第301話
「なんやかんやと言い訳つけて!あんた初めからそういう魂胆だったのね!!」
「ち、違うよ!そりゃまあ・・・エイの身体洗いはすごく気持ち良かったから、またやって欲しいとは思っていたけれど」
「ほらご覧なさい!!!」
「誤解だよ!なんでいちいち怒るんだよ。いいだろ別に。タダでやってくれるって言うんだから。俺だってタダで天国見せてやったんだし」
「そんな事言ってないわ!!!それに天国じゃなくて地獄じゃないのよ!!!」
ナナにもエイにも怒られるドモン。
ナナが以前から懸念していた通り、ドモンは「どうぞ」と言われたら躊躇なくそのまま「いただきまーす」なのだ。
しかもその「どうぞ」を無理やり相手に言わせているのも質が悪い。
自分がやられて嫌なことは他人にしない主義だけども、自分が平気なら他人も平気だろという酷い考えも持つ。
「あ!こらドモン待ちなさい!こら待て!」
ノロノロと列を進む馬車からドモンが逃げ出し、ナナがそれを追いかける。
するとふたりの元へ、三十人ほどの人々がワッと押し寄せた。
「あんた、広場のあれ見たよ!いやぁもう笑って泣いて、あんなのは初めてだよ!」
「初めにやってたあれはなんだい?スラスラと流れるような言葉で、もうあたしゃ聞き入っちゃって」
「で、弟子にしていただけませんか?」
集まった人達は大興奮。
まるで芸能人を街角で見かけた時のよう。
「いや・・・あれはその場の思いつきというか、元からあるものに思いついたものを勝手に入れただけで、別に話芸でも何でもないよ。それで生計立ててるわけでもないし。だから弟子も取っていないんだ。ごめんな」
ドモンは困った。
すすきのの裏通りで生きてきたドモンには、表舞台は慣れていない。あの舞台は特別だ。
すごいすごいと握手を求められたドモンに、思わずナナも鼻高々でその様子を見守っていたけれども、ナナはナナで周りの男達を魅了していた。
大都会である王都であっても、ナナの美貌は圧倒的。
あまりにも高嶺の花過ぎて、男達が躊躇して近寄れないほどで、数人の男が花束を持ちオロオロしている。
「なんだかすっかりドモンも人気者ね」
「向こうの世界でナナがチヤホヤされて浮かれた気持ちがちょっとだけわかったよ」
「でしょ?」
困ってはいたが、チヤホヤされること自体は案外悪い気はしない。
どうせ今だけだということはわかっているので、ドモンも少しだけ『ナナ気分』を味わった。
しかしそれ以上に人気があったのが、実はエイ。
開いていた馬車の扉からひょっこりと顔を出すなり、人々の興味は全てエイのものに。
ドモンのスター気分はあっという間に終了である。
引きずり出されるように馬車から降りたエイ。
「ホーク氏のお弟子さんだというのは本当ですか?!」
「娘さんだという噂もあるのですが???」
「絵を!貴方様の絵が欲しいのです!話だけでも聞いていただけませんか?」
矢継ぎ早の質問攻め。その他の人は握手を求めて列をなす。
更に十数名の男女がその場に土下座をし、弟子入り志願まで始める始末。
話を聞けば、ホーク自身は弟子を取ることがほとんどなく、だからこそホークの弟子だと思われたエイに弟子入りを志願したのだ。
そしてもし本当にホークの娘ともなれば、ホークの弟子がどうのどころの話ではない。伝説の絵師のまさかの血縁者。
なんとしてでも繋がりを持ちたいと思うのも仕方のない話。
国王は国の数だけいるが、すでに伝説と化している天才絵師はこの世界にたったのひとり。
「こ、こりゃ父親の自慢もするわな・・・」
「本当ね」
「そんな奴に風呂の壁に絵を描かせるから連れてこいって、カールの奥さんもよく言ったもんだな。そりゃジジイも躊躇するはずだ」
「奥さんにとってはそれだけ特別なものなのよ。あのお風呂って」
ドモンとナナがそんな会話をしながら、エイと入れ替わるように馬車の中へ。
窓から必死に応対しているエイの後ろ姿を覗く。
「あんた、こんな人の服を無理やり脱がせて、あんな事させたのよ?わかってんの?」
「わ、わかってるよ。でもあれはナナとサンが内緒でクンクンするから、ついカッとなって」
「それは確かに悪かったけど、エイさんは完全にとばっちりじゃないのよ」
「うぅ・・」
ドモンも大いに反省。
色街ということもあって、どうしても遊びたかったのだ。
そのスケベ心のお陰で、ホークの娘と知り合えたのだけれども。
「フゥ、おまたせしました・・・」エイが馬車に戻り、外に向かってお辞儀をしながら扉を締めた。
「すごい人気だったな」とドモン。
「そんな・・・殆どが父目当てだと思うわ。あ、そうそう!その父の居場所がわかったのよ!今の人達の中に詳しい人がいて」
「おお、それはツイてるな。よくやった」
引っ越し好きのホーク。
まずは居場所を探るのが大変だと思っていたら、意外なところから情報収集が出来た。
「ただ、随分と妙なところに居を構えているらしくて・・・」
「どんなとこだ?」
「高額な料金を請求する、ものすごく評判が悪いバーの二階らしいの」
「ぼったくりバーかよ!」
エイの言葉に愕然とするドモン。
この世界にもやはり存在したぼったくりバー。
ドモンの出来れば近寄りたくないもの第四位。ちなみに第三位は裁判所、第二位は某組事務所、当然第一位は警察署である。
「どうやらおいそれと人を近づけさせないためらしくて・・・」
「その方が落ち着いて絵も描けるってか。普通に外を出歩いてるところを見ると、監禁されてるとか脅されてるってことはなさそうだし」
「えぇ・・・そういう人なのよ」
そうとなれば、昨日のうちに話が出来なかったことが悔やまれる。
ただでさえ話し合いは難航しそうなのに、余計なことに巻き込まれそうだとドモンは溜め息。
当然エイも危険なバーの存在は知っていて、どうにか父親だけを連れ出すことが出来ないかを思案していた。
色街よりも治安が悪く、そういった店は十中八九ギャングが運営している。
そして一度客引きに目をつけられれば、店に入ると言うまでしつこくつきまとわれると話に聞いている。
深刻そうな顔のドモンとエイとは対称的に、ナナとサンはぼったくりバーがよくわからず不思議顔。
一時間飲み放題銀貨三枚だと言われて入ったら、店の女の子に奢った飲み物一杯が金貨三枚だと言ってくるような店だと説明し、ようやく納得。
そんな話を馬車の中ですること小一時間。
想像していたよりもずっと早く、受付に辿り着いた。門番達の努力の賜物。
「はい!皆様の通行許可証ですどうぞ!」
「い、いや・・・ほらみんなもやってるような審査を一応・・・」これじゃ道を譲られたのとあまり変わりない。他の人らに悪い。
「ではどちらからどのようなご要件でいらしたのでしょうか?」
今までの他の人への言葉遣いとはまるで違う対応で、もうこの時点でドモンは『駄目だこりゃ』
「えーとカールの街、なんだっけ?カルロスの街から王族のジジイに・・・じゃなくて王族に招待されて・・・」
「了承しました。はいどうぞ」
「だからダメだろそれ」
入国審査で日本人が優先される事がどうのとついさっき説明したはずなのに、思いっきりそれをやってくる門番。
結局そんな事で揉めて時間がかかってしまった。
そこに登場した一台の馬車と多数の騎士達。
「なーにをやっておるのだ馬鹿者がっ!!!」
「うお!」「ひぃ!!」「あっ!!」
馬車からカールの義父が飛び降りてドモンを怒鳴りつけるなり、周囲の人々が叫び声を上げた。
叫び声の中には当然門番達の声も混ざっている。
「何をやってるもクソも見りゃわかるだろ。通行証の発行をお願いしてるんだよ」
「そんなものいるか馬鹿者!!何のために通達しておったと思っておるのだ!!」
「うるさいジジイだな。どうせ今日は王宮に行かないって言ってただろうが」
「こんなところに並ぶなと言っておるのだ!!招待した私達の顔を潰す気か!!ハァハァ」
息を切らすほど怒り続ける義父。
少しだけそら見たことかという気持ちを込めたジトっとした目で、ドモンを睨む門番達と騎士達。
「つ、通行許可証が欲しかったんだよ!!クソジジイ!!」
「立場を弁えろと何度も言っておろうがこの馬鹿息子が!!!!!」
「いてぇ!見ましたね皆さん?この人殴りましたよ!しかも怪我人を!門番の皆さん捕まえてくだ・・・うわやめろ離せ!!人拐い!!人拐いだあああ!!ヤダヤダヤダ!!」
自分が乗ってきたファルの馬車に、肩に担いだドモンごと乗り込んだ義父。
慌ててナナが追いかけて、その馬車に飛び乗った。
「ハハハ・・・」「・・・・」「夢かな?」
人が王族に拐われていく瞬間を見届けた人達が、乾いた笑いを漏らす。
エイは元の馬車の中で額に右手を当て溜め息を吐き、サンは「一応欲しいとおっしゃられていましたので」と全員分の通行許可証を門番から受け取って、馬車でその後をついていった。




