第354話
「なにかしら?・・・ん??え!?ソフィアへと書いてあるわ!?」驚く賢者。
「む?また何やら怪しいものじゃないだろうね?まあ・・・あれはあれでオホン・・・」赤い顔で手紙を受け取り、開いた勇者。
「『これはサンにと思っていたんだけど、残念ながら身長が少し足りなかったし、ナナが着ようにも胸がまるで入らなかったんだ。ソフィアなら余裕で入るだろうから・・・』ああ、なんて事を」読んで後悔した勇者。
「もうっ!!あの人絶対に許さないわ!!」
「待てソフィア・・・『勇者との結婚式で着てくれ』と書いてあるよ・・・」
「なんですって?!」
大慌てで勇者と賢者が薄っぺらい箱を開けると、純白のウェディングドレスが一着出てきた。
ケーコが何かの当てつけで、リサイクルショップで五千円で購入したものである。
サイズはケーコにぴったりのサイズなので、ナナやサンが着られるはずもない。ナナの身長とサンの胸を持つ女なのだ。
手元に置いておくと、どうもケーコに見張られている気がしてしまうので、似たような体型の賢者は、ドモンにとって都合が良かった。
「凄いドレスが出てきたぞソフィア!!」
「え、ええ・・・本当に・・・私なんかがいいのかしら・・・」
もちろんこの世界にもウェディングドレスはあるが、ここまで模様が精巧で真っ白なドレスはない。
仕立て屋が見れば、恐らく卒倒するであろう品である。
賢者がドレスを大事そうに持ち上げると、皆溜め息のような感嘆の声を漏らした。
「ご試着いたしますか?」とふたりに話しかけた侍女に連れられ、賢者が退室。
十数分後現れた賢者の姿に、一同は文字通り息を呑んだ。
「女神様が降臨なされた?!」「きれい・・・」「・・・・!!」
「綺麗だよソフィア・・・」思わず跪いた勇者。
「ア・・・アーサー・・・私、ど、どうしたら」フゥフゥと息が荒くなる賢者。
「君を必ず幸せにするよ。結婚して欲しい」
「!!!!」
ポロポロと涙をこぼしたソフィアが、「浮気したら許さないんだから」と微笑み、ふたりは拍手に包まれることになった。
「まるで敵わないな。あの人には」
「そういう男なのだ。まあ全て奴なりの祝福だったのだろう」
「まいったな。一生かけて恩返ししなくちゃならないようだ。今となっては、最初にあんな態度を取ってしまって申し訳ないやら恥ずかしいやら・・・」
「私もその気持ちは理解できる。私など討伐しようとしていたくらいなのだからなフフフ」
勇者と義父がそんな会話をしていた頃、近隣の街へやってきた馬車の中で「へーっくしょいチクショーめぇ!」と大きなくしゃみをしたドモン。
「やだもう!おじさんのくしゃみ!」「ウフフフ」御者台の方からも笑い声が聞こえる。
「誰か噂してんだよきっと」
「それは間違いないでしょう。今頃みんな師匠の話をしているはずですよ」と笑うギル。
「ああそうだ。ギルにも俺からプレゼントをやろう」と馬車の中にある箱を漁るドモン。
「えぇ?!本当ですか師匠??」
「あったあった。ほら」
「なんですかこれ??」
ドモンが中古のハーモニカを手渡したのだが、恐らくこれもケーコによるイタズラ。
どこかの誰かが吹いたであろうハーモニカなど吹きたくもないし、そもそもなぜリサイクルショップもこんな物を売ったのか?
「それは口で吹いて演奏する楽器なんだ。吸うとまた違う音が出る」
「うわ本当だ!!すごい!!」
ファーファーと音を鳴らすギル。
すぐに仕組みを理解し、まだ下手くそながらもドレミと音階を弾いてみせる。
「どうでしょう?」
「いやぁさすが吟遊詩人。よく吹けるなぁ」
「楽器という名がつくものは全て弾いてみせますよ!」
「そうじゃなくて、誰が口をつけたものかわからない楽器をよ。どこかのおじいちゃんが痰でも入れてなけりゃ良いけど」
「うぇぇ!!ペッペッペ!!吸っちゃった!!!」「オエッ!」「イヤァ!」
ドモンの言葉にナナとサンまで真っ青。
他人の痰を吸い込む際の擬音をドモンが口真似してみせたが、信じられないほどリアルで、皆叫び声を上げながら耳を塞いだ。
なぜか小さな頃から得意な物真似のひとつであり、そして誰にも喜ばれない物真似の第一位でもある。
「冗談だよ。しっかり洗ってあるから大丈夫だ。ワッハッハ!」
「もう~師匠・・・」
ドモンの笑い声が、今日の作業を終えた工事中の色街の中に響き渡った。
「やっぱりそうよ!ドモンさぁん、戻ってきたのね!」
「おおエミィ・・・相変わらずすごい迫力だな・・・」
調理場の窓からドモン達の馬車らしきものを見つけて、宿舎から一番に飛び出してきたエミィ。
何のことかは言及しないが、大きさはエリーに軍配。ただ駆け寄る速さや地面を蹴る力が強いのか、揺れ方や跳ね方はエミィの方に軍配が上がる。
「こっちの方が落ち着くから戻ってきたんだよ・・・あぁ柔らかいし良い匂いだ。スーハースーハー」
「そうだったの・・・ってドモンさん、そんなところのニオイを嗅いではダメよぅ!あぁそっちもダメェ!裏側は汗が」
「こら!!スケベドモン様!!お母さんになってことしてんのよ!!」「うー!!」
「あら???」
ドモンがエミィをハグしながら、あちこち鼻をくっつけクンクンしていると、ナナ似とサン似のオーガが駆け寄ってきた。
おかげでナナにふっ飛ばされずに済んだが、状況はあまり変わらないどころか、危険度は数十倍となったと思われる。
「こんの~いい加減に離れなさい!!このスケベ!!」怒れるナナ似オーガ。
「うわ待て!本当に死ぬってば!!」
「あんたはいっぺん死になさい!」
「何度も死んでるっての!ナナ助けてぇ~!!」
もちろんナナが助けるはずもなく、ナナとナナ似オーガの連合軍により、ドモンは駆逐された。
「それにしてもどうしてふたりがここにいるの?あの話を聞いたのか?」パンパンとサンとサン似のオーガに服を払われるドモン。
「話ってなに?」「お話?聞いてないわよ~?」首を傾げるナナ似オーガとエミィ。
「ありゃ?じゃあ尚更なぜここに」
「いやですよぅドモン様ったら!ドモン様が娘を呼んでお買い物をさせてもいいと言うので、領主様に許可をもらって呼んだのよぅ?」
「あ!そういやそんな事言ってたっけ!すっかり忘れてたよ。で、こいつもついて来たのか」サン似オーガの頭をポンポンと撫でたドモン。
「はい!」
「良かったね!」「うん!サンも元気だった?」「うん!」双子のように手を取り合いながら、延々と元気な挨拶を続けるサン達。ナナとナナ似のオーガはずっと食べ物の話。
「まあとにかく都合が良かったよ。手間が省けた」
「それでお話というのはいったい?もしかして娘達が王都に入れるとかだったり・・・なーんてウフフ」とダメ元で言ってみたエミィ。
「ちょっとお母さん!変に期待させないでよもう・・・聞いたわよ?あの大きな門をくぐるのも大変だって」とナナ似オーガ。
「人間の皆様でもお断りされる場合もあると聞きました。遠くからでも王宮をひと目見たいと思ってましたが・・・サンが羨ましいです」とサン似オーガが、少しだけ寂しそうな顔。
「いやその事なんだけど、このふたりに護衛を頼もうかと思ってさ」
「なになになに?ドモン様なに?もしかしたら護衛として一緒に王都に入れるってわけ?ねぇってば」
ドモンにグイグイ迫るナナ似オーガ。
余程興味があるのか、物凄い圧力。
エミィとサン似オーガは苦笑い。
「そうじゃなくて、ふたりには王様の護衛を頼みたいんだよ」
「王様ってなによ?何の王様よ?」「なにかしら??」「???」
「何の王様ってこの国の王様以外何があるんだよ」
「・・・・」「・・・・」「・・・・」
「そうなるわよねぇ」「そうなりますよねぇ」とナナとサンが呟いたが、オーガ達の時間は止まったままだった。