第292話
「エイって王都に戻るって言ってたよな?あ、そうだ。ナナとサンもここに名前と一言書いてよ、ジジイ宛に。俺ひとりだと偽物だと思っちゃうだろ?」
「ええ」「はい」「うん?なにが?」
『サンです。御主人様がお怪我をなされたので、良い薬草をください』「これでいいでしょうか?」とサン。
『ナナだよ。おじいちゃん、ドモンはスケベな街のスケベな店にいるわ。エルフ達と浮気もしたの』「居場所も書いておいてあげたわよ」とナナ。
「ああナナの馬鹿!なに余計なこと書いてんだよ!告げ口なんて卑怯だぞ!!」
「誰が悪いと思ってんの!!今日はこれからたっぷり搾るからね!!」
「うぅ・・・」
浮気した分の倍返しが基本ルールのふたり。
なぜか許可していたはずのサンの分まで加えて指折り数えるナナ。
「王都に帰ったついでにジジイにこの手紙を届けてほしいんだ。なるべく急ぎで」
「ええと・・・嘘だと思うけど、もしかしてそのジジイって・・・」
「ああ、さっき言ってた王族のジジイだよ。名前は忘れた。ドモンからだって伝えりゃ届くから、王宮の誰かに渡してよ」
「ひっ・・・」
王宮に入れるはずもない。エイは大いに焦った。
ドモンも言ってからよく考えたが、知り合ったばかりの人に『皇居にいる〇〇様にこの手紙を渡しといて』と頼んだようなものだと理解し、焦っているエイにすぐに謝った。
「ごめんごめん。騎士でも何でもいいわ。一応俺も招かれている立場だし、ドモンからだと言えば騎士が届けてくれると思う。大至急で頼むと言っていたって伝えてよ」
「き、騎士様も話しかけるのはかなりきついんだけれど・・・・」とドモンの言葉にエイはぐったり。
憲兵は元の世界の警察官のようなもの。
騎士の立場はそれよりもずっと上。
いざとなれば自分の判断で住民を避難させたり、憲兵に指示を与えることも出来るそんな立場だ。
王族や貴族の屋敷に常駐し、その人達と会話もすることがあるのだから、警察官とはまた訳が違う。
なので憲兵は『憲兵さん』だが、騎士は『騎士様』と呼ばれている。
ちなみにドモンはよくわかっていなかったが、騎士達が片膝をついて「ドモン様」と言った時、ナナが「ドモン貴族様みたい!」と言ったのはそういう理由もあってのこと。
そんな騎士達をアゴで使っているどころか、騎士達が自分の命を捨ててまでドモンを護ると宣言しているくらいなのだから、カールの義父が「自分の立場を弁えろ」と言うのも至極当然の話。
「急ぎということならもう行くわ」とエイが手紙を持ち立ち上がる。
「え?急いではいるけど、流石にこんな夜中じゃ危ないだろ。朝までズッポシ・・・じゃなかった、一眠りしてからでいいんじゃないか?イテテテテ!!!」
ドモンの腕の肉をつまんで180度くらい捻るナナ。
「フフ、ここより危険な場所なんてないわよ。ただまあ問題は、王都に入ることが出来るかどうかなんだけど・・・」
「許可申請とかなんとかか?」
「しっかりとした職についていれば平気なんだけど、私は・・・それに夜は門が開いていないの」
「まあそこで手紙渡しちゃったら?多分それで大丈夫だと思うよ?」
緊張しているのか自分に自信が持てないのか、エイはフゥと小さくため息を吐いて無理やり微笑んだ。
この時エイは『ドモンからの手紙』に、どれだけの威力があるのかを知らなかったためだ。
エイが街を抜け、王都入り口に着いたのは夜が明ける少し前。
当然まだ開門はされておらず、十数名の門番がいるのみ。
覚悟は決めていたはずなのに身体はガタガタと震え、歯がカチカチと鳴る。
エイが門番に近付くと門番達は一斉に睨みつけ、剣の柄に手をやる仕草。
「て、手紙を・・・いそ・・ぎの・・・あの・・・」
エイはもう泣きそう。
「何だ貴様は!!」「止まれ止まれぃ!!」「開門してから来い!」
「ヒィィ・・!!」
一気に捲し立てられたエイ。
それもまた当然の話であり、エイもそうなると思っていた。
「うぅぅ・・・おねがい・・・お願いします!ウゥゥゥ!!この手紙を・・・」
「手紙が何だ!!」
「きゃあ!!」
門番のひとりに威嚇され、尻餅をついたエイ。
腰が抜けて立てなかったが、誰一人助けてはくれない。通行人も見て見ぬふり。
元の世界で喩えるならば、皇居の門の前で手紙を持った風俗嬢が、皆が寝静まっている早朝に、皇族に手紙を渡そうとしているところを想像するとわかりやすい。
あまりにも無茶すぎるのだ。それを一番わかっているのがエイ本人。
「ド、ドモン様から・・・うぅぅぅ・・・」
「む?」
ドモンの名を聞き、乱暴に手紙を預かった門番。
中を確認し首を傾げ、詰め所のようなところに戻っていった。
その間他の門番がやってきて、エイのことを見張る。
もし偽物の場合やドモンの名を語った何者かであった場合、捕らえなければならないからだ。
門番から手紙を受け取り確認した騎士のひとりが、やはりまた同じように首を傾げながら馬に乗って駆け出した。
その騎士が騎士仲間に手紙を見せ、その内のひとりがひったくるように手紙を奪い、王宮まで馬を全力で走らせた。
まさに全ての力。この速度で馬を走らせたことがないほどの全速力。
その二十数分後、王都の門は開門した。
もちろん、異例中の異例のことである。何頭もの馬が門のそばで呼吸を荒くしながら、倒れるように座り込んでいる。
十名ほどの騎士達がエイの目の前にやってきて片膝をつき、門番達は目を丸くした。
ひとりの騎士が手を差し出し、エイはヨロヨロと立ち上がる。状況をまったく理解出来ぬままで。
更に十数分後、空が明るみだした頃、騎士の大軍、そして数台の馬車が目の前の王都の大通りを、川の激流を彷彿させるかの如くドドドドと音を立ててやってきた。
それを見てエイは正直「終わった」と思った。
早朝にも関わらず集まり始める野次馬。
それを威嚇するように並ぶ騎士達。
その輪の中心にはエイ。
「そなたがエイ殿か?!」馬車から飛び出してきた威厳のある人物。カールの義父である。
「はひ」カッチカチに固まるエイ。
「おおよくぞ参られた。怪我はないか?大変な思いをさせてすまなかったな」と義父も片膝をついてエイの手を握った。
もうエイは訳が分からない。
ドモンの手紙の最後には、こう記してあった。
『手紙を届けたこいつは俺達の命を助けてくれた恩人で、例の画家の娘でもある。もし少しでも無礼な態度取ったら、俺はこのままもう帰るからな!縁も切る!わかってるな?ジジイ』
ドモンという人間の重要さは、王宮内でも知れ渡っている。
新型馬車に一度でも乗ればそれはわかる。
カールの義父が常々自慢して回ったことも一役買っていた。
ドモンと出会った仕立て屋達も、事あるごとにドモンの名とその凄さを語っていた。
ドモンが思うよりもずっと、王族達はドモンを待ちわびていたのだ。国王でさえも。
続々と馬車から降りてくる王族達が、皆エイの前に跪く。
エイは開いた口が塞がらない。
ただ呆れたというわけではなく、あまりのことに口を閉じる力を失ってしまったのだ。
少し遅れて貴族達もエイへの挨拶を希望していたが、時期早々であると王族達に突っぱねられていた。
奥では騎士達が門番達を叱責しているのが見え、エイはなんだか気の毒に思えた。
「そ、それでドモンは?!容態はどうなのだ?!」と義父。
「は、は、はい!ドド、ドモン様は顔を何度も蹴られ骨折したらし・・・」
「ぬぅ!!!」
「ヒィィ!!」
エイの報告の途中で思わず立ち上がった義父。
サンが手紙に薬草が欲しいと書いてあった事もあり気にはしていたが、そこまでだとは想像もしていなかった。
ただナナからの呑気なドモンの浮気報告が唯一の救い。
もしそれがなければ、街ごと一掃してしまおうかとも思っていたのだ。
「おお、驚かせてすまぬ。エイ殿、手間を掛けるのは承知しておるが、ドモンのところまで案内してくれぬか?此奴が急いできてくれだのと言うということは、恐らく一大事なのであろう?」
「は、はい!実はその・・・私は男性相手の店のその・・・」
「ああ、手紙に書いておる。それ以上は言わぬで良い」
「・・・はい。それでその店が集まるところで、ドモン様が暴行にあい、奥様達が拐われ客をとらされ・・・」
「!!!!!」
義父を含む王族達、そしてドモン達と旅をした一部の騎士達の目の色が変わる。怒髪天を衝く。
その雰囲気に一気に血の気が引くエイ。
ドモンが怪我をさせられたという事でも怒りが湧いていたが、ナナとサンが拐われた事は書いていなかったため、皆知らなかった。
「あ、あの、小さな奥様・・・サン様の方は何事もなくドモン様が救い出しました。ナナ様も少し客に触られていたそうですが、大事に至る前に私とエルフの皆さんとで救い出しました」
「そ、そうであったか!」「おお・・・」「ありがとうございます!!」
「ですがその店のボス・・・オーナーがドモン様との賭けに負けて自棄になり、毒を使用して幽閉していたオーガを解放し暴れさせ逃げ出したのです」
「オーガだと?!街にオーガが居ったというのか?!」
エイの言葉に安心したのも束の間、とんでもない告白に驚愕する一同。
「建物を半壊させ、襲われる直前でドモン様とサン様がオーガの毒を抜いて正気に戻し、今に至るというわけです。それでオーガの今後についてや街についての相談があると・・・オーガ出現の噂が広がりきる前になんとかしたいらしくて」
「なるほど。そういう訳であったか」
改めて手紙を見つめる義父。
手紙にはオーガのことは書かれていなかった。
万が一他の者に手紙が渡った場合、大混乱になることを危惧し、敢えて書かなかったのだろうと義父は察する。
「急がねばなるまい!私が代表して向かう故、皆は王宮で待機を。騎士達は大至急準備し隊を整えるのだ!」
「うむ」「はっ!!」
王族達が次々にエイに挨拶を済ませ馬車の中へ。
騎士達は四方八方に一気に散らばり、大慌てで準備を整え始めた。
「ささ、エイ殿も馬車の方に乗ってくだされ」と義父がエスコート。
「え?!私が同じ馬車へ乗るのですか?!」驚くエイ。
「ハハハ当然であろう。もしエイ殿を乗せなかったなどとドモンに知られれば、どれだけどやされ嫌味を言われるかわからぬからな」
「い、一体ドモン様は・・・何者なのでしょうか??」
「女好きで浮気者の元ギャンブラーだと言っておったな。まあ私の馬鹿む・・・いや、息子のようなものだ」
カールの義父はそう答え、エイや部隊長や護衛の騎士と一緒にファルの新型馬車に乗り込んだ。