第281話
「これは俺が想像していたよりも大きな街だな」
王都近隣の街のひとつではあるが、その規模はカールの街とは桁違い。二階建てや三階建ての建物が密集している様子は、元の世界の商店街のよう。
何より、きっちりと道路と歩道が分かれており、自由に行き交っていたカールの街とは完全に別物であった。
片側一車線の道路で、日本と同じ左側通行。
「王都には入ったことないけど、この辺の街までは来たことあるの」とナナ。
王都に入るには許可が必要だったのと、正直都会過ぎて気が引けたというのもあって、ナナは中には入らなかった。
ものすごい田舎町から東京を目指してやってきて、神奈川かさいたま辺りでビビって引き返したようなものだろうと考え、思わずドモンは吹き出した。なんともナナらしい。
サンは一度だけ貴族達の世話係として王都に入ったことはあるものの、街を散策したことはなかった。
その際に聞いた情報は、しっかりと頭に残っている。
「この街には10万人くらいの人が住んでいるそうです。様々なお店がありますが、主に冒険者さん向けのお店が多く・・・」
「多く?」なにやら口ごもるサンにナナが首を傾げる。
「食料や武器や防具、あとは・・・や、宿などでしょうか?」
「なんか誤魔化しただろサン」
「わ、私達のお店のようなお酒を楽しむような店が多いみたいです!」
サンから話を聞き、ニンマリとした笑顔を見せるドモン。
その笑顔を見たナナが何かをハッと思い出し、「だ、だめよ!」と大慌て。
「何の店だよ?」
「さ、さあ?知らないわ」
プイッと横を向いて、鳴らない口笛を吹くナナ。
「サン何のお店?ご褒美あげるから教えてよ」
「ごほ・・・サ、サンにはわかりません」
危なく心が揺れてしまったサン。
がしかし、なんとか堪えた。
「じゃあふたりに聞く。ハイかイイエだけで答えてよ。それくらいならいいだろ?」
「仕方ないわね」「わかりました」
「ふたりはその店に行ってみたいですか?」
「いいえ」「いいえ」
「その店でお酒は飲めますか?」
「いいえ・・かな?」「うーん、いいえだと思います」
「そこで一日働いてください」
「だ、だめよ!いいえ!いいえよ!」「い、いいえ」
「そこで働いている女性達は服を着ていますか」
「・・・・」「・・・・」
この質問に否定をしないということは肯定である。
「なるほどなるほどイヒヒ」とドモンのニヤニヤは止まらない。
「スッキリしてきていいですか?」
「駄目よ駄目!!いいえ!!」「絶対にダメですぅ!!」
いかがわしいお店、元の世界で言うならば『風俗店』で確定である。
やはりこの世界にもあった。
「そりゃ街も賑わうはずだな」
「もう~!男の人ってどうしてそうなのかしら」
「まあ言いたいことはわかるけどさ。でもほら見てみろよ、みんなの顔を」
「・・・・」
男達が生き生きとしているのは当たり前だけれども、何より街に活気がある。
祭の日の時のような、なにかしらの勢いが感じられた。
こういった店は街にとって必要悪であるのは間違いない。
良識ある者、もしくは良識があるふりをしている偽善者達からは特に嫌われているが、活気ある街には必ずと言っていいほど、大人のお店がある。
特にナナのように女性からは敬遠されがちだけれども、男のスケベ心は、人間が行動する上でのとてつもない原動力となりうるのだ。
ビデオデッキが普及したのはスケベなビデオを見るためだった。
パソコンなんかもそう。家庭用ゲーム機にはない、大人向けのゲームをするためだ。
インターネットはモザイクのない画像を見るためのものであった。
スケベな店がある街に男達がやってくる。
その男達相手の飲み屋が出来る。
そんな店で働く女性達のための店も出来る。
そんな店を経営する者達のための食料品店も出来る。
店が集まるところには人が集まる。
人が集まるところにまた店が出来る。
それらを繰り返しながら街は肥大し、その活気が爆発するのだ。
「変な店なんか無くなった方が子供の為にもいいと思うんだけどなー」とナナ。
「その方がきっとご家族も住みやすいですしね」とサンも同意。
「それは俺の国というか、街でも同じ意見があったよ」とドモン。
「そうでしょ?絶対にそうよ」
「で、本当に無くしちゃった地域があるんだよ。どうなったと思う?」
「人がたくさん集まる健全な街になったはずよ!」
ナナはそう確信していた。
子育てに適した健全な街は、殆どの女性達の理想である。
「かつて北のすすきの、第二のすすきのと呼ばれた街は、健全化を目指し、そして死んだ」
「え?!」
「50歳で芸人としてついに花を咲かせたとある人の実家がある街も、健全化を目指してしまって今は見る影もない。その影響もあって、近くの賑わいのあった商店街も、今はもうボロクソになったと言ってもいい」
「そ、そんな・・・」
人が来なければ店は潰れる。
店が潰れれば更に人は来なくなる。
その事実にサンもショックを受けた。
「その第二のすすきのの方は、現在も食品店などでなんとか体裁を保ってるような状況なんだけど、今住んでいる若い人はきっと驚くと思うよ。当時のその活気を知れば」
「そこまで違うものなの?」
「全く別のつまらない街になった。正直そこを目的地にすることは二度とない。ただ通過するだけの廃れた街だ」
「・・・・」
ドモンはすすきのも第二のすすきのもずっと見てきた。
今度カールの領地に作る街を『第二のすすきの』にしては絶対にならない。
「・・・というわけで、必ず視察しなければならないんだ」
「なんかまた」「騙されている気がしますぅ!」
「本当なんだってば!じゃあふたりともついて来りゃいいじゃないか。来れるものならイヒヒ」
「そうさせてもらうわ」「仕方ないですね」
「え??ほ、本気かよ・・・」
カールの街にあるような薄着の店とは違う本気のスケベな店に、なぜか女連れで行くことになってしまったドモン。
その結果、当然のように問題に巻き込まれてしまうことになる。




