第349話
カツ以外の配膳も済み、食事が始まる。カツはドモンの指示通り、揚げたてが随時配られる予定。
ミルフィーユカツと肉じゃがとクリームシチューという、組み合わせとしては最悪な部類だけれども、王族達を驚かせ、喜ばせるにはこれで十分。
「ミ、ミルクのスープなの??」とスプーンですくい上げ、フーフーと冷ますローズ。
「ミルクというか、ミルクで作ったソースというか・・・グラタンもそうだったけど、どうもこっちの世界じゃミルクで肉を煮たりするのが定着していないみたいだな。美味しいから食べてみろ」とドモン。
「わぁ~!」「おぉ!!」「まあ!」
ローズと両親が同時にシチューを食べて声を出す。
やはり甘いものを想像していたらしく、つい驚きの声を上げてしまったが、一度慣れてしまえばもうシチューに夢中。
「こんな美味しいものがあるなんて・・・」
「はじめてね、このような調理法は」
「これは美味しい!さすが師匠!」
世界中を旅している勇者と賢者も知らなかった。もちろん吟遊詩人も。
男の子達やミレイはパンを片手に、うるさいくらいにスプーンをガシャガシャと皿にぶつけながらシチューを貪っている。
マナーがどうのと守っている余裕はない。
義父や大魔法使いなど年配者には、やはり肉じゃがが好評。
合うのか合わないのかはよくわからないが、ワイン片手に出汁の風味を堪能していた。
「ドモン・・・肉じゃがってお米に乗せちゃ駄目かな?」ナナが小声でボソボソ。
「あまり行儀は良くはないけれど、汁ごとぶっかけて口の中へかき込めば、ナナの得意の『死ぬ前に食べたい物候補』のひとつに入る可能性はあると思うぞ?」
「じゃあそうする」
きれいな器に盛られたお米に、下品な感じで肉じゃがをすべてぶっかけたナナ。
それを見ていた王族達は少しだけ苦い顔。
ナナ本人よりもドモンやサンの方が、皆に田舎者のような感じの目で見られていることがちょっぴり気恥ずかしい。
それでもナナは我が道を行く。美味いものの前では、他人の視線など関係なし!
器を手に持ち、スプーンで肉じゃが丼を一気に口へかき込んだ。
「んぐ?!んっんんん??んぐーん!んんぐんんん!!!」
「出たな巨乳語。エリーがいないからわからな・・・もしかしてオーガのエミィならわかるかも?!」
「んーぐぐんぐんんんんぐ!!」
「今の『どうしてわかんないのよ!!』だけはわかったぞ」
「んぐ。やるわね」
「別にやりたかないよ」
ドモンとナナのやり取りに、サンとそばにいた使用人達の頬はパンパン。
ローズや賢者も両手で口を押さえ、プルプルと震えている。
「結局最初のはなんて言ったんだよ」
「知らないわ」
「ぴぃ!」「ブッ!!」「フゴッ!」「ガハ!」
王族達の食事とは思えないほどの大惨事。
「ああ思い出した。『ええ?!うっそでしょ??一位よ!新記録よ!』って言ったのよ」
「それほど美味しいって言いたかったんだな」
「んぐ」
「会話の途中で食べ始めるなよ・・・」
笑いを堪えながら使用人達がテーブルを綺麗にし、義父を含む数人がナナの真似をして、肉じゃが丼を作って食べ始めた。
ナナとは違い、上品にスプーンで掬いながら。
さすがの義父もこの場ではガツガツとは食べない。
が、それもはじめのうちだけであった。
「おお!すごく美味しいぞドモン!」と男の子が立ち上がる。
「うむぅ・・・あの祭の時にも食したが、これは米と一緒に食すと旨味が口の中で何倍にも広がる。どうしてこんな事が起こるのだ?」と不思議そうな顔をした義父。
「俺にもよくわからないよ。カツ丼の時より相性がなんか良いよな?見た目は悪いけど。ナナみたいに口にかき込んでみろよ。もっと美味いぞ?」ドモンもナナのように食べてご満悦。
気がつけばトッポを含む上品な服を着た方々全員が、米に肉じゃがをぶっかけて、器片手にングングとかき込むことになった。
その様子がなんともシュールで、ドモンは笑いを堪えるのに必死。
「最後のはもう王宮ではお馴染みとなっているとは思うけど『カツ』だよ。豚肉だからトンカツの方な。ただ同じ肉でも少しいつものとは趣向が違っているけどな」
「驚きますよ皆さん!これは思い切ってガブッと食べることをおすすめします!」
「ほんっとうに驚くわよ!」「はい!」
トッポやナナらが一緒になってミルフィーユカツの説明をし、いやが上にも皆の期待値は跳ね上がる。
だがそこには、高まった期待を遥かに超える味が待っていた。
この世界の人々にとってみれば、それはまさに驚愕の一言。
柔らかな食感。口の中に溢れる肉汁ととろけたチーズ。美味さの多重奏!
皆、驚きの表情から徐々に幸せな笑顔に変わってゆく。
もう文句のつけようもない。頭に浮かぶのはドモンへの感謝。
誰かがそれをドモンに伝える前に、スッと立ち上がったドモンが先に口を開いた。
「美味しかったか?肉じゃがは出汁が今のところ俺しか持っていないから作れないかもしれないけれど、シチューとそのカツの作り方は料理人に教えたから、また食べたくなったら頼めばいい。他の料理は、マスターシェフがきっとたくさん覚えて帰ってくるはずだ」
さらっと軽い口調で話し始めたドモンだったが、すぐにそれが別れの挨拶だと悟り、全員真剣な表情に。
ナナとサンも立ち上がりドモンの左右へ。ギルは雰囲気が出る静かな演奏へと切り替えた。なんだか卒業式の時に薄っすらかかってるっぽい曲。
「トッポ・・・じゃなかった、国王陛下が」
「・・・トッポでいいですよ」
「流石に駄目だろハハハ。で、その陛下が俺に好きなようにしろと言うけれど、やっぱり俺は遠慮しておく。そこまでの責任を負う覚悟なんかないからな。俺はただの遊び人だし」
「・・・・」
「その上スケベで酒が好きなだらしない・・・悪魔だ。多分」
ナナとサンは驚いた顔でドモンの顔を覗く。
使用人達は戸惑いの表情。勇者達と王族達は無反応。
ドモンはそれなりの覚悟を持って告白したつもりだったが、場はなんとも微妙な空気に。
すぐに「い、いい悪魔なんだけどね!」「はい!」とナナとサンがフォローしたが、ポロンポロンというギルの静かな演奏が聞こえるのみであった。




