第327話
「皆の者!いや・・・皆さん、夢はありますか?希望はありますか?僕には・・・ありませんでした」
ざわざわと騒ぎ出す民衆と、驚きの顔でお互い見合わせた王族達や勇者達。
ドモンは寒さに震えながら、タバコに火をつけ笑っている。
「笑えるでしょう?僕王様なのに、何にもなかったんです。言っちゃ悪いのですが、大抵の物は何でも手に入るんですよ。王様だから。でも、夢と希望だけは誰にも献上して頂けませんでした」
「・・・・」「フフ・・・」「・・・うぅ」
ドモンと過ごし、少しだけユーモアを身につけたトッポ。
笑ってはまずいと笑いを堪える者、思わず笑ってしまう者、何かに共感し涙を浮かべた者と、反応は人それぞれ。
しかし、素直な気持ちで語りだした国王、いや、この若者の言葉を聞き逃さまいと、皆しっかりと耳を傾けている。
「でも、今日のこの視察を通じ、街の皆様と・・・このドモンさんについに献上して頂けました!」
「よせよ馬鹿」トッポの言葉で皆の視線が一斉にドモンに向き、ドモンはいつものように煙を吐きながら悪態をついた。
「僕、少しだけ見えたんですよ。この国の未来が!未来のあなた達の笑顔が!この人類の夢と希望が!!」
トッポは高らかに声を上げる。
邪魔する者は誰もいない。
「でもその理想の未来は、黙っていても来るものではありません。自分達で手繰り寄せねばならないのです!自分のその手で、掴み取らなければならないのです!!」
「・・・・」「・・・・」
「僕に力を貸してください!大変なことがあったり、失敗も、そして後悔もするかも知れません!だけど、僕はそれでも進みたいのです!皆さんと共に新しい未来へと!!!」
「ワァァ!!」「いいぞー!」「素敵です!!!」
力強く右手の拳を上げたトッポ。
ワァァァ!!という歓声が上がるも、ドモンはまあ待て待てと皆を落ち着かせた。
決まった!と思っていたトッポはちょっぴり不満顔。
「そうは言っても、具体的にどんな未来にしたいのか言わなきゃ伝わらねぇよ。まずもうすぐ馬車に馬が必要なくなるとかさ」
「!!!!!!!!!」
まだびしょ濡れのドモンがそう言うと、とんでもない勢いで人々が食いついた。
「蛇口から湯が出る装置や自動で洗濯する機械も出来そうだし、新しい温泉宿もたくさん出来るし、魔物と呼ばれていた者達だって協力してくれるようになったし。みんなも噂は聞いてるだろ?オーガの話とか。ゴブリンとか別の奴らも一緒だよ。協力してくれるって」
「なんだって?!お湯が???」「自動で洗濯って何?!」「そ、そうだ・・・あのオーガが協力するってことはそうか・・・そうなるのか」驚きの声を上げ続ける民衆。
「24時間営業のお店も作りますよ!あと職業訓練校や、避難所としての役割もある公園というものも作ります!それにそれに新しいお菓子も出来たのです!!それとあと・・・」とトッポも一緒になって語りだす。
夢に見る未来はもうそこにある。
「・・・というわけで、本当に健全なスケベなお店も出来る」とドモン。
「ええと・・・多分それも本当です。私が許可します」とトッポの言葉に、ワッと盛り上がる一部の人達。
「とまあ、これからもこうしてみんなの暮らしをこの王様が見て回ると思うんだけど、迷惑はかけさせないから受け入れてやってくれな。庶民の格好をしている時は、こいつもお前らと一緒だ。一緒だということは不敬罪なんてものもいつか無くなる」
「どうかお願いします」
頭を下げたトッポに「ありがとう!」「いつでもいらしてください!」「大歓迎いたしますよ!」の声が飛ぶ。
呆れる義父以外の王族達とミレイを除く勇者達。だがその顔は皆笑顔。
これが今後世に語り継がれることになる『アンゴルモア人類未来宣言』である。
国王が広場の民衆の前で行った演説もさることながら、ドモンとトッポが語ったものは、言葉による夢いっぱいの未来博。それらが民衆の心に深く刻まれることとなった。
この時を境に、この世界は大きな転換期を迎えることとなる。
解散を告げられ去っていった人々の足取りは軽い。
広場に国王がいたことも、これからぼったくりバーに視察に行くことも告げられていたが、「しばらくは秘密にしてください」と国王直々にお願いをされ、みんなムズムズしながら去っていく。
そのせいもあり、情報解禁となった後に爆発的にこの宣言が広まることになった。
「うぅ・・・とにかく着替えを買おう。みんなの分と俺の分。もうどこかのジジイと勇者のせいで風邪引いちゃうよ」とブルブル震えるドモン。女性陣も馬車で城に戻り、ここに残ったのはドモン達と義父と勇者と大魔法使い、あとは一応数名の護衛の騎士達。
「あんなことをして首が繋がってるだけ幸運だと思うぞ?」と勇者。義父もウンウンと頷く。
「あれは酷いですよドモンさん!スケベな国王になるところだったじゃないですか!」思い出して顔を赤くするトッポ。
「だってさっきの店でお前丸出しで・・・」
「ワーワーワーワー!!」
「わかったから騒ぐなって!また目立っちまうだろ」
ドモンとトッポは地味な格好だが、義父と勇者が派手すぎてどうにもならない。
義父は王族なので理解は出来るが、勇者はなぜ勇者っぽい格好をしてしまうのか?大魔法使いも魔法使い感が丸出し。
その辺の街の服屋で服を買おうとしたが、王族丸出しの格好で入店すると混乱を招く恐れがあるということで、先程追い出された王室御用達の店へと向かった。
「またお前達か。何度懇願されてもダメなものはダメだ!ここは王族の皆様も利用するような・・・ん?」
「店主を呼べ」と義父。
「俺は入っても良いのかな?こちらの方よりも身分は下だけれども」ドモンはともかく、国王が門前払いされていたことを知り、少しだけ嫌味っぽく言った勇者。
「え?あ・・・えぇ?!お、お待ち下さい!!ひっ・・・」
護衛達が慌てて店内へ。
すぐに店のずっと奥の方から「バカ者共!!なんて事をしてくれたんだ!!!」と例の老紳士の怒鳴り声が聞こえてきた。
店内にいるお金持ちそうな客達が、驚きの表情で老紳士の方に振り向いているのが窓越しに見える。
「大変失礼致しました!あぁ・・・」義父とドモンの顔を確認し、絶望の表情の老紳士。
「私は良い。それよりも・・・」チラッとドモン達の方を見た義父。
「ああ、ドモン様も申し訳ございません!先程もいらしてくださっていたと・・・何ということを」
「いや謝るなら多分こっち。あとこれは勇者達だぞ」とトッポと勇者達の方を見たドモン。
「え?!あ!勇者様!!大魔法使いのお方もようこそいらっしゃいました!あとこちらは・・・」
「さっきは追い出されちゃいましたフフフ」苦笑するトッポ。
「ま、まさかそのお声は・・・へ、陛下・・・お、追い出・・・あぁ・・・」
その場で崩れ落ちた親方の姿を見て、すべてを察した護衛達の顔が真っ青を通り越し真っ白に。
すぐに店の者達がワッとやってきて出迎え、店内にいた客達も口をあんぐり。
「とにかく入っていいかな?噴水に落とされてずぶ濡れで」
「あぁどうぞどうぞ!こんな季節に、一体どこの誰がそのようなことを・・・」
「軽い冗談を言ったら、どっかの馬鹿な王様と王族と勇者に落とされたんだ」
「僕が落としたわけじゃないですよドモンさん!酷いじゃないですか!!」
「・・・・」
犯人がこの王族や勇者だと知り、老紳士や従業員は口をつぐむ。
更にドモンのその言葉により、この三人の正体を知り、腰を抜かしそうになる客達。
「ああ皆さん気にしないで買い物を続けてくれ。っていうか、こいつらの事はせめて数日の間は他言無用でお願いしたい。こんな派手な格好だけどお忍びなんだよ」ドモンが客達を落ち着かせる。
「別に隠れる気はなかったのに」とドモンに文句を言う勇者。まあまあと宥めるトッポと、ドモンにブンブンと縦に首を振る客達。
「というわけで店主、少しだけ地味で庶民的な服をこいつらにやってくれ。トッポ・・・じゃなかった王様と似たような感じで。俺はちょっとだけ良い服が欲しい」
「はい!すぐにいくつかご用意を!これお前達!!」
「はい!」「はい!」「はい!」「はい!」「はい!」
他の客に申し訳ないくらいドモン達のところに店員達が集中してしまい、ポリポリと頭を掻くドモン。
ごめんごめんと手でジェスチャーをすると、客達もいえいえと手でジェスチャーを返し、お互いに会釈。
とんでもないVIPと一緒にいる者からそんなやり取りをされ、客達もようやく気持ちに余裕が生まれた。逆に今は少し鼻が高いくらい。
その後『国王陛下のお付きの人に謝られたが、かまわないよと返した私達』という謎の自慢を長い間することになった。
「なぜ貴様だけが良い服を着るのだ」「ドモンさんだけズルいですよ」
うるさい王族コンビ。
ちなみに義父はトッポの父親の弟、つまりは叔父に当たる。
「どうしてあんた・・・ドモン・・さんだけあのその・・・」国王が『さん付け』している事に気がついた勇者がしどろもどろに。
「わしは魔法使いっぽい格好をしていないと、本当にただのジジイなんだがの」大魔法使いは義父よりも少し年上。試着中にドモンが中を覗いて、そのだらしない身体を笑い、危うく小隕石を頭に落とされるところだった。そんなことにでもなれば、半径数十メートルは何も残らない。
「まあお前らは何を着たって、つい高貴な雰囲気が出ちまうだろ?それに俺が合わせるとなると、どうしたっていい服を着ないと釣り合いが取れないんだよ。悔しいけど」
「・・・・」「・・・・」「・・・・」「・・・・」
分かっている。これがドモンのやり口だということは。
だが、それでもこんな事を言われればやはり気分がいい。
「チッ!仕方ないな。それにしても、どうしてお忍びなんだ?話を聞く限り、悪巧みをしている酒場なのだろう?むしろこのままの格好で一網打尽にしてしまえば良いんじゃないか?」と勇者。
「恐らくだけど、そうするとホクサイ・・・ホークは、二度と会ってはくれなくなる。俺らにとっては悪だけど、今のホークにとっては味方であり、自分の護衛のようなものだからな」
「なるほど腑に落ちた」
ドモンも着替えながら勇者に答えた。
シルクなのかなんなのか、ものすごく肌触りが良く、逆にドモンは少し落ち着かない。暖かいのに軽くて裸のままのよう。
「とにかく交渉は俺がするから、お前らはスケベな女の子と楽しく飲んでりゃいいさ。金はアホほどかかるだろうがな」
「そ、それは任せておいてください」「ま、まあ良かろう」「ワシも楽しむとするかの」王族ふたりと大魔法使いは乗り気。勇者は案外真面目で「いいのかなぁう~ん」と悩んでいる。
「まあまだ時間も早いし、もう少し街の散策でもしよう。勇者達がいれば護衛がいなくても大丈夫だろ」
「それは任せてくれ」「指一本触れさせまい」
ドモンの言葉に自信満々で言葉を返す勇者達。
単独のオーガくらいなら、難なく倒せてしまうほどの強さなのだから当たり前。
加護を受け強化される前のミレイが、女のオーガとほぼ同等の強さ。
そのミレイが勇者には一度も勝ったことがなかった。
現在は勇者が片手で瞬殺されてしまうほどミレイは強化されているが。
ともかく、人間レベルの相手ならどうとでもなる勇者達。
「武器を置いていっても大丈夫か?下手に怪しまれたくないんだよ」
「ああ平気だ。あとで城に届けてくれるかい?」
大福の箱を抱えるドモン。ちょっと邪魔くさくなって、老紳士に袋に入れてもらいトッポに持たせたところ、額に青筋を立てながら義父がその手から荷物を奪い取った。
「さあドモンさん、次はどこに向かいましょう?あー楽しみだなぁ!」
まだ夢の続きを見ていられるとトッポは大いに喜び、義父はドモンに心の中で感謝をした。