第358話
青オーガに飲食代を立て替えてもらい、ドモン達も宿舎の方へと歩き出す。
ナナに手を引かれ歩く女性。
「どこへ連れて行こうというのですか」
「色街の方に俺らが泊まっている・・・」
「やはり!!やはりそうなのですね!!」
「違います!!」「違いますから!!」
勘違いをした女性にサンとギルがすぐに否定した。
否定はしなかったドモンの方をジロリと睨むナナ。
「ねえあなた、気をつけた方が良いわよ?ドモンは良い異世界人だけど悪魔なの。それにとってもスケベで女ったらしで・・・キィィィ!!また浮気は絶対に許さないわよ!!」
「え?え?異世界人??あ、悪魔?!」「奥様奥様ダメですダメです・・・」
手をつなぎながらドモンの紹介をし、勝手に浮気する想像をして怒ったナナ。
突然の告白に混乱する女性と、ドモンの素性を隠す気がないナナに焦るサン。
「情報量が多すぎるっての・・・ほぼ間違いではないけど。いやスケベするってことじゃなくて。まあしたくないと言えば嘘になるんだけどね・・・」
「あなたはこの人と?」
「そう。私はこの人と。バカな旦那でごめんね。悪い人ではないのよ・・・・多分」「おい」
何も見えない暗闇の中、少しだけ光って見えたその方へ向いて、女性は少しだけ笑った。
少しだけ楽しく思えたのと、少しだけどうでもよくなってきた、その半々。
「名前はなんて?」
「ミユです」
「家族は?」
「わかりません」
ドモンの質問に答えたミユだったが、その答えが皆の口をつぐませる。
死別したならまだわかるはずだしそう答えるはず。
だがわからないということは、家族がミユを捨てた可能性もあるからだ。
ギルは気づかれないように涙を流した。
声を出さないように涙だけをポタポタと、口を押さえている両手の甲の上に垂らした。
「どこへ・・・どこへ向かっているのですか?」
「だから、色街の工事をしている人達の宿舎なんだけど、今日から俺達も泊まる予定だったんだ。ミユもそこへ・・・」
「違います。この何も照らされない暗闇の中、私はどこに向かっているのでしょう?」
「・・・・」
光などない絶望の中で、ミユはどうやって生きてきたのか?これからどうやって生きて行くのか?
ドモンがいた世界のようなバリアフリーの環境なんかではない。もっともっと過酷な環境だ。
ミユはずっと虐げられ、騙され、金を取られ、捨てられ、与えることもなく与えられることもなく、誰も信じることが出来ずに生きてきた。
人生のゴールの方向もわからぬまま。ただ毎日を精一杯に。
今までのミユの人生はそれだけだった。でも・・・
「あんたの・・・向かいたい方向に行けるように、俺らは手伝いたいだけだ。行きたいとこはあるかい?」と、ドモンが少し遠回しな形でミユの希望を聞いた。
「・・・私にだって夢はあります。こんな暗闇でも、こんな私でも生きていけることを誰かに示せるならば、きっとそのどこかの誰かに、生きる勇気を与えられるでしょう。そんな風に私はなりたいの」
ミユは前を向く。力強く。
見えてはいないはずの、そのずっと先の未来のゴールの方へ、真っ直ぐに。
その顔はやはり、自らの運命に全力で抗う、闘う女の顔だった。
「こんな私に何が出来るのかって、バカにしてるでしょう?ウフフ」
「そんなことはないよ」「そんなことはないわ!」「ないですそんな事!!」
「いいのよ別に。でも私は変わらない。この先がどうなるのかなんて知らないけれど・・・暗闇の中でひとりぼっちになるかもしれないけれど、いつか・・・いつか私は・・・」
「私が・・・!!!私が必ずあなたの行き先を照らします!私があなたの・・・夢と生き様を照らしてみせます!行きましょうそこへ!必ず!!!」
ミユの方に振り向き、その手をギュッと握ってギルは誓った。
オーガや大工達に迎え入れられるも、なんとも重苦しい雰囲気に皆言葉を失う。
ドモン達はそのまま誰もいない宿舎の三階へ。
そしてナナとサンがミユに水浴びをさせている間、深刻そうな顔をしたドモンが、誰も来ることがない四階の一番奥の部屋へギルを連れていった。
「ギル・・・俺がこれからしようとしていることは、多分この世界では反則だ。ある意味インチキ・・・チート行為とも言える」
「・・・どういう事ですか師匠」
「きっと俺は、・・・俺はきっと、そこまで干渉しちゃダメな存在なんだよ」
「????」
ドモンはいつも考えていた。
なぜ向こうで撮影された写真が、この世界では見られないのかを。
写真を見せることが出来たなら、もっと簡単に済むことがたくさんあった。
もっと楽に、もっと早く、自分の理想の世界を作ることが出来たはず。
この世界の人々は元々それを知らずにいるから、それがもどかしいと思うことはない。
だけれども、ドモンはいつも感じていた。そのもどかしさを。
馬車などもそう。
本来であれば、一直線に、すぐにでも自動車が欲しいところ。
しかしそうはさせてくれず、人が苦労をしながらゆっくり発展していくのを、誰かが見て楽しんでいるかのように思えていた。
まるで蟻の巣づくりの観察のようだとドモンは思う。
プラスチックで蟻の巣を再現したものを置けば、蟻はその中で暮らし始めるけども、観察するにはそれではつまらない。
だから『巣作りをし易い環境』だけを与える。土と少しだけの餌を用意して。
そうして必死に穴を彫り、巣を拡げていく様子を、誰かがじっと見て楽しんでいるのだ。
神か何かはわからないけれど、観察している者にとってこの世界は、ある意味、リアルな放置系育成シミュレーションゲームとも言える。
そうなると蟻の巣づくりというより街づくり系か?
その中で自分は、世界を発展させるためのきっかけやアイテムのようなものなんじゃないかとドモンは考えた。
そしてそのドモンですら、そんなゲームは楽しそうだと正直思うし、もしやるなら『イージーモード』は選ばない。
もちろん汚いチート行為なんか、ただつまらなくなるだけだから絶対にやらないし、許さない。
写真が消えているのは、つまりそういう事なんじゃないかとドモンはいつも考えていた。
「俺はこれからお前に、向こうの世界の音楽を聴かせたいと思ってる」
「えぇ?!本当ですか?!!」
「ああ・・・でももしかしたら、俺やギルの身に何か重大なことが起きるかもしれないんだ。何者かに邪魔される可能性がある」
「はぁ・・・?」
そこでドモンはそれらの説明をした。
頭の回転が速いギルは、ドモンが言わんとしたい事をすぐに理解できた。
「なるほど。つまり私がそれをすることで、異世界に干渉しすぎると判断されて、殺される可能性もあるということですね?」
「まあ最悪はそうなる可能性もあるってことだ。もしかしたら、全く何も聴こえずに終わるってだけかもしれない」
「それでも今それを私に聴かせようとしてるということは・・・」
「・・・ミユのことについてだ。あの声は・・・俺の故郷の天才的な歌姫とそっくりなんだよ。もし歌手として生きていけるのであれば・・・」
「ふむ」
ドモンが言わんとしたい事をすべて理解したギル。
ドモンはスマホにイヤホンをつなげ、ギルの耳に装着した。
「全てを真似しろとは言わない。だけど一度その歌を聴いて欲しい。きっとミユにはその力があると思うし、それを叶えられるのは多分ギルだけなんだ」
「・・・わかりました」
ギルは椅子に腰掛け大きくひとつ深呼吸。
耳に付けている物体から音が出るということも信じられないが、今はそんな事はどうでもいい。
ミユのこの先の未来を必ず照らすため、目を閉じ、耳に全神経を集中させた。




