第361話
「♪旅はまだ~終わら~ない・・・いや違う。たーびは~まだぁ~おわらぁ・・・クソ!私はなぜこんなにも才能がないんだ!!」
「????」
ドアの向こうから聞こえるギルの大きな溜め息。
ミユにはギルがなぜ悩んでいるのかがわからない。
「せめて・・・せめてあと一度だけでも聴けたなら・・・神はなぜこんな試練を与えたのだ!!」
「・・・(すごく上手なのに)」
「こんな事では師匠にもミユさんにも合わせる顔がない。私のせいで歌が消えてしまったというのに!私はもう死んでしまいたい・・・」
「駄目よ!!」
「え?!」
ギルがガチャリとドアを開けると、ドアの前にミユがちょこんと女の子座りをしながら、両手を口に当てていた。
その様子がまるでドジをしてしまったおてんば娘のようで、思わずギルはフフフと笑い声を漏らした。
「起きていたのですね。それとも起こしてしまったのでしょうか?」
「いえ、ただ眠れなくて」
「そうでしたか。そんなところではなんですから、どうぞ中へお入りください。あ、私は師匠のようなことは・・・」
「フフフわかってますよ。まあ・・・あなたなら・・・いえ何でもないわ」
掴んだギルの手に優しさを感じ、ミユは安心し、様々な不安は何故かすべて無くなった。
ミユにはそれが何かはわからず、胸の奥がただぽかぽかと温かい気持ち。
すっかり煮詰まっていたギルは、気分転換も兼ねてミユに今までの経緯を説明し、悩みを打ち明けた。
「・・・ああ、そんな事があったのですね。そうですか・・・異世界の歌ですか」
「そうなのですよ。でもそんな事になるとは露にも思わず、少し油断をしていました」
「あの・・・私の思ったことを言っていいですか?生意気ですけど・・・」
「ええどうぞ」
ギルは窓を開けて空気を入れ替えながら、椅子に座っているミユの膝に毛布をかけた。
「私、その異世界の歌は聴いていないんですけど、ギルさんの歌は素敵だと思うのです」
「それは元の歌が本当に素敵だったから。だから私はそれを正確に再現しなくてはならないと・・・」
「する必要がないではありませんか。私はギルさんの歌を素敵だと言ったの。あたし歌うなら、ギルさんの歌を歌いたい」
「!!!!!」
ギルがどんな様子かはわからないミユは、そのまま話を続ける。
「それに細かな歌い方の違いなんてあたしわからない。でもそんなのは、その時の気持ちによって変わるものではないのかしら?」
「た、たしかに・・・」
ギルの納得するような返事と椅子に座る音が聞こえ、ミユもホッとした顔に。
模写するのではなく、自分達なりの歌をこれから作ればいい。
ただそれだけの話だったということに、ギルはようやく気がついた。
「勉強になりましたミユさん」
「ミユでいいわ。ギルさん」
「私はギルと呼んでください」
「わ、わかったわ・・・ギル」
自分の耳が真っ赤になってやしないかと心配するミユ。それに気が付きクスクスとギルが笑った。
ミユは誤魔化すように椅子から立ち上がり、何度もずっと聴いていたギルのその歌を歌いだす。ゆっくりと。
日はまだ昇っていない午前5時。薄っすらとした朝焼けだけが空を照らす中、街に響く、奇跡の歌声。
「♪語り継ぐ~」
「!!!!」
ギルが大慌てで楽器を持ち、弾き鳴らす。
「♪ヘッドラ~イト・・・」
「く・・・!!!!!」
ミユの歌声について行くのが精一杯のギル。
ダタダと階段を駆け上がる音はドモン達。
窓の外には、まだ薄暗い早朝だというのに十数人が集まり、窓を見上げ両手を合わせていた。
あっちだ!あそこだ!と人が更にやってくる。
「♪旅は~まだ~」
「す、すごいわね・・・」
寝たばかりだとまず目を覚まさないナナも、この時ばかりはすぐに目を覚ました。
サンは大号泣でもうどうにもならない。息が吸えない。それが嬉しい。
「最高の舞台だな、これはもう・・・」
窓の外には、こんな時間にどこから集まったのか、数十人の人々。
歌ったのはほんの五分間だったが、その噂を広めるにはこれで十分。
歌い終えたミユの耳に届く、鳴り止まぬ拍手。
日が昇りはじめ、その暖かい光が窓の中にいるミユを包み込んだ。
まるで、これから行く、その行き先を照らすように・・・。
「ギル、どうだったかな?」
「ああ良かったよ、ミユ」
手を取り合うふたり。
そのまま自然にギュッと強く抱き合った。
「おいおい、まるで俺らのことなんて見えちゃいねぇな」
「だってあたし見えないもん!ウフ」
イタズラな笑顔を見せたミユ。
その顔を見たギルの心は、もう決まっていた。
生涯ミユの目となり、共に歩むことを。
何も言わずとも、その気持ちはミユ本人や皆にもしっかりと伝わった。
「おいギル・・・ひとつだけ俺から忠告しておかなければならないことがある」
「な、なんですか師匠?」
「油断するとミユは、ワキの下と股のところがフサフサのボーボーになってしまうから、お前が手入れしてやらなけりゃならないんだ。特にワキは汗ばむと臭うし、スケベな香りがプンプンと・・・」
「!!!!!」「イヤァァァァ!!」
ドモンの亡骸はオーガ達の手により三階へと運ばれ、皆が朝食を終えて大工達が作業を始めるまで、目を覚ますことはなかった。
「信っじらんない!みんなの前であんなこと!」お怒りのナナ。
「本当よ!だからおじさんって嫌がられるのよ!」お怒りのナナ似オーガ。
「流石に駄目だと思います!」「思います!」どっちかがサンで、どっちかがサン似のオーガ。
「反省してます・・・明日からきちんと働きます」食堂の隅の席で小さくパンをかじるドモン。
「嘘をつきなさい!まったく!それにあんた、自分が匂い嗅がれるのは嫌だと言ってるのに、人のことを・・・クドクドクドクド・・・」ナナの怒りは収まる様子がない。
「確かにそうでした。冗談でもいけないことでした。もう酒もタバコもスケベも止めます」
「あんた反省する気がないようね・・・グギギギギギ」
何もかもドモンが絶対に止めないことを知っているナナが、ドモンの首を絞めて左右に揺さぶった。
慌てて止めるサン達とエミィ。
「で、肝心のそのふたりは今何を?」
「さ、さあ」怪しげなナナの返事。
「まさか今頃スケベでもやってんのかな?」
「もう終わったわよっ!あ!!!」「あ!!」「あ!!」「あ!!」
口を手で抑えたナナと、寝てる間に何かが行われたことを知り、激しく落胆したドモン。
「でもなんでみんなそんな事知ってんだ?覗きでもしたの?」
「こ、声がすごかったのよ。建物中に・・・」
「あぁ・・・なるほどな」
ナナの言葉に頷いたドモン。
遊び人のドモンは歌手とも経験があり、いざその時の驚きの声量を知っていた。
例のあれなホテルだというのに、殺人事件か何かと間違えたのか「大丈夫ですか?!」と従業員がやってくるほどの声量だった。
「くっそー!俺も聞きたかったなぁ。きっとミユは初めてのスケベだったんだろう?俺に抱かれるくらいなら死ぬとまで言うような女だからな。あーどんなスケベをしたんだろう?やっぱりギルが無理やりバンザイをさせてワキの下をクンクンしながらイッテェ!!!!」
「朝っぱらから何という会話をしておるのだ!このバカ息子が!!!」
義父に会釈をしたあと、テーブルにビタンと突っ伏したドモンを横目で見ながら、皆当然とばかりにモグモグと食事を続けた。
中島みゆき『ヘッドライト・テールライト』より
youtubeで公式から聴けるので是非。