第319話
「だ、大丈夫ですか?ドモンさんプククク」
「大丈夫じゃねぇよこの馬鹿国王!!大体お前がムググググッ!!!」
大勢に潰されたドモンの口を慌てて塞ぐエミィ。
それを見て、あとでまた怒られることを承知で、膝を叩いて笑い続けるトッポ。
心の底からこんなにも素直に笑ったのは生まれて初めて。
ぎゃあぎゃあと大騒ぎしているところに「朝から何を騒いでおるのだ?」と領主である貴族が視察にやってきた。
慌ててドモンから離れ、朝の挨拶をする一同。
「おぉ!ドモン殿ではございませんか!昨日はいかがでしたか?城の方へは?」
「ああ、なんとか城で色々都合つけて、今日はこれから絵師のホークのところへ顔出しするところだよ。まだ早いので一度こっちへ様子を見に来たんだ」
「上手く行けば良いですな。エイ殿はどちらに?」
「エイはまだ城だよ。なんとかホークを城まで連れて行って、そこで対面や交渉できればと思ってる」
「ふむ」
国王には全く気が付かず、普通に会話をするドモンと貴族。
トッポはそれもおかしくて、笑いを堪えるのに必死だった。
領主は店の件だの大風呂についてだの、昨日浮かんだ疑問点をドモンにぶつけている。
その様子を見て、笑いを堪えながらもウンウンと頷くトッポ。
「ところでそちらの方は?」
「あぁ・・・トッポという使用人だよ。今だけ雇ったんだ」
「そうでしたか。トッポとやら、しっかりと仕事をこなすのだぞ?私からも礼は弾む故に」
「はい!ただ礼には及びません。ドモンさ・・まに厚遇で迎い入れて頂けております故」
「ほう、さすがはドモン殿、しっかりとした者を就けておる。私の屋敷にも欲しい逸材ですな」
「恐れ入ります」
深々と頭を下げながら、トッポの頬はパンパンに膨らんでいる。
引きつり笑いで誤魔化す一同。
「じゃあまだ揃えなければならないものがあるから、そろそろ俺達も行かせてもらうよ。あんたなら優秀だから任せて大丈夫だろうしな。とんでもないものを作り上げて、国王陛下を驚かせてやろうぜ!」
「フフフ任せてくだされドモン殿!皆の者、本日も私に力を貸してくれ!そして一緒に築こうではないか!世界に誇れる街を!!」
「はい!」「やりますよ!」「おお!」
それを見ていたトッポの拳にも力が入る。
今すぐにでも讃えたい気持ちを抑え、ただただ頭を下げた。
咥えタバコで手を挙げて、その場を去っていくドモンに付いていくトッポ。
「すごくやる気でしたね」
「ああ、やる気に満ち溢れていたな。トッポの国を少しでも良くしようと、あれだけの人達が頑張っているんだ。しっかり覚えておけよ?」
「まさに人は石垣、人は城・・・ですね。あの方達に私は支えられ・・・これほど頼もしいと思ったことはない。感謝の言葉しか浮かびません」
「良い心がけだ」
ぼんやりと、たまに自分は何のために存在しているのだろうと考えることがあった。
印を押して許可を出し、あとはそれっきり。
意見をしようとしても『こちらにお任せください』と勝手に事は進む。
遊びに行くことも許されず、会話すら気軽にできず。
出されたものを食べ、やってきた誰かに本心とは思えない挨拶をされ、本心ではない言葉を述べる。
友達もいなければ、今はもう叱ってくれる者もいない。
王城という牢獄の中で理想の王を演じ、ただ日々が過ぎ去るのを見届けてきた。
はっきり言って勇者も魔王もどうでもいい。被害はないのだから。
隣国ともそれなりに仲良くやっている。
目標なんてない。敢えて言うなら『早く寿命を迎えること』くらい。
そんなある日、この世界が変わると告げられた。それを告げたのはカールの義父。
言葉の意味がわからぬまま、トッポは新型馬車に乗った。
馬車が動き出した瞬間、トッポはこう思った。
『どこまでも行けそうだ』
それは文字通り、この馬車でどこまでも行けると思ったというのもあるが、トッポは『見たことがないような新しい未来』に行ける気がしたのだ。
カールの義父が自慢する。
僕もそれを食べたい。
カールの義父が自慢する。
僕もそれをやってみたい。
カールの義父が自慢する。
僕も逢いたい!ドモンさんに!!!
そしてついにその日がやってきた。
ドモンがやってくると知り、もう居ても立ってもいられない。
すぐに自分の元へと通して欲しいと願ったが、はっきりと素性がわかるまで控えるようにと皆に断られた。
次々と入る一報。
あの心を閉ざしていたローズが心を開いた!それもあっという間に!
食用ではない米と豆を煮て食べさせようとしている?ミルクを異世界の玉に入れて蹴って作る菓子?!
餅つきとは一体???王族から子供達や侍女までが一緒になって調理してるだなんて・・・。
なぜ自分だけがここで待っているのか?待っていなきゃならないのか???
今しかない・・・今を逃せばきっと後悔する。私・・・いや!僕は行く!!!
マスターシェフが呼び出され、料理人達が何やら大騒ぎしている。
今なら行ける。この混乱に乗じて一階まで降り、死角となる第三食物庫方面の会議室の窓から抜け出し、向こうの城さえ抜けられたならすぐそこだ。
物陰に潜みながら様子を見ていると、新型馬車にそれらしい人物が向かっているのを発見した。
手に持つトレーの上には、白い玉のような何か。焼く前のパン?いや違う、あれが噂の・・・??
今すぐに飛び出して抱きつきたい気持ちをぐっと堪え、ドモンが馬車の中へと入っていくのを待ち、扉を開けてサッと忍び込んだ。大成功!
初めて会ったドモンは、噂に聞いていた通りの人物。
ぶっきらぼうだけれどどこか優しく、でも厳しくもある、父と母が一緒になったような人だった。
馬鹿と呼ばれた。愛称もつけられた。
見ず知らずの自分なんかに、異世界の貴重なお酒もくれた。
王への献上品なんかではない。この人は『王』にではなく『僕』にくれたのだ!!
次の日も予定はびっちりと詰まっている。だが知るものか!
僕はこの人と共に行く!それ以上に重要なことなど他にない!!
これで王の座を譲ることになったならば、それでもいい。
馬鹿な王だと人々に指を差されても、胸を張ってこう答えよう。僕は馬鹿野郎のトッポだと!
自分の役割も、存在価値や理由も見失い、何も見えなかった昨日まで。
何をやっても認められず、自由も奪われ、すべての人が敵なのではとさえ思い始めていた。
そんな事はなかった。しっかりと自分は支えられていたのだ。
それをこの人が教えてくれた。
まだまばらだが、ぽつりぽつりと店が開きはじめ、人通りも増えてきた。
どいたどいた!と恰幅のいい奥さんがトッポの横をすり抜ける。
城からこんなに直ぐ側にあったのに、トッポは初めて見る風景。
ドモンがまだ開店準備をしている店の中に飛び込み、パンをふたつ持って戻ってきた。
「ほら、焼き立てだってよ。無理やり売ってもらった」
「わぁ!ありがとうございます!」
「ん・・んぐ・・・焼きたての割にはちょっと硬いなこれ。歯が抜けそうだ」
「ングッ!こんなものではないですか?」
「俺の街のパン屋はもっと柔らかいんだ。俺が焼き方教えたからな」
「へぇ~!いいですねそれ!」
トッポはそう返事をしながら、本当にこの人に国を任せたら、素晴らしい世の中になるのではないだろうか?と考えた。
たった数日でこの街が変わりだしたくらいなのだから。
「ねえドモンさん、やっぱり王になってみません?」
「断る」
「どう・・・」「どうして?って言うんだろ?もう何度このセリフ吐いたことか。しかも言ったのは俺じゃないんだよ元祖は」
「???」
「そんなものになったら立ち小便できなくなるだろ?」
「プッ!!」
「スケベな店だって通いたいし、街で酒飲んで、自由に遊び回りたいからな」
「自分だけずるいじゃないですか!だけど王だって立ち小便くらい出来ますよ!や、やったことは確かにないですが・・・」
「じゃあやってみるか?そこで」
「え?!」
路地裏にトッポを引っ張り込んだドモン。
「ほら、早くちんちん出せ。ほらこうやって。出来ないだろお前には」
「で、出来ますよそのくらい!!」
タバコに火をつけ口に咥え、煙に目を細めながらジョロジョロと用を足し始めたドモン。
トッポは真っ赤な顔をしながら踏ん張るも、全く何も出ない。理性がストップをかけていた。
「へっへっへ!そら見たことか!そんなデカいものぶら下げてるくせに情けない奴め」
「み、見ないでくださいよぅ!出ますよ出ます!ただ風が当たってどうしても・・・」
「お前なんか・・・元気になってきてないかそれ?」
「やめてくださいよ!!そ、そんな・・あぁ~ドモンさんが変に意識させるから!!あぁダメダメ!!」
意思に反してムクムクと元気になっていくトッポの子トッポを見ながら、ドモンはまだジョロジョロ。
歳を取るといつ終わるのかがよくわからなくなるくらい長い。その時であった。
「こら!あんた達この!!」突然勝手口のドアからお飛び出してきたおばさん。
「うわっ!逃げろトッポ!!」「うわぁ~!ごめんなさぁい!!」
ドモンは素早く子ドモンをしまい、ドタバタと早足で逃げた出したが、トッポは後ずさりをしながら尻餅をつき、とても元気な子トッポを正面から見せてしまった。
「な?!なんだいこの変態のスケベガキめ!!あたいに怒られ欲情したってのかい?!」
「ち、ちが・・・」
「ま・・・まあなかなか立派じゃないかい。へへへ」
「違うんです違うのです」
「よく見りゃ可愛い顔してるじゃないのあんた。ほれ」
指でピンとナニを弾かれ、トッポは王から賢者へと一時的に転職することとなった。
 




