第350話
「はぁ・・・バカね先生ったら」とローズ。
「だらしない悪魔ってなんだよ」少し呆れた顔の男の子。
「ドモンよ・・・」
「やっぱりまずかったかな?でも秘密にするのも・・・」
「いや、そうではないのだ」
重苦しい顔をした義父を見て、少し先走ってしまったことを後悔したドモン。
「僕はたとえそうでも・・・というかその」
「いやいや。こんな悪魔なんかにやっぱり国を好きにさせちゃ駄目だ。お前も悪魔だと知ってやっぱり幻滅しただろ」
「いえあの・・・」
困惑するトッポ。
ドモンとしては、色々と面倒なのと責任逃れをしたいというのもあるが、あとになってからそれを知り、責められても困る。
「ドモンさん・・・」
「本当に迷惑はかけるつもりはないんだ。悪魔だとしても俺は」
「いやドモンさんあの・・・昨日僕それ聞きましたよ?」
「は?あれ??あ!!え???」
トッポが気まずそうに説明をした。
言われてみれば確かに昨夜、トッポと女ボスがドアに聞き耳を立てている時に悪魔の話を聞かれ、ついでにその場でその告白もしていた。
ドモン、普通に老化による物忘れである。
「あれ?でもなんか子供達も知っているような・・・?」
「今朝の食事の後、僕が皆さんに話しましたから」
「ちょちょ!何を勝手なことを!!それに他言無用だと言ってただろ!!」
「『ボスは絶対に他言無用で頼む』と言ってたので、僕の方から伝えたのです」
「いやお前それ・・・本当にトッポイ兄ちゃんだな・・・」
義父が気まずそうな顔をしていたのはこのせいであった。
子供らや他の王族やその場にいた騎士や使用人達にまで、国王自ら話をしていたのを知ったためだ。
「でもドモンさん、一度騎士隊を引き連れて悪魔討伐にも出征しているんだから、皆さんなんとなくというか、それとな~く知っていたと思うけど?」という勇者の言葉に、ウンウンと小さく頷いたローズの両親。
「そ、それじゃもしかして俺って・・・みんな俺のことが貧乏だとわかってたのに、意を決して『実は俺って貧乏なんだ!』と告白したような感じになってるのか?」
「プクク・・・そうだねククク」
ドモンの絶妙な例えに思わず笑いを漏らす勇者。
呆然とするドモンとナナ、そして『やっぱりこうなりました』と苦笑いしながらも少しホッとするサン。
「先生、良い魔物がいるとわかった時点で、良い悪魔だっていると普通考えるわよ?それに誰がなんと言おうと、先生は私の先生よ」とローズ。
「そうです。ドモンさんはドモンさんに変わりないです」と頷くトッポ。
「そうそう。悪魔だろうがなんだろうが、結局は仲良く出来るか出来ないか?なだけだよね」と勇者。
それらの言葉でドモンはハッと気がついた。
もうドモンの考えなど、王族達にはとっくに浸透していたということを。
自分の言葉で自分に説教をされた気分のドモン。
「ええと・・・これはどうしたら良いんだ?」とへの字口で腕を組む。
考えていたことや予定が破綻し、う~んとドモンは唸り声を上げた。
気持ち的には、思い悩みながら逃げ続けていた逃亡犯が、覚悟を決めて警察署に出向き、「私が犯人です」と自首したら、「知ってますよ?昨日も言ってましたし。まあ特に問題ないんで。次の方どうぞー」と言われた気分。
三億円事件の犯人と言われている『キツネ目の男』も、もしあの後生きていたならば、スナックか何かで「実は俺が犯人なんだ」「へぇ~。ところで水割りもう一杯いる?」なんてやり取りをしていたんじゃないか?と考えたことがあるけれど、ドモンは今まさにそんな気持ち。
そっちにとってはどうでも良くても、こっちにとってはどうでも良くないまま。申し訳ない気持ちと悩みだけが残った。
そしてサンに対しては特に気まずい。
勇者がドモンに言った言葉は、ドモンが怒り、強くお仕置きしながらサンに向けて言った言葉とほぼ同じだからだ。
そんな様子に何かを察したのか「御主人様は最近おひとりで背負い込んで、お辛いお顔をされている事も多いですけど、もうひとりで背負い込むことはないと思いますよ?皆様も味方になってくれると思いますし、少なくとも私は最期まで御主人様のおそばにいますから。大丈夫です」とサンが慰めた。
「そーよ。こっちはもう覚悟は決まってるんだから。異世界から来たスケベ悪魔おじさんにすべてを捧げるって。んぐ!んが!」大事な話の最中なのに、立ったまま大慌てでミルフィーユカツをふたつ口に放り込んだナナ。
「・・・・なんでお前は急に食うんだよ」
「んぐぐ・・・なんか今にも『そっか。じゃあな』って帰りそうな雰囲気だと思って」
「いやまあ確かにそろそろとは思ってたけど」
「ほらやっぱり!ねえ、シチューと肉じゃがとパンとお米のおかわりをお願いしたいのだけれども。え?肉じゃががもうないですって?!誰よ私の肉じゃがを食べた人は!!許さないわよ!!」
「ダメですダメです奥様・・・」小声で諫めるサン。
慌てなくてもいいのに、ナナは椅子に座り直し、急いでおかわりのシチューをかき込む。
まだ食べ続けているのはナナひとり。
ドモンは最近になってようやく家族がなにかを、少しだけわかり始めてきていた。
ジャックと母親、カールの屋敷の親子、ザックやジル、オーガの兄妹、ホクサイとエイ、ローズ親子のこと。そしてナナやサンと出会って。
無償の愛と心の繋がり。50を前にして、それがようやく見えてきた。そんなものが本当にあるのだということを。
だがドモンにはまだ、自分の味方がいるということを理解出来なかった。
自分が誰かの味方になることはあっても、誰かが自分の味方になんかなるわけがないと思いこんでいたのだ。
騙し騙され裏切られ、痛い目に遭うことばかりの生活。
だから相手を洗脳して味方になるように誘導し、利用もしていた。対価として幸せを与えながら。
そんな生活や関係が破綻することを恐れ、壊れる前に自ら壊し、またどこかへ逃げる。ドモンはずっとそうやって生きてきた。
今回も必要以上に頼りにされ、深い繋がりを持ったせいなのか、一度関係を壊してしまいたいという衝動に駆られ、自分が悪魔だと告白した。
それで離れていくなら、そいつとはそれまでの関係・・・のつもりだった。別に嫌われたっていい。所詮は他人だ。
結論から言えば、全てがドモンの想定外。
家族なんてものは幻想だと思っていた。
本当の友人なんていないと思っていた。
本物の味方なんていないと思っていた。
今は少し、ほんわかした不思議な気持ち。
本心かどうかはわからないけれど、友達になって欲しいと言われた感じだろうか?
生まれてこの方、実際にそう言われたことはないので、ドモンにはわからないが。
カールは友人だが、ドモン自身が勝手にそう思っていただけだと考えていた。
「ハハ・・・ハハハ・・・」
「んぐ・・ん?ドモン、ど、どうしたのよ?!」ドモンの顔を見て驚きの声を上げたナナが、椅子から立ち上がり駆け寄る。
「御主人様泣かないでください泣かないでください・・・うぅぅぅ」ドモンを抱きしめようとしたサンだったが、小さなサンだと、ドモンにしがみついているようにしか見えない。
日々悔し涙ばかりのドモンには、これが何の涙なのかがわからなかった。
かなり日も傾いた夕方、ドモン達の出発前、使用人達に馬車に荷物を積み込んでもらっているところへ、トッポが息を切らしながらやってきた。何かを大事そうに持ちながら。




