客の顔を、ドモンはいつもまるで覚えていないのだ。
ドモンは人の顔と名前が覚えられない、いわゆる失顔症と呼ばれる障害を持っていると思われる。
なので『絶対に忘れたくない』と思った者には、自分が覚えやすいあだ名をつけていく。
その代わりに物の位置やその時起きた事柄、風景などは鮮明に覚えている。
パチンコ台百数十台の前日の釘の位置を記憶したりするのはもちろん、40年前にコンビニで肉まんをふたつ買った時の、表の交差点の信号の色や通った車種などを記憶していたりするのだ。
ドモンが思い出話をする時、それがまるで昨日のことのように詳しく話してから「44年前のことだけどな」と言ったりするので、みんないつも驚いていた。
それでも「最近は物忘れが激しい」とドモンは嘆いていたが。
「じゃあチィさんとミィさん」
「なんかくすぐったいからチィと呼び捨てでいいわよ。私なんてトッポという愛称どころか・・・すぐにあんたって言っちゃいそうだし」
自分のことなのにヤレヤレのポーズをした、ナナ似のオーガ改めチィ。
「私もミィとお呼びください。国王陛下」と真面目なサン似オーガのミィ。
「僕のことはトッポと呼んでください。ミィ」
「は、はい!ト・・・トッポさん・・・」
赤い顔でモジモジしている様子がサンと同様に可愛い。
服はサンから借りているメイド服だったので、後ほど高級なメイド服が支給されることになった。
「食事の前におふたりには、友好の証としてこの腕輪を差し上げましょう」
侍女から小さな宝箱をトッポが受け取ると、大臣達はギョッとした顔に。
周囲にいた事情を知らない使用人達もキョロキョロと、お互いに顔を見合わせていた。
母の形見として受け取ったこの腕輪。
元は先代の王が母に贈ったものである。
その先代の王も、その母から譲り受けたものであり、それは先々代の王が贈ったもの。
つまりは、王家代々に伝わる家宝であった。
「こ、この者達に、この国の未来を託すというのですか?!」と宰相。
「はい、もちろん」トッポは即答。
客観的に見れば、先程知り合ったばかりの魔物である。
だけれども、あのドモンがこのふたりを信頼し勧めてくれたのと、更にはこうして直接話し合い、心を通じ合わせたことにより、トッポは自分のその直感を信じたのだ。
「はいチィ、ひとりひとつずつになってしまうけれど、これは母の形見の腕輪なのです。はいミィにも」
「えぇ?!それは大事なものなんじゃないの?流石に私もそのくらいわかるわよ」「はい・・・」不安げな顔のふたり。
「大事ですよ。だから大事な人にあげたんです。大事なあなた達に」
ニコッと微笑んだトッポを見て、ふたりは顔をまた赤くさせた。
チィもミィも、ドモンと同じくらいトッポのことが大好きになった。
「し、仕方ないわねー。じゃああんたが死ぬまで私が守ってやるわよ」
「ダメですダメですそんな言い方!もうっ!」
究極且つ、絶対的なボディーガードであるロイヤルガーディアンズ。
このふたりのおかげで、トッポは天寿を全うする事となる。トッポのその直感は正しかったのだ。
後の世に伝わった伝記には、このふたりが王の命の危機に大活躍をしたなどという事柄は一切書かれてはいないが、『どこかの誰かに命を狙われていた可能性があったのかもしれない』『恐らくそれらを防いでいたのだろう』といった曖昧な記述がいくつか残されていた。
なぜそんな曖昧な記述になったのかというと、トッポや王室の者達が危機に気がつく前に、このふたりが問題を片付けていたのか、このふたりがいたために刺客が命を狙うのを諦めていたのか、結局全てがわからずじまいだったためだからだ。




