第313話
「どうなってるんだこれは・・・呪いでもかけられたのか?」
朝一番、ミレイと顔を合わせた勇者アーサーの最初の一言がこれ。
「もう・・・馬鹿なこと言わないでよ・・・」と困った顔で微笑むミレイ。
ドレスは持っていなかったので、許可を得て、白いシーツでスカートを作った。
筋肉質でゴツゴツしていた胸や尻も、丸みを帯びて見え、すっかり女らしい姿に変身している。
「それで戦うつもりなのか?」
「馬鹿ね。その前に着替えるわよウフフ」
「言葉遣いまで変わっておるわい・・・」「・・・・」
アーサーは呆れ、大魔法使いも賢者も引きつり笑い。
朝の訓練をするからと、結局ミレイは元の姿に戻された。
「見た目はかなり弱くなったように思えるけども?」
「模擬戦してみる?あたい・・じゃなかった、私は素手でいいわよ」
「よしやろう。俺は木刀を使うけどいいのか?」
「どうぞ。今なら三人まとめてでも負ける気がしないわ」
「おいおい・・・」
勇者には勝ったことがないミレイだったが、何故か自信に満ち溢れ、不敵な笑みを浮かべている。
勝負は一瞬。小説や漫画なら戦闘シーンを描く暇もないほど。
左手で木刀を弾き返すと同時に、右手でアーサーの胸をドンと突き飛ばしてそれで終わり。
「ごめんねアーサー。私はもう負けられないのよ。御主人様を、御主人様のいる街を、御主人様のいるこの国やこの世界を守らなければならないの」
「ご、御主人様・・・って???」壁まで吹き飛び、賢者に支え起こされたアーサー。
「ドモン様よ。あ、それと奥様もね」
当然のようにそう答えたミレイ。
身体中が力に満ち溢れ、手加減するのが大変なほど。
人智を越えたあまりの強さに、本人は「守る者の強さ・・・これが愛の力なのね」と浮かれていたが、流石におかしいと皆でミレイのステータスを確認したところ、異常なほどステータスが上昇していた上に、いつの間にか謎の加護まで付いていた。
それが何かはよくわからなかったが、ミレイはきっとそうだとドモンに感謝した。
そんな事が行われる数時間前。
ドモンは自分の馬車に乗って、暖房をつけゴロゴロしていた。
「う~寒い。嫌な季節だ。ずっと夏なら良いのに」さっきまでくっついていたナナのふかふかおっぱいと太ももが恋しい。
「ずっと夏じゃつまらないですよ。寒く辛い季節もあるからこそ、暖かな日に感謝できるというものです」
「おおトッポ来たか」
「はい」
朝の挨拶もせずに、また惚けたことを抜かすトッポが馬車に乗り込む。
「早速街に行きましょう」とドモンの向かい側へ座った。だが馬車は動かない。動くはずもない。
「これ誰が動かすんだ?俺は無理だぞ??」
「僕も出来ないですよ??」
キョトンとした顔で見つめ合うふたり。
「運転の出来るサンは連れていけないぞ?特に今は・・・完全に夢の中だ」実際は幸せそうな顔で悶絶したまま起きてはいたが、夢の中というのはある意味間違いではない。
「うーん困りました。では誰かにちょっとお願いしてみます」と馬車を降りるトッポ。
「お願いってこんな時間じゃ流石に無理だろ」
「仲の良い御者さんがいるのですよ。少しだけ待っててください」
そう言ってコソコソとトッポが城に忍び込んだ。
数分後、ひとりの御者を連れて嬉しそうに戻る。
「なんとかお願いできました」
「いやぁこんな時間に悪いね」とバツが悪いドモン。
「いえ!そ、そんなこと滅相もございませんです・・だぜ」
「妙な訛り方だな」
「ハハハ・・・ハァ」
朝はもう寒いくらいだというのに、額の汗を拭う御者。
小さくヒヒンと馬が鳴き、馬車は静かに動き出した。
「相変わらず乗り心地が良いですね。新型の馬車は」
「ん?トッポは乗ったことがあったのか。きっと驚くと思ったのに」
「え、ええ、たまたま乗る機会に恵まれまして。幸運でした。それよりもあのぅ・・・どこか隠れる場所はないでしょうか?バレずに門を通りたいと言いますか・・・」
「やっぱりお前、またこっそり抜け出てきたな?仕方ない奴め。隠れるところなんかないから、これでもつけてろよ」
トッポにトンキで買った派手な金髪のかつらと、少し派手なフレームのメガネを手渡したドモン。
ついでに服も着替えると言うので、ドモンの普段着を貸した。エリーが用意してくれた一般的な服。
元着ていた服は妙に気取った派手な服だったので、街に行くなら着替えたのは正解。あれでは目立ちすぎる。
「プッ!なんだかますますトッポイ兄ちゃんになったな」
「笑わないでくださいよ~!でもこれ気に入りました」
「これはやらんぞ?かつらとメガネはナナの父親のだし」
「残念です」
昨日箱に詰めた大福をもう一度確認しながらそんな会話をしていると、門のところまで馬車が到着した。
「こんな時間にどうした」と門番をしていた騎士。
「え、ええ・・・ドモン様と・・・」「オホン!」
「?」
「ドド、ドモン様とお付きの方が、どうしても朝早くに用があると言うので。昨日連絡がありませんでしたか?」
「ん?連絡はないが・・・確かにそんなことを昨日言っていたような気がするな」
昨日大福を食べた時にいた騎士が、たまたま今日の門番のひとりであった。
窓を開けドモンも声をかける。
「よお!ホークのところに行く予定なんだけど、ちょっと色々朝のうちに準備があるんだよ」
「なるほどそうでしたか。で、そちらの方は?」と騎士が窓越しに中を覗いた。
「ドモンさん・・・」焦るトッポが小声でドモンに声をかけた。
「ああ、サンが変装してるんだよ。ホークがいるのがぼったくりバーの二階で、女は入れないと思うからさ。なんとか潜入して突破するために男装させたんだ。ナナじゃ胸でバレちまうからな」
平気で嘘を吐ける男、ドモンの真骨頂。
なんと嘘発見器も反応しなければ、メンタリズムも通用しない。
嘘を本当のことだと他人だけではなく、自分にも思い込ませることが出来るからだ。
それを利用し、とんでもなく嫌な記憶を改ざんしたこともある。
「了解しました。おはようございますサン様」
「お、おはようございます」声を1オクターブ上げたトッポ。その声でドモンが笑いを堪えプルプルと震えている。
ガラガラと門が開いて無事馬車は通過出来、トッポはホッと一安心。
「知らんからなトッポ。嫌だぞ俺が城の責任者とか、それこそ王様とかに怒られるのは」
「それは・・・多分大丈夫かと」
「ま、怒られたら逃げるけどな」
「プッ!逃げないでくださいよアハハ」
外はまだ薄暗く街は静か。
どこかの店で時間を潰したいところだけれども、まだどこもやっていない。
「コンビニでもありゃあ良いんだけど、こればっかりは仕方ないな」
「なんですか?それ」
「ああ、俺の世界では24時間営業してる、食べ物や生活用品とか大抵の物を売っている小さな店が、街中いたるところにあったんだ」
「えぇ?!それは便利ですけど、そんな時間に一体誰が店番を?!」
驚いて、つい大きな声を出してしまったトッポ。静かな街中に声が響いてしまった。
ちなみにドモンが小さな頃は、まだ24時間営業ではなく、朝7時から夜11時までの営業だった。それも店が出来たのは小学校に上がる少し前で、その前まではコンビニなんて存在していなかった。
「昼間学生として勉強しながら、夜に仕事したいって人もいるんだ。大変だろうけど、その人達にとっては、そんな時間でも働けるから都合がいいんだよ。全員が学生とは限らないけれども」
「むぅなるほど・・・自分で稼ぎつつ、学校にも通えるわけですか。そんな方法があったとは」
「そうやって夜中に店が開いてると、今度は夜に仕事をしている人達も助かるだろ?飲み屋のねーちゃんとか、さっきの門番や夜中も働く憲兵達とかもさ。今の俺達も、そんな店があれば助かるしな。あと今まで旅の準備は、前日の昼にしないとならなかっただろ?急いでいても。そうなると夜中に旅の準備をして、そのまま朝出発なんて事もできるようになるんだ」
「す、すごいじゃないですか!!」
馬車の中でガバっと立ち上がり、トッポは思わず仁王立ち。
「店で働く学生達も助かり、この時間にどこかで働いてる人も助かり、そして経済は夜中ですら回る」
「うむ!なんという素晴らしい考えだ!あ、いや、素晴らしい考えですね」
「うん?いやまあ俺が考えたわけではないよ。向こうの世界がそうだったって話なだけだよ。御者さん、朝飯を作るから、どこか人のいない広場か原っぱに行ってもらえるかな?」
「はい、かしこまりました・・・ですだぜ」
数ヶ月後、王都に24時間営業の店がいくつもオープンし、この世界を震撼させることになった。
ドモンが来てから、王都は劇的に変化していく。