第318話
震える手で王家の印が押された手紙を受け取り、門番が大げさにならないようにさり気なく一礼。
血の気の引いた顔で門を開け、ドモン達の馬車を通したあとすぐに門を閉めた。
「何だその判は」
「これは王家に伝わる印鑑です。命よりも大事な物なのです」
「バカ野郎、命より大事な物なんてあってたまるか」
「は、はい!でもこれがあれば、まあ変な例え話になりますが『この国を明け渡す』と書いてこの印を押したら・・・」
「お前、なんちゅう物を持って歩いてんだよバカ!落としたり奪われたりしたら終わりだぞ!!」
「し、仕方なかったんですよ!お城の人達を撒くために使用して、そのまま抜け出してきたので」
近隣の街であるここでも、流石に飲食が出来る店はまだ開いておらず、ドモン達はオーガ達がいる宿舎へと向かっている。
その馬車の中でトッポに聞かされた話に、大いに呆れるドモン。
この王家の印章、つまりはなんでもアリの免罪符のようなものである。
どこかの店に行き「この店は王家のものである」と何かに書いてこの印を押せば、それがまかり通ってしまうのだ。
どんな悪人でも無罪にすることが出来、どんな善人でも死罪にすることも出来る。
この国に住む以上、貴族はもちろん、同じ王族であっても絶対に逆らうことは出来ない。これぞ本物の王様ゲーム。絶対である。
それを説明しながら、『ドモンさんを次期国王とする』と書いて印を押してみせたトッポ。
ドモンはすぐにビリビリに破いて捨て、トッポを笑わせた。
そんな事が出来るのは、この国の中では恐らくドモンただひとり。
当然普通ならば、家族や関係者含め全員死罪確定の行為。
もう一発トッポの頭をドモンが引っ叩き、トッポは嬉しそうに自分の頭を擦っていた。
これも当然死罪レベルの重罪なのは言うまでもない。
午前6時半。工事中の色街に到着。
馬車から降りて、物珍しそうにキョロキョロと周囲を見渡したトッポ。
ドモン達が泊まっていた半壊した建物はすでに解体されており、現在は基礎工事を行っている模様。
他にも解体中の建物があとふたつ。一日でこれなのでかなりのハイペース。オーガ達も余程張り切ってると思われる。
「ここが噂に聞いていた?」
「色街だ。元は治安が悪いスケベな場所だったんだけど、大人達が楽しめる安全な娯楽を用意することにしたんだよ。もちろんスケベな店も残すけどな」
どんな店が出来るのかを詳しく聞き、トッポが目を輝かす。
スケベな店にも正直興味はあるが、他の店が魅力的すぎた。
膝枕で昼寝をするなんて、頼めばきっと出来るのだろうけれど、実際は立場的に絶対に頼めない。
メイドカフェも、本物の侍女達が絶対にしないであろう接し方であり、まさにトッポの妄想の世界。
「俺とサンみたいな感じだよ」とドモンから説明を受け、もう体験したくて仕方がない。
一緒には連れていけないとドモンが言った時、普通ならば何の感情もなく「はい」で終わるところだけども、「うぅ・・・」とサンは口を尖らせ悲しんでいた。求めているのはまさにこれ。二人きりの時は「ドモンさん」と呼ぶだなんて、なにそれズルい!とトッポの方が口を尖らせていた。
「流石にトッポは遊びにこれねぇぞ?可哀想だけど」
「うぅ・・・わかってますよ・・・」
「まあ・・・ここで働いていたエイにお願いすれば、城の中でも多少は体験できるかもしれないけど、トッポの評判はメチャクチャ落ちると思う」
「駄目じゃないですか結局。はぁ・・・って僕に何を言わせるんですか」
ふたりの話を必死に聞かないようにしている御者。
ふと前を見ると、少し開いた窓からモクモクと煙が上がっているのが見えた。
中からジュウジュウと何かを焼いている音も聞こえてくる。
「お?朝飯作っているみたいだな。覗いてみようか?馬車は馬繋場に預けてきてよ。この後街を歩いて散策するしさ」トッポと御者に話しかけたドモン。
「はい!いやぁ楽しみだ!うー!」「へい!かしこまりました!」
「その間、御者にはどっかで待ってて欲しいんだけど」
「ここにおりますよ」
「それじゃあんまりだな。一緒に行く?」
「い、いや・・・遠慮させてくださいもう・・・」
御者はこの時点でもうぐったり。10年くらい寿命が縮まった気分。これ以上縮ませたくはない。
「じゃあそっちもどっかで時間潰ししてもらって、昼頃ここらで待ち合わせでもしようか?ここにいない時は、この近辺の店で酒でも飲んで休んでるから、そっちに来てくれたらありがたい」
「そうさせてくださると助かります」
「ではこちらを持っていってください」と小さな袋を渡したトッポ。中身は当然のように金貨がジャラジャラと入っていて、御者は全力で拒否。
「小分けにしてまだいくつか金貨の入った袋を持っていますから、それは気にしないで持っていってください」
「だから落ち着かないんだってば、俺ら庶民にそんな大金は。じゃあ金貨一枚だけやれよ。今日の給金としてさ。御者もそれなら良いよな?」
「は、はい!せめてそうしていただけたら・・・」額に光る冷や汗を拭う御者。
ドモンの方が常識人という珍しい現象。
御者は少し疲れた顔をしながら、馬車で去っていった。
「ようエミィ、調子はどうだ?上手くやれているか?」
「わあ驚いた!妙なところから突然顔出さないでくださいよぉもう!ウフフ」
建物の窓から顔を出したドモンに驚くエミィ。
普段ならば気配で気がついたりもするのだけれども、一生懸命に何かをしている時はそうもいかない。
「調子というか、私は料理くらいしか出来ないのに、皆様に気を使っていただいて・・・貴族の皆様も優しくしてくださって、あれやこれやとお世話してもらってばかりなの。調子云々言ってる場合ではないのよ。私もやるしかないわ!」
「そうか。まあ仲良くやれて良かったよ」
「とにかく中に入って休んで?もうすぐみんなも起きてくる頃だと思うから」
「うん」
中に入ると、朝から本当にこれを食べられるのか?というくらいの量の肉料理。
なんでも男達全員の希望だったらしい。
一緒に食べるかどうかを聞かれたが、カレーを食べていたのでふたりは断った。
そんなやり取りが聞こえたのか、上の階からオーガや大工達がぞろぞろとやってきた。
「やっぱりドモンさんでしたか!」
「おはようございますドモン様!」
「やあ現場は見てくれたかな?オーガの皆さんは凄いよ!もう驚いた驚いた。あの建物の解体に一ヶ月ほどだと見積もっていたら、たったの一日だよ!だから計画を練り直そうと思っているんだ」現場監督がまくし立てるように現状を報告。
「いやぁもう解体に関しては、オーガの皆さんに頼りきりで申し訳ないやら情けないやら」
「ハハハ!力だけはありますから、気にせず命令してください」
ドモンに挨拶をしつつ、仲良く会話をしながらテーブルに着いた大工やらオーガやらの男達。
エミィが料理の入った大皿を運んで、またやんやと盛り上がる。
「ところでそちらのお方はどなたかな?」と大工のひとり。
「王様だよ」
「ああ王様か。ん?何の王様だい?」
「何の王様ってこの国の王様だよ。ちょっぴり惚けた野郎だけど、みんな仲良くしてやってくれよな」とトッポを紹介したドモン。
「ご紹介に預かりました王のアンゴルモアです。ドモンさんからトッポという愛称を頂いたので、皆さんもトッポと呼んでいただければ幸いです」
「・・・・」
門番達ですらあの様子だったのだから、当然理解できるはずもない。
皆それがどういう意味の冗談なのかを理解しようと、しばらくポカンとしながら考えていた。
「ドモン様、この国の王様というのは、どういった意味なのでしょうか?」と素直に尋ねる兄の青オーガ。
「いや、だから王様だよ。昨日俺、城に行っただろ?で、城から王様と一緒にやってきたってだけの話だ」
「オーガの皆さんですね?初めまして、この国の王をやっています。新たな街づくりのため力をお貸し頂けたこと、真に感謝致します」
これ以上説明のしようがないので、そのまま普通に挨拶。
「あ、そうだトッポ!どうせなら、ここでついでにこのオーガを貴族にする事を認める文章書いてくれないかな?あの判押したら大丈夫なんだよな?」
「ええ大丈夫ですよ。それでは・・・こちらのお方ですね?貴族として認めます。爵位は男爵とします。ではなにか書くものと紙ありますか?馬車の中の上着に筆記用具を入れたままでして」
現場監督から借りたペンでスラスラと文章を書き、例の印章をドンと押したトッポ。
勝手にドンドン話を進めるふたり。
「おぉ流石だな。トッポも案外しっかりしたところもあるんだ」
「これが本職ですからね。慣れたものですよフフフ」
書かれた証文を眺め感心していたドモンに、ここぞとばかりにトッポは胸を張りアピール。
「はいこれ。これがあれば貴族と認められると思うから。でも無くしたり破いたりしちゃ絶対駄目だぞ。王家の判が入った証文だからな」と、片手で青オーガに渡すドモン。
「あっという間に破いたくせに・・・これを破いて捨てた人なんて、建国して以来多分ドモンさんが初めてですよ?それに判ではなく印章ですよ。ギャッ!イタ!うぅ・・・」余計なことを言い、また引っ叩かれてしまったトッポ。
一同の理解はまだ追いつかない。
そして食事に手もつけられない。
「ド、ドモンさん、本当なの?」と声の出ない皆の代わりに、エミィが代表して聞く。
「本当だよ。内緒で城を抜け出してきたから護衛もついてないし、こんな恰好だけど王様なんだってさ。若いのに大変だよな」
ガタ・・・ガタ・・・と、ゆっくりと立ち上がる一同。ようやく状況を把握。
だが、色街にあるこんな食堂で国王と謁見した場合、自分がどんなポーズでいれば良いのかがわからず、ただただ困惑。食堂の床に片膝をつくべきなのかどうなのか?
それよりも、だ。
「ド、ドモン様、国王の頭を叩いてはいけません・・・」と青オーガが真っ青な顔。オーガ達だってそのくらいはわかる。
「愛称をつけて呼び捨てにするのもいかがなものかと・・・」と大工のひとりが目を伏せた。良くて投獄か鞭打ち、悪けりゃ死罪。
「あのねドモンさん・・・内緒で王様と抜け出してここに連れてきたって・・・皆さん誘拐されたと勘違いしたりするんじゃないのかしら?」とエミィ。たとえ誘拐じゃないとわかったところで、連れ出した時点で普通に重罪だ。
「ほら見ろ!トッポのせいで、やっぱり俺が悪者みたいな感じになってるじゃねぇか。だから言ったのに!」
もう一発引っ叩こうとドモンが右手を振り上げた瞬間、ここにいたほぼ全員のタックルを食らい、危なくドモンは三途の川を渡るところだった。




