第300話
「おお~でけぇ!カールの屋敷を見た時よりもびっくりだ」
ドモンは関所や城にあるような門を想像していたのだったが、片側二車線の道路の幅くらいの、いわゆる凱旋門のような形の巨大な門がそびえ立っていて、思わず馬車の窓から顔を出し叫んでしまった。
高速道路の料金所のようなところで通行証らしきものを見せながら、歩行者や馬車などが行き交っている。
「へぇ~なるほど。で、通行証だかを持っていない場合はあっちに並ぶってわけだな?えらい行列だけれども仕方ないな」
「あの受付でギルド証を見せれば多分すぐにくれると思うんだけどね。でもなんかほら・・・受付してる門番が威張り散らしているような感じがして、なんか嫌になってやめちゃったの」
ナナも窓から顔を覗かせる。
雰囲気的には、海外旅行に行った時にやる入国審査のようなものとそっくりな雰囲気。
持ち物を確認し、質疑応答を行った上でかなり乱暴な感じで判を押し、お金を受け取り通行証を渡していた。
中には追い返されて怒っている人も。これこそまさに門前払い。
「うわぁ・・・あれは確かにナナが嫌になったのもわかるよ」
「でしょ?」とナナ。
「エイの通行証は?元は住んでいたんだろ?」
「とっくに期限が切れているわ・・・じゃなかった・・・いますよ」
「元の話し方でいいよ。俺なんて偉くもなんともないんだし。たまたま偉い人と知り合っただけだよ」
「そんな事言ったって・・・」
確かにそうではあるのだけれども、エイはもうドモンのことを普通には見られない。
そしてそれは門番とて同じ事で・・・
それは一瞬の出来事だった。
「どけぇぇぇ!!」「旗を上げろおおおおお!!」
新型馬車を見た瞬間に門番達が大きな声で叫び、モーゼの海割り、もしくは『救急車が通ります!道を開けてください!』かの如く、皆大慌てで道を開けはじめた。
門番達、そして巡回していた騎士達も馬で駆けつけ必死に交通整理。
「あ・・・これはまずいぞ。新型馬車見て、王族か貴族かと勘違いしてやがる」と焦るドモン。
「ど、どういたしましょう・・・」とサンも困った声を出す。
数名の門番達が馬車に駆け寄り、人々の視線も集まった。
慌てて窓を閉めるドモン。あとはサン任せ。
「あのあのあの・・・」御者台を囲う扉を開け、門番に声をかけたサン。みんなが見ていて、しっかり者のサンですら焦る状況。
「ドモン様の御一行様ですね!お待ちしておりました!ささ、どうぞお通りください!」
「へ?ど、どうして・・・」
「お話は全て伺っております。大変失礼ですが、サン様・・でございますよね?」
「は、はい!」
先程まで見ていた態度からは想像ができないほど、愛想よく案内をする門番。
「す、すごいわ・・・」と、ここを通るのがどれだけ厳しいことなのかを一番知っているエイが、思わず声を漏らす。
いわゆる顔パスと言う状況。王族や貴族と同等の扱いであった。
それを理解するなり、ナナもエイも鼻高々で窓を開け、こんにちはありがとうと挨拶している。
門番達だけじゃなく騎士達も馬車に近寄ってきて、満面の笑みで挨拶を返していた。
ドモンには、それがとても気に入らなかった。
「あーあのさ、悪いんだけど・・・」
「ド、ドモン様ですね!お声がけしていただき大変光栄でございます!」と門番。
「俺らも並ばせてもらうわ。気遣いとかいらないからさ」
「は??」「え?!」「はぁ???」
ドモン以外の全員が同時に声を上げた。ナナの声が一番大きかった。
「そ、そんな訳にはいきません!王族の、いえ、国王様直々に迅速に通すようにと申されております故に・・・」と騎士。
「遠慮する。俺らは並ぶ」
ドモンは馬車からぴょんと飛び降り、道を開けてくれていた人々に「悪いなみんな!王族と勘違いしちまったんだってよ!道に戻ってくれ!」と大声で叫びながら、自ら交通整理を始めた。
「ど、どうしてなの?ドモン」とナナも降りてきた。
「だって俺本当に庶民だもん。みんなを嫌な気持ちにさせてまで横入りなんてしたくないし、こんな事で他を見下して、ほくそ笑むような奴になりたくもない」
王族や貴族、あとそれこそ緊急車両であるなら仕方ない。
政治外交で他国を訪問した時、入国審査の列に並ぶなんてことはしない。
だけどドモンはそうではない。
自ら道を譲ってくれたのなら良いけれど、今回はみんな無理やり道を譲らされていた。自分がその立場になったら、もうたまったものではない。
入国審査で日本人だとわかって優先される場合もある。
それは大変ありがたい話だが、ドモンはそれを自慢気に語る奴が大嫌い。
その様子を皆どんな目で見ていたのか?皆からどんな目で見られていたのか?
「〇〇人らしき人達が羨ましそうにこっちを見ていました」などと聞かされると、反吐が出そうになる。
生まれた国を誇りに思うのは良いが、それ以外の国を蔑むようなことはしなくて良い。
人間と魔物とで、人間に生まれたからといって、特別扱いはされたくない。
王族や貴族と知り合いだからといって、それも特別扱いされたくはない。
優劣なんてつけて欲しくはないし、それを他人に押し付けたくもないのだ。
ドモンは王族や貴族達を特別扱いはしない。
だからドモンも同じようにしてほしいだけだ。
「・・・というわけなんだ」と、これらの理由を説明したドモン。
「はい・・・」明らかに落ち込む門番達と騎士達。
「まあ急いでいる時はお願いするかもしれないけれど、今日は急いでもないからさ。並ばせてよ」
「かしこまりました」「はい!」
門番達が元の配置へ戻り、騎士も一礼して去っていった。
サンはスンスンと鼻水をすすりながら、馬車を通行証発行の列へと並ばせる。
「うぅ~また私は間違いを犯しました・・・うぅぅ」とサン。
「サンが間違った訳では無いよ。彼奴等がちょっと勘違いしちゃったので、つられて勘違いしそうになっただけさ」と言いながら、ドモンが馬車に乗り込む。
「私は気分よく受け入れちゃったわ。さあどいてどいて!って・・・私が偉いわけでもないのにね」とナナも馬車に乗り込んだ。
「そういえば父がよく言ってたわ・・・私の娘に生まれたからといって、お前さんが偉いわけじゃないって。よく近所の子に自慢してたのよ私。チヤホヤされたくって」恥ずかしそうに思い出を語ったエイ。
「自分の生まれた家や親を自慢したり、逆に自分の家や親を蔑んだり、他人を羨んだり馬鹿にしたりなんて、本当に馬鹿馬鹿しいことなんだ。特別扱いを受けいれて、鼻を高くしている奴もね」
「あぁ・・・」
ドモンの言葉でドモンの生い立ちを思い出し、ナナが声を漏らす。
ナナはそれを聞いて酷いと思ったし、ドモンが不幸で可哀想だとも思った。
だけれど、ドモンはそれに対して愚痴なんて言っていないし、それよりも生んでくれたことを感謝していた。
誰かを羨むこともなく、誰かに媚びへつらうこともなく。もちろん威張り散らしもしないし、頭を下げられるのも嫌がっている。
「まあ今までこんな事をやられてた側の人間だったから、少し嫌だっただけだよ。自分がやられて嫌なことは、他人にはしないようにしてるんだ。付き合わせて悪いな」とドモンがタバコに火をつけた。
この一連の出来事で、ナナもサンも、また少しだけドモンの本質を知った。
窓の外を覗くと、通行許可証を発行してるらしき門番が、猛烈な勢いで発行を繰り返して列を次々に進ませていた。
恐らくドモン達を気遣ってのもの。
「あーあ。あんなに張りきらなくったっていいのに」と溜め息を吐くドモン。
「あれならまあ、他人に迷惑をかけているわけでもないからね。気を使ってくれてるのよ」とナナがドモンの背中に抱きついて、ドモンの右肩に自分の顎を乗せた。ついでに少しだけ首元をクンクン。
ドモンが煙を吐きながら、暇そうにふぁあ~と大あくび。
背中に当たるナナの柔らかいものがポカポカと暖かく、頭もボーッとしてくる。
「ゆ~っくり閉門の時間までやって時間切れになりゃ・・・」
「なりゃ?」
「戻ってエイとズッポシ出来たのに」
寝言のようにうっかり本音を吐いたドモン。
ハッと気がついた時にはもう遅かった。