第291話
「うー!!皆さんの前であんな辱めなんて酷いですぅ!!御主人様のばかぁ!!」
「い、いや・・・もうこれしかないと思ったんだよ。おしっこの臭いにゴブリン達もよく反応してたからつい・・・」
「別にサンのじゃなくったっていいじゃないですか!それにお酒を飲ませた意味もわかりません!!うぅ~!!」
「た、確かに・・・慌てすぎて思いつかなかったんだよ。ごめんごめん」
二階の風呂場でドモンとサンが水浴び。
サンを抱えていたドモンまで汚れたためだ。
サンはあの後も何度か戻してしまったが、その度にドモンが優しく介抱してくれていたので、実は結構満足している。
しかしこんな機会は滅多にないと、ドモンに甘えに甘えた。
まだ少し酔いは残っているけれど、ご褒美タイムにサンはご満悦。
オーガの事を解決したこともあり、ナナも許してくれていた。
そんな水浴びをするほんの少し前のこと。
青いオーガが大量に嘔吐した際に、ぐったりとしてその場に倒れたのだが、吐き出したキノコを見るなりエルフ達が大慌てで嘔吐物を魔法で焼き払った。
「離れて!このキノコは猛毒があって、その胞子を吸い込んだだけでおかしくなっちまうよ!」
「オーガだってこれをこんなに食べりゃ、身体をおかしくもするさね」
色んな意味で呆れるエルフ達。
こんなものを大量に食わせ続け、人間がオーガを街の何処かに幽閉していたこと。
そしてこんな猛毒をこれだけ摂取しても生き長らえていたオーガに対しても。
「う、うぅ・・・俺は一体・・・ゴホ」
「おい!正気に戻ったのか?!」
まだ水浴び前の汚れたドモンがオーガに声をかけた。
お互いに酷い臭い。
「オェ!た、頼む・・・水を・・・」
「任せて!ウォーターボール!!」
ザブンとオーガの頭から水を浴びせたナナ。
「おいナナ、水が飲みたかっただけなんじゃ・・・」顔を引きつらせるドモン。オーガの怒りを買えば、全ては元の木阿弥となるからだ。
「嘘?!ホント??ご、ごめん私ってば・・・」ナナはいつもの調子。
「い、いえ・・・少し飲めましたし、それにお陰で頭がスッキリとしてきました・・・あとニオイも流れましたし・・・」
「な、なら結果的に良かったわね?!正解よね??ね?!」
オーガに恩の押し売りをするナナ。
ぐったりしているサンとオーガ以外の全員が、ジトっとした目でナナを睨む。
そうしてドモン達はその場で簡単にその経緯を聞いた。
街の地下にある鉄の分厚い板で出来た牢獄に、毒キノコだけを与えられて捕らえられていたことを。
それもなんと、その生活を二十年以上も続けていたと言う。
「訳は後で詳しく聴く。今はまず俺もサンを連れて水浴びをしてくるよ。流石に気持ち悪いからなこのままじゃ」クンクンと自分の服の匂いを嗅いだドモン。
「まあ今回はサンのおかげで助かったことだし・・・・多少のことは目を瞑ってあげるわ」とナナも了承。
「じゃあその間、ナナとエイは一旦こいつをボスの部屋に連れて行って、もう少し介抱してやってくれ」
「わかったわ」「えぇ」
「婆さん達は外で騒いでる奴らを鎮めてくれるか?もちろん暴力的じゃない方法でな。今オーガを眠らせたから騒いではダメだとかなんとか言っといてくれ」
「仕方ないねぇ」「お安い御用さ」
「じゃあ後でそのボスの部屋で待ち合わせということで」
そう言ってサンを抱えたドモンは、風呂場のある二階へと階段を下りていった。
一時間半後、信じられない程ツヤツヤしつつ不貞腐れた顔のサンと、驚くほど顔からシワが消えたエルフ達が気まずそうな顔で、ドモンと共にボスの部屋へ。
「随分と遅かったわね」
「お、おう・・・す、少しだけ手こずっちゃって。サンがなかなか目覚めなくてね」
「・・・・」
ドモンと視線も合わせないナナ。
焦るドモンと口を尖らせたままのサン。
「ま、まさか本当に奥様が言ってた通りに?!」と驚くエイ。
「間違いないわ」とナナ。
「な、何が??サ、サンはほら!頑張ってくれただろ?だからその、もうサンとも結婚するんだし。あ!式についての相談もしなくちゃならないな!ね?サン。ゴメンな随分遅れちゃって。本当ならもう結婚してたはずなのに」
「はい・・・」もの凄く頬を膨らませているサン。
ナナとエイの会話を聞いていた青いオーガは、その雰囲気だけでまた吐きそう。
「ドモン様・・・ここはもう素直に白状しちまった方が・・・」
「何が?何がですか?別に白状することなんて何もないもん」
「もう無駄じゃて・・・」
「そんなことはない!そうだろ?」
「全てお見通しさね・・・」
「ゴク・・・」
ナナに向かって詫び始めたエルフ達。
自分達から誘ったわけではないと説明しつつ。
キッとドモンを睨みつけるナナ。
サンの方を見て助けを求めたドモンだったが、サンはプイッと横を向く。
「べ、別にいいだろ!!本当はどこかの店でしようと思ってたことだし!!」
「開き直ったわね」
「う・・・エルフの身体を調べようと思ってただけなんだよ本当は。少し若返ったように見えたし。たまたまサンと風呂場から出たらエルフ達とばったり出くわして」
「エルフの皆さんの声がすると言って、慌てて裸のまま飛び出していったんです」完全にトドメを刺したサン。
部屋に響き渡るパーンパーンという高い音。
とんでもない修羅場を迎えるのでは?と心配しているエイとエルフ達、そしてオーガ。
が、その後は随分と穏やかな会話。
「王都に行く前になんと約束しましたか?」
「浮気しちゃ駄目って」
「はい。もうひとつは?」
「むやみに女の人を押し倒さないこと」
「はいよく言えました。そしてそれはきちんと守れましたか?」
「ごめんなさい・・・」
王都どころか、王都の手前の街で全ての約束を破ってしまったドモンは大反省。
顔の怪我のこともあり、それ以上のお咎めはなしという状況に驚くエイとエルフ達。
女性側の立場としては信じられない。
「そ、それで終わり??私が言える立場ではないけれど、お、奥様なんですよね?ええと、こちらの方が第二夫人で・・・ちょっと待ってちょっと待って!頭が混乱してるわ」とエイ。
「私はまだ・・・式はこれからの予定です!ウフフ」照れるサン。
「ちょーっと待ちなさい。待って!まだ籍を入れていないんだったら、今の時点では普通に浮気になるんじゃ・・・で、その浮気の最中に三人と浮気して怒られていたということよね?!」
「そうなるわね」「そうです。奥様の許可は頂いてましたが」「そうなるのかの」「そういう事さね」「うむ」
当然のように答える女性達。気まずいドモンに何故かオーガまで気まずい気分。
エイの頭は大混乱。
自分がおかしいのか他がおかしいのかを、改めて頭の中で整理した。
「不倫や強姦は駄目だと反省させて終わりなの??」エイが目を丸くする。
「ひ、人聞きが悪いな・・・そんな乱暴なものじゃないし・・・ねえナナ」
「そ、そうね・・・」
「かなり強引だったがのぅ・・・」と遠い目をするエルフ。ほぼ押し倒したと言っても過言ではない。
「ほらやっぱり。これで離婚になってもおかしくないくらいよ?普通は」とエイ。
ナナ以外の女性陣に責められに責められるドモン。当然の報いだけれども。
なぜか一番怒るべきでもあるナナが、ドモンを庇う羽目となった。ドモンはナナの後ろにコソコソ隠れる。
もっと怒るべきだの、しっかり反省させるべきだの、ドモンの教育方針を巡って議論は白熱。
「じゃあドモンが自分の旦那だと想像してみてよ!仕方ないじゃない!!」
ナナのその言葉で、ドモンとの結婚生活を頭に浮かべるエイとエルフ達。そしてサンも。
自分がドモンのお尻を叩きながらお仕置きをしてる姿を想像し、一気に恍惚とした表情となった。
結局行き着くところはケーコと同じ。
ドモンに食べられ、そしてドモンを飼いならす快感。
自分を頼りにしなければ生きられないくせに、すぐにあちこち行ってしまうワガママな飼い犬。
「ふぅん」「はぁん」「ふぅ」「し、仕方ない男さね」「まったく・・・」
『ドモンを叱る自分』『ドモンを躾ける自分』『ドモンの欲求を満たす自分』等を想像して、うっかり興奮してしまう女達。
すっかり妙な空気になり、ようやく場は落ち着いた。
ドモンのように、ナナが思考誘導した結果であった。
ナナもいつの間にか同じような能力を身に着けていたのだ。
ちなみにサンもジルに対して無意識に誘導を行い、ジルを何かに目覚めさせている。
この能力はふたりともドモンから授かったものだ。自覚はないけども。
「さあそんなことより改めて詳しい話を聞かせてくれるか?」とドモン。
「は、はい・・・」とオーガ。
「俺・・・私はとある理由で、棲家にいられなくなってしまい・・・」
「『俺』でいいよ。話しづらいだろ」
「す、すみません!で、新たな住処を探して転々としていたところ、とある人間達と仲良くなり、ここに連れてこられたのです」
「ほう」
ドモンがオーガから話を聞き出し、更に詳しい事情が見えてきた。
「途中で何かおかしいなとは思わなかったのか?」
「牢に捕らえられ、キノコを食べた後に幻覚が見え始め、これはまずいと脱出を試みましたが、鉄で出来た牢があまりにも軟らかすぎて・・・」
「て、鉄が軟らかすぎるって・・・殴っても暴れてもグニャグニャするだけで出られなかったというわけか」
「はい・・・食料はキノコのみで、腹が減り仕方なく食べているうちに、気がつけば我を失っていたのです」
「なるほどな」
全てが規格外すぎる。
そしてそれが二十年以上続いていたのだ。
今こうして普通に話しているのが奇跡。
「すぐにお前を帰してやりたいところなんだけど、かなり暴れてしまったから簡単にはいかないんだ」
「えぇ・・・理解しております」
オーガが出現したという情報が街全体に広がっているのは明らか。
ただエルフ達が鎮めてくれたおかげで、ギリギリ秩序が保たれている状態であった。
「なんとかしてあげてよドモン」
ナナは少しだけだがこのオーガと話し合って、本来ものすごく優しい性格のオーガだと知った。
長い間、こんなにも酷い目にあっていたというのに、何度も何度もナナとエイにオーガは謝罪していたのだ。
周囲の人間の怪我の心配までしていた。
「うーん・・・ジジイの力とあのオーガ達の力を借りるしかないか」
そう言ってドモンは、ボスの机の上にあったペンを取り、そばにあった紙に何かを書き始めた。




