第322話
「お?あっちの店の方が良いんじゃないか?なんか美味しそうなスープの匂いがしてるし、まだそこまで腹が・・・」
「いいえ!あっちの女性の店のお肉の方が絶対にいいです!ほら美味しそうな鶏肉」
「いや、なんか普通の鶏肉料理だろあれは。塩を振っただけっぽいし」
「そ、それが良いのではないですか!あの女性にしましょう!!あ!!」
最後の最後で本音を漏らしてしまったトッポ。
指を差した方向では、ふくよかな歳上のお姉さまがせっせと鶏肉を焼いていた。
「おやあ?ははぁ~んなるほど」
「なんですかっ?!」
「目覚めてしまったようだな。歳上のふくよかな女性に」
「ちちちち違いますよ!!」
卵から生まれた雛が最初に見てしまったのが、乱暴な口調のふくよかなおばさんだったという不幸。
店に入って酒を注文すると、「はいよ!しかしなんだいあんた達、朝っぱらから酒だなんて良い身分だねぇハハハ!」となかなか豪快な受け答えで、トッポはドキドキ。
「本当に良い身分なんだよ実は」とドモン。以前にもどこかでやったやり取り。
「あらま貴族様だったりして!そんな事はないか!ウフフほらエールだよ」
「ありがとう。貴族どころか王様かもよ?」
「それじゃあたし達の店もついに王家御用達だね!勲章でもくれないもんかね?アッハッハ!!」
ドモンがそう言っても、当然信じられるはずもない。
何軒も買い物をし、その辺の加減も見えてきたふたり。
「かあさん、おもての鶏肉ちょうだい。二人前」
「はいよ!ほらあんた達、気分のいい客だから焼きたての良い鶏の肉をやるよ」
「わあ嬉しいなぁ」と手を叩くトッポ。
「ずいぶん大きいだろう?ここは少しコリコリと硬いんだけど、この少しエラの張った部分をグッとやると、汁がたくさん出てたまんないのよ。そのままかぶりついて汁を吸うととっても美味しいんだから」
「・・・フ、フゥ!そそ、そうなんですか~。出来ればもっと乱暴な言葉でイテ!」
真っ赤な顔で、うっとりとおばさんを見つめるトッポの脛を蹴っ飛ばしたドモン。
開いてしまった禁断の扉をドモンが代わりに閉じる。
「あーもう・・・またあそこに用を足しに行きましょうか」と、少し酔ったトッポの発言が危うくなってきた。
「店のトイレを使え馬鹿野郎!」
「だって・・・ドモン兄さんが悪いんですよぅ」
「誰が兄さんだ誰が」
完全にご機嫌である。
そんなところへ、数人の女性客がやってきた。
「あ・・・あんたは・・・」
「ん?あ?ああ、あの時の」
そこに立っていたのは、サンが拐われた時にいた女ボス。
全員大きな荷物をいくつも抱え、旅立つ準備をしていた。
「行くのか?カルロス領に」
「・・・それしかないからね。まだどうなるかはわからないけど、ここに留まるよりは安全さ」
「ああ、俺が王族から招待されてたって話の」
「少しだけ店の方の様子も見てきたよ・・・あんたの言う通り、貴族やら騎士やらもやってきたし、もしこれで王族なんかに目をつけられたら、この娘らも人生終わっちまうから・・・」
あくまで自分の事よりも、女の子達の身を案ずる女ボス。
「とりあえず食事をしに来たのでしょう?こちらでご一緒に食事をしましょう。ご馳走しますよ?」とトッポ。
「あんた誰だい?まあどうでもいいかもうそんな事は。じゃあご馳走になろうかね」とトッポの横に座る女ボス。乱暴な言葉にトッポは少しだけドキドキ。
「ボスはいくつなんだ?そういえば。まだ結構若いよな?35歳くらい?」
「失礼だねあんた!まだ30にもなっちゃいないよ!」
「あらそうだったか。じゃあトッポとお似合いなんじゃないか?お前好きなんだろこんな感じの女も」
「ぼ、僕はそのあの・・・」
「あたしにだって選ぶ権利ってものがあるよ!・・・まあよく見りゃ可愛い顔してるけどさ・・・」
ふくよかな女性ではなく、こういった性格の女性が好きなのだとトッポは自覚した。
ドモンと同じような、遠慮なしにグイグイ来るタイプに弱かった。
赤い顔をしながら、焼きたての鶏肉を手で千切る。
「あちっ!あぁ本当に汁が・・・」
「なにやってんのあんたは服を汚しちまって!ほら貸してみな!」と女ボスがテキパキと肉を手で裂き、取り分けた。
「すごい・・・熱くはないのですか?僕熱くて」
「コツがあるのよコツが。全く男のくせに・・・しゃきっとしな!しゃきっと!」
「はいっ!」
ふたりの様子を見ながら目を合わせるドモンと女の子達。
なんだかお似合いなふたり。
「でもどうして逃げなければならないのですか?」
「・・・ああ、まあ勘違いもあったんだけど、この人の奥さんを拐っちまったんだよ。奴隷商が小さな子を連れてきたのだと思って」
「ドモンさんが奴隷商・・・プクク・・・確かに人相はあまり良くないですもんねイタァイ!!」また脛を蹴られたトッポ。
「何にせよ、王族が招待した人に危害を加えたんだから、無事でいられるはずもないさ。で、この人がカルロス領に逃げろと。もうそれにすがるしかなくてさ」
「そうだったのですか」
「ま、逃げたところで王様の気分次第で、私達は下手すりゃこれよ」
自分の首をチョンとかき斬るジェスチャーをしてみせた女ボス。少しだけ笑い、少しだけ寂しそう。
「そんな事は俺が許さねえよアチチ!これ本当に熱いな」とドモンが手を振る。
「いくら招待された客だからって、あんたにももうどうしようもないよ。どこへ逃げたって・・・結局はあんな商売してたわけだしね。ほら貸してみな!やってやるから。だらしない男共だ」
エールをぐいっと飲み、ドモンの鶏肉も裂く女ボス。
トッポはゴソゴソとさっきの手紙セットの残りを、買ったばかりのウエストポーチから取り出した。
「これにあなた方のお名前を書き記してください。あと一緒に同行する方も全て」
「・・・書けないね。追手が来ちまう。それとも何かい?あんたがその追手なのかい?」
「違いますよ。僕が必ず皆さんを救いますので、お仲間達のお名前を書いてください。僕を信じて!」
真剣な目をしたトッポ。
それを見て、女の子達と目配せをしながら、渋々女ボスが名前を書いていく。
「これで全員ですか?」
「あと男達もいたけれど、今はもうどこに逃げたかもわからないから・・・」
「そうですか。まあそちらももう追手は行かせませんから」
「???」
スラスラとペンを走らせるトッポを、咥えタバコでエールを飲みながら眺めるドモン。
女性達はまだみんな不安顔。
『この者達は我が名のもとに必ず保護し、カルロス領までしっかりと送り届けるべし。アンゴルモア』
『例の高級な店の従業員にすべし。ドモン』
ドモンがいたずら書き。
ドンと王家の印を押しながら怒るトッポ。
「どういうことだい?なんなのこれは?あんた何者だい?」
「僕はトッポ。お城ではアンゴルモアという名前の王をやってます」
「・・・・」
「こいつがお忍びで店に行った時は、乱暴な言葉で罵って、顔に不釣りあいなデカいナニを踏んづけてやってくれ。指で弾いたりされるのも好きらしい」
「だだだから!違うと言ってるでしょうさっきから!!」
ドモンの言葉を誤魔化すトッポ。
そんなやり取りを気にもせず、女ボスはすくっと立ち上がって、右足を椅子の上にドカッと乗せた。
そして両手で強引にトッポを振り向かせてから、左手でクイッと顎を持ち上げ、真っ直ぐな目で見つめる。
「あんたが王様だって?この国の?」
「え・・・あ、はい一応・・・」上げた脚の白い太ももに目が行ってしまうトッポ。ムンと香る女の匂い。
「しっかりこっちを見な!!」と女ボスは顔を近づけた。鼻と鼻がくっつきそう。
「うぅ王様でごめんなさい・・・」
プッ!と女ボスは吹き出し、そのまま口づけ。
呆然とするトッポ。もちろん初めてのキス。
「おいおい、お妃様にでもなる気か?」
「バカ言わないでよ。あたしにだって・・・・選ぶ権利ってものがあるのよ」
ドモンの言葉にニヤッと笑う女ボス。正体を知っても強気の姿勢のまま。
ドモンが咥えていたタバコを奪って口に咥え、「たまには遊びにおいで坊や。私が遊んであげるわ」とトッポの顔に煙を吹きかけた。
トッポ、大轟沈の瞬間。
危なくまた賢者に転職しかけたが、今回はなんとか堪える。
こんな女性は出会ったことがなかった。衝撃的。
「・・・まあケーコはこんなもんじゃないけどな。随分優しい方だ」とぼそっと囁き、もう一本タバコに火をつけたドモン。
「あぁ好き・・・じゃなかった・・・その紙を騎士でも憲兵でも誰でもいいから見せてください。皆さん安全に旅が出来るはずです」とまだ赤い顔のトッポ。
「まあ感謝しておいてあげるわ」「ありがとね王様」「お礼にお店に来たらたっぷりと絞ってあげるわよウフフ」
状況を把握し、気持ちに余裕が生まれた女ボスと女の子達。
張り詰めていたものが解れ、女ボスはタバコの煙を吐きながら、フゥと大きく溜め息をひとつ。
実は普段タバコは吸わないので、危うくむせそうになっていた。格好をつける時だけ煙を吹かす女。
「しかしまあ・・・本当に王族と知り合いだったなんて。いや王族どころか王様かぁ」呆れる女ボス。
「ん?ああ、こいつとは昨日知り合ったばかりだ。一緒に城を抜け出して街を散策してんだよ」
「え?抜け出し・・・て?ちょっと待ってよあんた達!それはまずいんじゃないの?!そういえば護衛もいないし!!」
「平気ですよ見つからなければ」「俺はまずいと思う。ものすごく」
まだ完全には状況を把握しきれていなかった模様。
もしこんなところを見つかれば、自分達も同罪で裁かれる可能性もある。
ふと店の外を見ると、騎士達が馬に乗り駆け回っていて、そこでようやく女ボスは今の状況を完全に把握することが出来た。