第299話
「お前らいい加減にしろ!!馬鹿!!」
ドモンが怒るのも無理はない。
ナナには強めのお尻ペンペン、サンには『一週間お仕置きなし』という謎のお仕置き。
「サンが悪いのよイタタお尻が腫れちゃう」ベッドで四つん這いのままお尻を抑えるナナ。
「うぅぅ!!ジルが羨ましかったんです!!うーっ!!」椅子に座らされ、涙するサン。
徹夜して水浴びをしていない主人の股間の匂いを、寝てる間にこっそり嗅ごうとしていたということを知り、ただただ呆れるエイ。
「で、どうしたんだ?こんな時間に」時間はもう深夜と言ってもいい時間。
「え、ええ・・・実はあの場に父がいたらしくて」とエイ。
天才女絵師が描いた看板があると噂を聞き、わざわざ王都から足を運んでいたらしい。
そこで舞台上にエイの姿を見つけ、「まるでわかっちゃいないと伝えておいてくれ」とそばにいた騎士に言い残し、去っていってしまったという。
「とりあえず帰って自分で聞いたら?」
「・・・自棄になって家を飛び出して、もう死んだって別にいいとこんな仕事についてしまって・・・」
「もう合わす顔がないと?」
「ええ・・・」
確かに常識的に考えれば、その気持ちはわかる。
せめて自分の絵を褒めてくれていたなら、少しは顔も合わせやすかっただろうけれども。
真剣な表情でドモン達が考えている中、ナナは泣いているサンの鼻に自分の右手の匂いを嗅がせていた。
クンクンと嗅いで驚きの表情を見せるサンに「さっき起きる前にドサクサでこっそり手を突っ込んだの」と耳打ちをするナナ。
もちろんそれはドモンにすぐバレた。
「どどどうして私まで水浴びをしなくちゃならないんですか!!」とドモンに無理やり脱衣所で脱がされ、大事なところを隠しながらしゃがむエイ。
ナナとサンは経緯が経緯だけに、いつものように強く出られずにいた。
「うるさい!最初出会った時、俺の顔の上に下半身丸出しで跨って小便を飲ませようとしたくせに」
「あ、あ、あれはまだ正気ではなかったから・・・」「え?!」「ええ?!!」
今度は両手で顔を隠したエイ。
「逆ならまだわかりますが」と言ったサンに対して、ナナがもう一度驚きの声を上げた。
「とにかくスケベ職人の本気の身体の洗い方を、ふたりにも教えてやってくれ」
「うぅ・・・足を洗えと言ってたのに・・・」
「だからうるさいっての!これが本物の筆使いだってところを父親にも見せるんだろ?」
「この筆のことではないですよ!!絶対に!!」
石鹸を使用したプロの技に「おほー」と喜びの声を上げるドモン。
身も心も何かもスッキリし、すっかり上機嫌。
「じゃあふたりにも同じ事やってあげてよ。そしてふたりにも技を完璧に伝授させておいてね。俺は先に寝るから」
「え?」「え?」「え?」
「もし明日までに出来るようになってなかったら、お前もお仕置きだからな。また地獄を見せてやる」
「ちょちょちょっと待ってください!!え?!」
パッパと着替えて部屋へと戻ってドモンは眠りについた。
残されたナナとサンは、ドモンと同じように・・・いやそれ以上の本気でエイに身体を洗われ、絶頂・・・ではなく絶叫を繰り返すこととなった。
チュンチュンと清々しい朝。
ドモンの両隣にはナナとサンがまだ寝ていたが、石鹸の匂いがものすごく、うっかり何かのお店と勘違いしそう。
ナナが「右手で私の左手を握って、くるっと仰向けになってください・・・むにゃ」と寝言を言っていた。
この日はついに王都へと入る予定。
ただエイの件があるので、王宮に行くのは後回し。
集まった大工やオーガ達に改めて解体や建築に関する指示を出し、昼食後には出発予定。
もう一軒の取り壊し予定の建物を仮宿舎とし、しばらくはそこで全員寝泊まりをすることになった。
昨日の一件もあり、貴族や騎士達はもちろん、大工や鍛冶屋などもすっかりオーガ達と打ち解け仲良くやっている。
朝からエリー似オーガ改めエミィが、食事の準備で大張り切り。
ドモンへの差し入れとして持ってきていた大量の牛肉と豚肉は、1ブロックずつだけドモンが譲り受け、あとは全員の食料とすることに。
塩と胡椒で焼くだけでも絶品の肉に、朝っぱらだというのに大工達もおかわりの連続。
それがエミィは嬉しくて、おかわりされる度に涙ぐむほど喜び、ぴょんぴょんと跳ねては男達の目を楽しませていた。
「じゃあ貴族の皆さんやオーガ達もあとはよろしくな。もし何か気になることがあったら相談に乗るから。・・・多分」
「うむ」「お任せください!」
「エミィも男達にスケベなことされそうになったら、お兄さんに助けを求めるんだぞ」
「うふふ!大丈夫ですよぉ!」
「ワハハ!平手打ち一発でのされちまうよ」とドモンの冗談に答えた大工のひとり。違いないと皆も同意し、エミィがそんなことはしないわよと笑顔のまま怒ったフリ。
馬繋場に置いていた馬車を取りに行ったナナとサンがやってきたので、エイと一緒に乗り込むドモン。
「あ、そうだ。エミィ、娘とか呼んで街で買い物させてやってもいいからな。王都はまだだけど、この街ならもう平気だから。貴族の皆さんもオーガ達の受け入れ頼んだよ。こいつらは街の守り神になるはずだから」
「!!!!!」「ふむ、確かにそうであるな」「改めてそのように街の者達に通達しておこう」と貴族達も了承。エミィは驚く。
「恩に着るよ。あと給金も弾んでやってくれよ?」
「ハッハッハ任せておけ。エイ殿もいつでも屋敷の方へいらしてくだされ。歓迎する故に」
「は、はい」
エイもいきなりの事で驚き、エミィはボロボロと泣き出してもう言葉にならない。
エミィと兄が抱き合い喜びを分かちあった後、オーガ達は改めてドモンへの忠誠を誓った。
貴族達は、王族とツーカーな関係のドモンやエイとの面通しも叶い上機嫌。
昨日の一件でカールの義父とも顔つなぎが出来、再度面会する約束を得てホクホク顔。
この一大事業が無事成功した暁には、新たな爵位が与えられる予定。
「じゃあな」と窓越しに手を振ったドモンに、皆も手を振り応えた。
「では出発しますよ~はぁい」というサンの掛け声で、馬車が王都に向け走り出す。
「なんか私も少しだけ慣れてきました」とエイ。
「どうしたの?」とナナ。
「貴族様相手に『じゃあな』と言うドモン様と、それを当然のように認める貴族様達の態度に」
「わっかるわ~!領主様相手にもこんな態度で・・・っていうかクソジジイってお互いに言い合って喧嘩するのよ?カールなんてあだ名も勝手につけちゃったし」
エイとナナの会話を聞きながら、御者台の上でフフフと笑うサン。
「でもあんた、王様相手にもそんな態度は絶対にやめてよ?」と膝枕で寝ているドモンに話しかけるナナ。
「わかってるってば」
「イライラしても爆発しちゃダメなんだから・・・うぅなんか急に寒気してきた」嫌な予感にナナがブルブルと震える。
「こ、国王様相手にもそうしてしまう想像がなんとなく出来てしまうのが怖いところね・・・」とエイもドモンの顔を見た。
「そんなことよりも、今はエイの父親をどうするかの方が先だよ。かなり変わり者で頑固だろ」
「えぇ・・・失礼な話だけど、正直ドモン様の方がかなりまともと言ってもいいと思うわ。それこそ国王様相手でも関係がないといった態度で、目も合わせずに門前払いするような人だから・・・」
馬車の外の流れる街並みを見ながら、遠い目でドモンに語るエイ。
「この世界になぜいるのかわからないけれど、俺にとっては光栄だよ。一度会ってみたかった。エイもホークも・・・いや、本当の名はホクサイか」
「ええ・・・」
そんな会話をしながら馬車は王都の門の前へ到着した。