第352話
昼過ぎに出発する予定だったが、もうすっかり日も暮れてしまった。
ドモンの印章を作るための時間稼ぎに、昼食後にドモン一行は武器庫に案内をされ、ナナが新しい剣を貰えることになったのだ。
もちろん今背負っている剣なんかよりもどれもずっと上等な物であり、あれもいいこれもいいと物色し、まんまと時間稼ぎに引っかかってしまった。
おかげでナナは、宝の持ち腐れと誰もが文句を言うであろう素晴らしい剣を手に入れた。
ドモンやサンも勧められたが、包丁と果物ナイフを研いでもらうだけで済ませた。
ちなみに今まで持っていた剣はその場に置いて帰ったが、数百年後、ドモンの印章と同じくらいの価値になるということはまだ誰も知らない。
「もう遅いですし、夕食を食べていかれてはどうですか?何ならもう一泊か四~五泊くらいしていっても・・・」
「いいや、もう行く。今日は女ボスと一緒に飲んだあの店で、サンがお盆の芸をしなくちゃならないんだ」
「えっ?!」「行きます行きます!!僕も行きます!!」
驚くサンと、手を挙げてピョンピョンと跳ねるトッポ。
だが当然そんな事は認められるはずもなくトッポはしょんぼり。
義父に引っ叩かれたドモンもしょんぼりで、なぜかサンまでしょんぼり。
「もうここにいたら俺の頭にたんこぶが増えるだけだ。もう本当に行く!」
「まったく・・・貴様がそうさせておるのだろうが!」
「いちいち怒るなよ冗談だったのに。ジジイはそのうち様子見に来るんだろ?俺らのとこ」
「うむ」「ズルい!!僕も!!」
またトッポがアピールするも、もちろん認められることはない。
「もうっ!」
「せめてオーガ達が護衛に就くまでは我慢しろよ。お前、王様なんだぞ」
「わかってますよ!わかってますけど!なんて不幸な星のもとに生まれたんだ僕は」
「いや一番すごい星のもとに生まれただろうに・・・じゃあ少し待ってろ。良い物やるから」
トッポにそう言ってドモンは馬車の中へ。
そしてひとつの箱を手に戻ってきた。
「え??まさかドモン?!それあげちゃうの???」と驚くナナ。そしてサンと義父も。
「俺が持っていても着ることないし、トッポにやるよ。背丈もそんなに変わらないから着られるだろ」
「な、なんですかこれは?!」
「向こうの世界で仕立てた高級な服だよ」
「!!!!!」
箱を開けると、この世界では見たことがないような立派なスーツが入っていて、箱を持つトッポの手が思わず震えた。
「カールとお揃いで買ったんだけどさ、俺が着ててもなんかすぐにボロボロになる気がするし、トッポが着てくれよ」
「良いのか?これが凄まじい価値のある品だとわかっておろう?」と義父が口を挟んだ。
「いいんだ。やっぱり俺には高い服は似合わないしな。着てても疲れるし。丈が合わなかったら仕立て屋に直してもらってくれ」
「は、はい・・・でも・・・ほ、本当にいいんですか?」と言いつつ、箱の蓋を閉め大事に抱えるトッポ。
「いいってことよ。まあ兄貴のお下がりじゃ弟も不満かもしれないけどなハハハ」
「ドモンさん!!うぅぅぅ~~!!ぼぐはもうどうじだら良いんですかああ!!うわぁ~ん!!」
こんなに嬉しい献上品はない。
しかもただの珍しい服なだけではない。
このドモンのお下がりなのだ。
ルビーで出来た印章など、なんて陳腐な物をあげてしまったのだろうと後悔するくらい、トッポにとっては貴重で価値がある。
カルロスとお揃いというのだけは気になるところだけれども、逆に考えるならば、この服はドモンが親友にしか与えていないものとも言える。
親友どころか、兄からのお下がり、つまりは家族のような存在だと認められたようなもの。
「大事にします!大事に着ます!あぁ~震えて手に力が入りません・・・」
「泣くなよ大げさだな。高かったけどそこまでのものでもないってば。あと勇者と賢者もほら」
「え?俺らにも何かくれるのかい??」
トッポはスーツの入った箱を抱えてその場に座り込み、勇者と賢者は謎の透明の液体が入った瓶を受け取る。
オレンジ色の蓋がついた珍しい容器で、瓶の側面には大きく『ぺぺ』と書かれていた。
「まあ!可愛い容器ですね!」と賢者。
「これは何だ?それにどうして俺とソフィアに・・・」勇者が不思議そうに中を確認する。
「これはローションっていうものだ。使い方はスケベする時にゴニョゴニョ・・・で、ぬるぬるでズッポシすればゴニョゴニョゴニョ」
ドモンの説明を聞き、見る見るうちに顔を真っ赤にさせた勇者と賢者。
ドモンは「勇者アーサーはローションを手に入れた。テレレレテンテンテーン♪」と謎の言葉を発し、ひとり爆笑していた。
「よし、じゃあそろそろ行こう。またな!」とドモン達が馬車に乗り込む。
「うぅ~ありがとうございましたドモンさん!また必ずお会いしましょう~!」最後まで泣き虫なトッポ。
「い、一応感謝しておくよドモンさん」と勇者はまだ赤い顔。
各々が各々に挨拶を済ませ、サンの「では出発いたしますね。はぁい!」という掛け声とともに、馬車は出発した。
「もうどうしてあんたが乗ってんのよ!」
「私は師匠の一番弟子ですから、お側に居なくてはならないのですよ。何かまずいことでも?」
「あるわよ!大アリよ!!」
「何でしょう?」
「あんたがいたらドモンとス・・・とにかく邪魔なの!もうっ!」
ナナとギルがギャーギャーと言い争いながら、馬車は王宮の門へと到着。
門番の騎士達に見送られながら、馬車は更に進む。
目指すは王都への出入り口の門方面へ。
すでに時間外で閉門となっているが、この日はドモンが来るということが通達されており、時間外でも通り抜けが可能となっている。
王都内での買い物や、デートなどもしたかったところだが、田舎でのんびり暮らしていたナナは都会の雰囲気に少し疲れてしまい、一刻も早く近隣の街の方へ移動しようということになった。
都会育ちであるはずのドモンもどこか上品な感じが性に合わず。やはり薄暗く少し怪しげな、すすきのの裏通りのような場所が一番落ち着く。
「王宮の中じゃ、流石のドモンもタバコの本数が減っていたわね」
「どこ行ってもふわふわの絨毯なんだもの。いちいち灰皿を持ってついてくる侍女にも悪いし」
「やっと自由に吸えるわね」
「いやまだなんか自由って感じがしないよ。やっぱりあのデカい門をくぐらないと」
この世界には特にそんなルールはないけれど、どうにも喫煙禁止区間にいるような錯覚をしてしまう王都内。
裏道や商店街なら気にもしないが、仕立て屋の店などがある大通りでは、タバコを吸える雰囲気ではなかった。
ギルも交え、くだらない会話をすること数十分。
馬車は王都の出入り口の門へと到着。
「ドモン様!お待ちしておりました!ささ、どうぞこちらへ!」
「開門だ!開門をしろ!!」
門番かと思いきや、騎士達がお出迎え。
門番達は左右に整列し、やや緊張した面持ちで敬礼をしていた。
「こういうの嫌だって散々言ったのに・・・」ドモンが口を尖らす。
「あの師匠・・・何をおっしゃられてるのですか?当然じゃないですか」とギルは不思議顔。
「この人特別扱いを嫌がるのよ。俺は一般庶民なんだからって」
「むしろこの国で一番特別扱いしなくちゃならない気もするくらいなんですが・・・王様に歓喜の涙を流させるくらいの人なのに」
ナナの言葉に苦笑しながらドモンの方をちらっと見たギルだったが、ドモンは素知らぬ顔でタバコに火をつける。
馬車の窓を開け、ドモンがみんなに手を挙げ挨拶を済ませていた頃、王宮は歓喜の声で溢れていた。




