第359話
「いくぞ?まずはこの歌からだ」
「は、はい!どどどどうぞ!!フゥフゥハァハァハァ!!」
覚悟は決めたはずだったが、万が一もあり得ると知れば、人はやはり恐怖する。
充電は40%ほどだが、音楽を聴くだけなら十分。
曲を選択し、ドモンが再生ボタンを押した。
「うおっ!!!お、音が!!!」
「大丈夫か?!」
「し、静かに!!大丈夫です!!」
カッと目を見開いたギルが、自前のノートに歌詞らしきものを書き記していったが、速記のようなうねった文字で書いてある為、ドモンには全く読めない。
途中、あり得ないほどの大粒の涙を何度か流し、何事もなく一回目の試聴が終了した。
「なんて・・・なんて歌だ!!素晴らしい!!あああ・・・涙が止まりませんよ師匠!!」
「声、似てるだろ?力強く、そしてよく通る声で」
「天が・・・神が彼女の視覚を奪った代わりに、とんでもない才能を与えたのでしょう・・・この歌が歌えたならば、きっと彼女は歌姫として・・・うぅぅ」
ガシッとドモンとギルが握手をし、もう一度今の歌を聴かせて欲しいとギルは願った。が・・・・
「な・・・ない!!歌がねぇ!!消えやがった!!!」
「え?!もしや師匠が言っていた???」
「くそ・・・恐らくそういうことなんだろう・・・」
「ハァハァなるほど、そうですかそうですか・・・この吟遊詩人ギルバートを、神は試そうとしておられるのですね!!やってやる!やってやろうじゃありませんか!」
ギルはテーブルに叩きつけるようにノートを置き、「師匠、暫くの間ひとりにさせてください」と部屋にこもることになった。
「こっちよ。中は足元滑るから気をつけて」
「二歩先に段差がありますから、足を少し高くお上げください」
「お風呂に入ることが出来るなんて嘘みたい。ふたりともありがとう」
今は宿舎となっているが、元は色街のスケベな建物だけあって、ここもきちんとした風呂がある。
エミィ達が気を利かせ風呂の準備を急いでしてくれたので、ミユはナナとサンに手伝ってもらい、風呂に入ることになった。
湯船に入る前に椅子に座らせて、サンがミユの身体を軽く洗い流していく。
「サンさん・・・でしたっけ?」
「サンでいいですよ」
「じゃあサン、ありがとね。ねえお願い、一度お顔を触らせてもらえるかしら?」
「あ、はい!どうぞ!」
ミユの真正面に正座をし、目を瞑って顔を少し突き出したサン。
ミユはサンの両腕をゆっくりと擦り、肩、首、顎などを撫で、最後に優しく顔を触り始めた。
「え??赤ちゃん???」
「あ、赤ちゃんではないです」
「だって小さくてスベスベで、それに少しミルクのニオイもするわ。見なくてもわかります。なんて可愛いらしい顔なの!じゃあ10歳くらいかしら?」
「10歳でもないですぅ!私は27歳です」
「ええ?!私と3つしか違わないというの??嘘よ嘘!見えないと思って誂っているのね?ウフフ騙されないわ」
「本当ですよ・・・あはん!?」
話をしながら、もう一度身体の方を触ってみたミユ。
明らかに子供ではない、なんとも大人な先っぽに触れ、それが本当のことだと知った。
「ナナさんナナさん。ナナさんもお顔を触っていいかしら?」
「ナナでいいわよ」湯をかき混ぜて温度調節していたナナもそばへ。
「やっぱり裸になる時は、どんな人がそばにいるのか詳しく知っておきたいの。お願い」
「うんうんなるほどねー。そりゃ不安だもんね。はいどうぞ」
サンと場所を交代して顔を寄せるナナ。
ミユはサンの時と同じように両手を前に突き出したところ、とんでもなく大きな脂肪の塊にいきなり両手を突っ込み「きゃあ!!」と思わず叫び声を上げた。
「ちょ、ちょっと!叫びたいのはこっちよ!もういきなり胸に手を突っ込むなんて」
「ご、ごめんなさい。まさかそんな場所に胸があるなんて・・・あ、あの・・・もう一度触っていいかしら?優しく触るので」
「・・・変な趣味の人じゃないでしょうね?まあいいわよ」
「変な趣味なんかじゃないの。頭の中であなたの姿がまだ想像できないのよ。申し訳ないけれど、こんな人は初めてで」
「うんわかった。今度は優しくね」
今度は腰の辺りからゆっくり慎重に触るミユ。
いきなり胸を触ることがないようにしていたが、すぐに手の甲に胸の重みを感じ、「えぇ?!そんな??」と大困惑。
「これでは上半身の殆どが胸じゃないの!そんなはずはないわ!やっぱり私を誂っているんじゃ・・・」
「・・・・」「あのあの・・・大体そのような感じで合っています。でもでも!大奥様はもっと凄いと言いますかそのぅ~」
ナナの代わりに答えたサン。
驚きのあまり、結局モミモミと遠慮なくミユが全体を揉んでしまい、ナナはちょっとだけ変な気持ちに。
「り、立派なのね」
「立派で悪うございました!フンだ!」
「ご、ごめんなさい・・・フフフ。だって本当に驚いてしまったんだもの」
「まあドモンもはじめは驚いていたみたいだし、目が見えていてもみんなそんなものよ」
今度こそナナの顔を触る。
手の感覚でわかるその美貌。
「ナナは綺麗だわ。旦那さんも幸せね。貴女のようなお嫁さんがいたなら、きっと浮気もしないで毎日真っ直ぐ帰ってくるでしょ。口ではああ言っていても、男の人ってそういうものなの。だから生涯貴女ひとすじで愛してくれるはずよ」
「・・・・」「・・・・」
ふたりでミユの手を取り、三人一緒に湯船の中へ。
「なんですって?!この子とも結婚するというの?!」
「こ、子供じゃないです」「そうよ」
「ま、まさかもう抱かれたなんてことは・・・いえ、普通の人間にそんな事が出来るはずはないわ!」
「あのあの・・・」「だから悪魔だって言ってるじゃないの。いい悪魔だけどね」
呆然とするミユ。
声質から体型から顔まで、すべてが子供のように感じてしまっているミユには信じられない事実。
27歳だというのも一緒にお風呂に入るとやはり信じられず、子供が嘘をついているようにしか感じなかった。
「それに気に入った侍女がいたらスケベして、バーであった人達とスケベして、終いにゃゴブリンやオーガやエルフともスケベして!!」
「そんな・・・嘘でしょ?!」「・・・・」
驚いているミユの口にナナが人差し指を当て、小さく「しっ・・・」と言った。
「そこにいるのはわかってんのよドモン!!」
「わあ!ごめんなさぁい!!」
「待ちなさい!こら!」
ミユの耳にビチャビチャという足音とドアが開く音、そして男の叫び声が聞こえ、数秒後、パーンパーンという激しい破裂音が聞こえることになった。