第347話
「恩に着るよ王様。もちろん・・・あんたもね」と女ボス。
「頼んだぞボス。まだ色街は出来たてだと思うんだけど、最初が肝心だからな?安全に働けるように守ってやってくれよ」
「任せな!もうあんなような奴らの好きにさせないよ!」
ドモンとがっちり握手をし、女ボスと従業員の女の子達が馬車に乗り込んだ。
ドモンの横には腕でぐしぐしと涙を拭うトッポの姿。女ボスに声をかけようとするも言葉が出ず。
「おやじ殿!いつまで描いてんだ!もう出発だよ!」
「もう少し待ってくれないものか。あと三日ほど」
「何を馬鹿なこと言ってるの!!」
ホクサイとエイは、相変わらず仲が良いのか悪いのか?
無理やりホクサイを馬車に押し込むようにエイも馬車に乗る。
「途中で温泉にも寄る手筈になってるから、オヤジに裸を見せてやったら?」とドモン。
「やだよ!なんでおやじ殿なんかに!あ、あんたならまだしも・・・」
「ハハハ、じゃあ今度スケベさせイテテテ」
ナナとサンに左右から腕をつねられたドモンに、エイがクスッと笑いながらひらひらと手を振った。
「ドモン殿~いや、ドモン様~!試食を!試食をお願い致します!ハァハァハァ・・・」
「まーだやってたのかチキンカツ作り!どれどれ」
大きな皿に乗ったジャンボチキンカツを手に、マスターシェフもやってきた。
他の料理人や使用人達が代わりに大きな荷物を抱えている。
「私も食べる!んぐ・・・んー!美味しっ!!大変よドモン!!」とナナ。
「うんうん・・・やっぱり本物の職人がきちんと作れば、俺なんか敵わないな。完璧だよ」とドモンも納得。なにせこのマスターシェフは王宮料理人達のトップ、つまりはこの国一番の料理人である。
「助言をしていただいたドモン様のおかげですよ。そしてここに来て、私は料理の無限の可能性に気が付きました。初心に立ち返って、勉強し直してこようと思います」とマスターシェフは謙遜。
「じゃあさ、ちょっと待っててくれ。土産をやるから。荷物でも積み込みしてて」
しばらくすると、ドモンが1冊の本を持ってやってきた。
「これ、俺の世界の料理本なんだ。この本の料理はもう頭とスマホに入ってるからマスターシェフにあげるよ。醤油や味噌を使った料理とかも載ってるし、研究の足しにでもしてくれ」
「!!!!!」
「写真が消えちまってるから出来上がりがわかりにくいけどなハハハ。まあ正解は今度また会った時にでも、俺が直接教えるよ」
「あ、あ、ありがとうございます!!う、うわぁ・・・宜しいのでしょうか本当に?!??」
料理人にとって、レシピは命よりも大事な物と言っても過言ではない。
自分だけしか作ることが出来ないオリジナルソースひとつで、生涯食いっぱぐれがなくなるなんてこともよくある話。
ましてやそれが異世界の料理の本ともなれば、生涯食えるどころの話ではない。
結果的な話で言うならば、ドモンはチキンカツサンドひとつで、カルロス領の不敬罪を廃止させるほどの威力であったのだから。
本にはそんなレシピが百近く掲載されていた。
「分量まで事細かく記載されて・・・」震える手で本を開くマスターシェフ。
「酒と酢はさっき言ったようにワインとビネガーで代用も出来るんだけど、恐らく向こうで醤油と味噌と一緒に開発に着手してるんじゃないかな?」
「おお・・・それは凄い・・・」
「屋敷の連中に美味しい物を作ってやってくれ。頼むよ」
「お、お任せください!!よぉし!!」
意気揚々とマスターシェフも馬車に乗り込み、馬車の扉が閉められた。
手を振り見送るドモンとナナとサン、そしてギル。
「ギルは行かないのか?」
「師匠がまだ行かないなら行きませんよ?」
「・・・不採用だって言ったよな?」
「そんな事言っておられましたか?私は気にしていませんのでどうぞお気になさらずに」
「なんだこいつは・・・」
ギルのあまりの図々しさに愕然とするドモン。
ドモンよりもわがままで、正直ドモンの一番苦手なタイプである。
「はぁ・・・まあとにかく、出発前に最後にトッポに食べて欲しいものがあるから、厨房借りていいかな?」
「は、はい!ありがとうド・・」「それは素晴らしいですね師匠!」
トッポの言葉を遮るギル。
ナナとサンは顔を見合わせる。共に驚きつつも呆れた表情。
「なんなのですかあなたはもう!!」
「なんなのと言われれば、ドモン様の一番弟子の吟遊詩人でございますよ、国王陛下」
「キィィィィ!!!」
のんびり屋でとぼけた性格であるあのトッポですら激怒するも、ギルはやはりどこ吹く風。
ドモン達を含め、一同大きなため息を吐く。
お陰でしんみりとした別れにならずに済んだけれども。
そうして馬車達は、皆に見送られながらカルロス領へ向けて出発した。
「ナナはスライサーで豚肉を切ってくれ。しゃぶしゃぶの肉くらい薄くていい。サンは玉ねぎとじゃがいもとニンジンの皮むきを手分けしてやっておい・・・ん?」
「あ」「あ!」
厨房に入ったドモンが、料理人達に見守られながら料理を始めると、ギルが楽器を弾き出した。
そしてその奏でられた音楽は、朝にドモンがアカペラで歌ったメロディに、独自のコードを合わせられたものであった。
ギルはすでにドモンが歌った歌を、全て楽譜に起こしていたのだ。アレンジまで加えて。
厨房に静かに響くギルの音楽。
ナナやサンも思わず鼻歌が漏れ、ドモンに至っては伴奏に合わせてつい歌い始めてしまった。
心なしか調理もはかどる。
「チッ!なんだよまったく・・・次から次へと天才が現れやがって・・・」ドモンは苦笑い。
ドモンの様子を見てギルはニコニコと微笑んでいる。
演奏はますます調子良く、大きな厨房はもうコンサートホールさながら。
ただ、料理人達はドモンの料理に目が釘付けである。
「どうしてせっかく切ったお肉を重ねてるのよ??」とナナ。
「いいからいいから。肉~肉~チーズ~肉~、チーズにチーズにもうひとつチーズ、肉~チーズににっく肉~♪」ドモンの歌をメモに取る料理人達。
「ナナと手の空いてる料理人達は同じように作っていってくれ。俺はもう一品作るから出来たら教えてくれ」
「わかったわ。よくわかんないけど」「かしこまりました!」「お任せください!」
ナナはもう考えるのをやめ、とにかく真似をすることにした。
ドモンならきっと美味しいものが出来上がるはずだを信じて。
厨房内に響くナナの音痴な肉の歌。
サンは皮むき器を使って野菜の皮むきをし、料理人達を驚かせ喜んでいた。
ドモンの道具に、王宮の料理人達が大きな声を出して、目を丸くしているのが嬉しい。
「これは御主人様の世界のお道具なのです」
「素晴らしいですサン様!」「は、早い!!」「もう一度!もう一度お願い致しますサン様!」
「はい!では行きますよ~・・・ほら!とてもすごいのですフンフンフン~♪」
「こ、これは参りました!いやぁ可愛い・・あ、いや」
ギルの演奏とドモンの歌に乗りながら、どんどんと皮むきをするサン。
猫耳サンが得意気にニコニコと皮むきをする様子に料理人達も目を細めつつ、一緒になって皮むき開始。
厨房に様子を見に来ていた子供達もそんなサンを見てニコニコ。
『世界で一番可愛い天使のお人形に魂を与えたら多分こうなる』とドモンが冗談でサンの事をそう紹介していたが、それが完全に嘘だと思えないほどの可愛さ。可愛いの暴力。
ちなみにナナのことは「スケベに服を着せたらこうなった」と言っていて、思いっきりナナにドモンが叩かれていた。
「ちょっと待てお前ら・・・これはいくらなんでも剥きすぎだよ。どうしてこんな事に・・・」目の前に山積みとなった野菜に呆れるドモン。
「うぅ・・・曲につられて調子に乗ってしまいました。ごめんなさい御主人様・・・」心なしかサンの猫耳もしょんぼり。
「じゃあもう一品増やすか仕方ない。面倒だけど。サンは後でたんまりお仕置きだ」
「ニャウ!?」
喜び・・・いや、驚きの声を上げたサンが、つかつかとギルの元へと歩み寄り「あなたのおかげです!合格です!」と勝手に採用決定を伝えた。




