第286話
ドモンがサンを救い出す少し前。
画家であるホークの娘エイが、ドモンのもう一人の連れ、つまりナナの居場所を探っていた。
ただそれも一筋縄ではいかない。
ここに集う者達は皆仲間であると共に、客を奪い合うライバルでもある。
エイがいた店や女ボスの店などは、あれでもまだ随分と穏やかな方だ。
話し合いの場を設けたり、従業員の健康にも気を使っていた。
問題はナナが連れ去られた方の店達。
簡単に足抜けできないのはどこも同じだが、エイの店では大金を払う受取人さえ現れれば解放された。
けれども向こうの店は事情が違う。
ここを出られるのは死体になった後のみだった。
たとえ生きて逃げたしたとしても、必ず捕まり、見せしめに酷い殺され方をすることもあった。
精神的に病めば薬漬けにし、着衣は全て燃やされ、裸で飼われる。
年老いていても、まだ幼くても、関係はない。
奴隷として売られ、性奴隷と化す。妊娠をすれば強引に中絶を繰り返す。もう客が取れないとなれば口封じ・・・。
その状況に女は精神を破壊されるが、そんな女を敢えて求める客もいるのだ。
この環境の中でエイもおかしくなっていたが、ドモンのおかげで目が覚めた。
エイは一度店に戻りエールを一杯引っ掛けてから、下着を全て脱ぎ捨て、気合を入れて覚悟を決めた。
もしかしたらドモンとの約束は守れなくなるかもしれない。
だけれども、ドモンを悲しませるような目にあわせるわけにはいかない。
エイは酔ったふりをしながら、護衛の大男達に話しかけていった。
大事なところを曝け出しつつ。
数年ぶりに感じた恐ろしいほどの羞恥心。
今まで何故何も思わなかったのか?何故何も感じなかったのか?
水浴びの場で、みんなが裸なのだから自分も裸で構わないと思う感覚。
みんなが男に見せているのだから、自分も見せても構わない。そう思っていた。
何なら逆に、長いスカートを穿いてまともなお洒落をする方が、余程恥ずかしく感じていたくらいだ。
まともな感覚を取り戻したエイだったが、今ははしたなく男を求める自分を演じなければならない。
セクシー専門の女優ではなく、セクシー専門の女優役をやる女優である。
「み、見てよほらお兄さん達、あ、あたしってばすっかり発情しちまったんだけどさ・・・くはっ・・・」
「な、なんだってんだ」
どうにもいつもと様子が違う女の姿に、戸惑う大男達。
結構な歳だというのに、今日はやけに色っぽく目に映る。
ドモンの爪によって活性化された女の細胞が、肌に張りと艶を持たせ、エイに女の魅力を取り戻させていた。
その瞬間、プーンと香る発情したメスの臭い。
エイは大慌てで着衣を戻し、「あ・・・あ・・・み、見ないでお願い!」と恥じらった。
もうそれは作戦でも何でもない。女としての本気の恥じらいだ。
そしてそれは、大きく男心をくすぐることになる。
「こ、来い!俺が慰めてやる」「いや俺だ!」
「いやダメよ!ダメダメ!!私、言伝を頼まれているの。それが済めばいいけれど今は駄目」
「誰から誰にだ」
「さっき連れてこられた胸の大きな女性よ。その人に会えたらその後たっぷりと可愛がって?みんな順番にほら・・・」
ひとりの男の元気な何かを撫でるエイ。
「それなら俺のとこだ」
「じゃあ言伝が済んだら、あなたから抱いてもらおうかしら?」
「次は俺だ!」「いいや俺だ!!」
最後に震える手でもう一度スカートを捲ってみせ、男達の歓声が上がったところで建物の中へとエイは飛び込んだ。
名前もわからない。
顔も薄っすらとしか覚えていない。
記憶があるのはあの体型。あれだけは絶対に忘れない。
階段を駆け上がると、あちこちから女達の悩ましい声が聞こえていた。
だがドアを開けて確認するわけにもいかず、エイは焦る一方。
どこにいるのかも聞くべきであった。
三階のボスの部屋の前にいる護衛達にもそれとなく探りを入れたが、すでに客を取らせているということだった。どこの部屋かは聞けなかった。
「まずいわ・・・それじゃドモン様が・・・」
悲しむドモンの顔が頭をよぎり、エイは涙を滲ませる。
誰かを想う誰かのために涙を流したのなんて、記憶にない。
エイは一階へと降り、殺されてもいいと覚悟を決め、ドアを端から順番にひとつひとつ開けて確認することにした。
途中で見つかれば御の字、たとえ見つからなくても、自分が大騒ぎしながら殺されれば、部屋から飛び出してきてドモンと会えるかもしれない。
それでいい。それしかない。
『ごめんねお父さん。私、何者にもなれなかった』
偉大なる父の背中を超えるべく、大海へと飛び出したエイ。
ただその父は、あまりにも偉大すぎたのだ。
どんなに頑張ろうと父と比べられてしまう。
父親の劣化版。そう言われた。
画風を変えようと模索しても、どうしても現れてしまう父からの影響。
そうしてエイは闇へと堕ち、全てを捨てた。
それを拾い上げたのはドモン。
ドモンはそんなエイに地獄を見せた。
とんでもない恐怖。
こんなものはきっと誰も見たことがないはずだ。少なくとも生きている人間には。
そう。あの偉大なる父でさえも。
この地獄の風景を描けるのは、自分しかいない。
筆を持ちたい。筆を持ちたい!今すぐに筆を持ちたい!!
そして父とドモンにそれを見せ・・・
階段を降りながら涙を手で拭うエイ。
きっとその夢や願いは叶わない。
そんなエイの目の前に老婆が現れた。
数人の老婆を引き連れ「あの人のお連れさんを探しているのかい?」と微笑みながら。
「あ、あなたは、占いの??」
「ああ」
「あの人を・・・ドモン様を知っているの??」
「ああ」
占いでも何でも良い。
今は何かにすがりたい。
とにかく誰でもいいから手を貸して欲しい。
「お、お願い!!力を・・・」
「ああ任せておくれ。あのお方の波動はしっかりと感じているよ」「二階だね」
見た目と反して、軽快にスタスタと階段を上っていく老婆達。
外で転がる大男達を横目に見ながら、エイは慌ててそれについて行った。