第330話
「今更何を・・・俺らは何度も何度も戦いを挑んでいるんだ。俺らだけじゃない。他国の勇者と呼ばれる者達もだ」
「そうなんだってな。話は聞いたけれど」
「その度に奴は圧倒的な力で俺達を跳ね返し・・・」
「誰か死んだことあるのか?」
「え??」「え?!」
勇者と一緒にトッポも声を上げた。
「俺、どうもおかしいと思うんだよ。オーガ達とかにも話を聞いたんだけどさ、オーガがいくら束になってかかっても、魔王に勝てるはずがないってくらい強いらしいんだよ」
「そ、そん・・・」そんな訳がないという言葉を飲み込んだ勇者。
「まあはっきり言ってしまうと、相当手加減されてんだよきっとお前らは。身に覚えないか?」
「・・・・」
手加減かどうかまではわからない。
勇者達もその時はいつも必死だからだ。
だが、とどめを刺されたことがないどころか、目を覚ますと怪我がほぼ治癒しているといった事もあった。
「今日のトッポみたいに、自分達の仲間ではないからと、単純に仲間じゃない者へ敵意を向けていないか?俺にはそう思えて仕方ないんだ」
「・・・・」
「それこそ逆の立場になって考えてみろ。何もしていないのに、いつも人間達が自分達を襲ってくる。悪いのはどっちだ?」
「そんな・・・」「馬鹿な・・・」
ドモンの言葉にトッポも勇者もギョッとした。
義父はゴブリンやオーガ達から話を聞いているので、口を挟まずにいる。
「それじゃ・・・僕が魔物達の生活を脅かす悪者の親玉ということになるではないですか・・・」呆然とするトッポ。
「今のところはそういうことになるな。ただ・・・まだ俺にも全部はわからない。もしかしたら、まだ俺の知らない何かがあるかもしれないから」
「うぅ・・・そんなはっきりと」
さっきの出来事があったために、トッポも今度は状況を飲み込むのが早い。
勇者は目を瞑り、お焼香を上げるようなポーズで考え込んでいる。
「もし魔物や魔王が敵ではないとしたら、俺は一体何と戦っていたんだ?」
「まず戦う必要がないんだよ。だからお前は勇者ではなくただの大量殺人犯だ。訳もなく魔物達を倒していたのならばな」
「な、なんだとぉ!貴様・・・!!」
ドモンの襟を鷲掴みにし、右手を振り上げたアーサー。
慌ててトッポと義父が止めた。
「・・・という事もあり得るって話だ。さっきも言ったけどまだわからない。だけど頭に入れておけ」
「はい・・・」「・・・・チッ」
「実際はどうなのか?本当の敵は他にいるのか?そんなものいないのか?それを知るために、勇者は俺を魔王の元へ連れて行ってくれ。それでいいんだろ?ジジイ」
「知っておったのか・・・その通りだ。そして魔王の方も貴様を待っているようだ。謁見を望んでいるとオーガから聞いたのだ」
義父の話を聞き、驚きを隠せないトッポ。
だがその真の目的は、魔王の正体のことよりもドモンの正体を知ることだということは、この場ではドモンも義父も伏せた。勇者はある程度察していたが。
「辛気臭い話になっちまって悪かったな。話を通したい奴らがちょうど集まったし、さっきの店でのことでふと思い出したんだ。だから俺の気持ちも言っておきたいと思ってさ。今はうるさい奴らもいないしな」
「遅かれ早かれ、こういった話はせねばならなかったからな。国王や勇者達にも。良い機会だったのかも知れぬ」とドモンに続く義父。
ゴブリンやオーク達と共に過ごし、更にはオーク達と街の開発を行うこととなった事により、魔物達、そして魔王との共存について考えを改めなければいけないと、義父も考えていた。
もちろんその事については皆に全て伝えてはいたが、ここに来て改めてドモンに皆も釘を刺された形。
魔物は敵ではない。なので魔物の王、つまり魔王も敵ではないと。
正しい行いだと思い続けてきたことを突然否定されて、頭では理解したつもりでも、心、つまり気持ちは追いつかない。
数百年喧嘩していた者同士が第三者に『お互いに謝って水に流せ』と言われ、不毛な戦いを続けるよりは・・と、渋々お互いに謝ったところで、翌日から「やあ元気!明日一緒に旅行でも行かないか?」ということにはならない。
トッポは思う。
ドモンが信頼を置いたオーガ達は、実際に会うととても気さくで、とても真面目で、とてもいい人達だった。
誤解していた。間違っていた。そう思った。
ならば魔王も、その名とその風貌だけで判断していたのではないか?
あらぬ噂を信じ、人類皆が人類の敵だと思い込み、勝手に戦いを挑んでいたのではないか?
先程の店でのことのように、相手の都合や気持ちも考えずに。
「ドモンさん・・・僕はやはり恐怖の大王だったのかもしれません・・・うぅ」
「そんな事はねぇよ。だったとしても、あとは自分の意志で終わらせるだけだ」
樽からピョンと立ち上がり、うなだれたトッポの髪の毛をぐしゃぐしゃとしたドモン。
「さあそんなことよりもうすぐ夕方だ。どこかで酒飲んで時間潰ししてから、ホークのいる店に行くぞ」
「フゥ・・・そうだな。今は考えても仕方がない。しかしまあ・・・勇者かぁ・・・」と勇者は遠い目。
勇者は勇者で、今までの人生のほぼすべてを否定されたのだから、心中穏やかではない。
信じていたその正義が、悪だった。
独裁国家で隣国は全て悪だと教育を受け、それらを滅ぼすために生きてきた者達と、自分がまったく同じだと気がついたのだ。
勇者はまだ、先日貴族になったというオーガと話をしていない。
しかしいつか話す時が来て、打ち解けあった時に、自分の心が罪の意識で潰れるのではないかと考え、恐怖している。
それを例えるなら、鶏肉料理が好きな若者が、ある日突然ニワトリと会話出来るようになったようなもの。
その声を聴くのが怖い。その声を聞いた後の自分が怖い。
それらを考え、勇者という肩書が突如恥ずかしくなり、ため息が漏れたのだった。
重苦しい空気のまま、お酒が飲めそうな食堂のような場所に入った五人。
注文を取りに来た年配の女性に、とりあえずエールを五杯注文し、ドモンは重い口を開いた。
「今日な・・・トッポが太ったおばさんにちんちんを指で弾かれて、ついスッキリしちゃったんだ。外だというのに」
「え?」「なんだと?!」「ほえ??」「ちょ!!!」
これがドモンなりの精一杯の気遣いであった。




