第280話
出発の日の朝。
「じゃよろしく頼むぞ」
「はい!」「お任せください!」
宿が建つまで騎士二人がここに残り、オーガ達と一緒に過ごすと昨日の夜決まった。
ゴブリン達の時とは違い、護衛ではなく今回は人間とオーガとの橋渡しのため。
将来を見据え、ここは少しでもオーガ達の印象を良くしておかなければならない。
なのでまだ宿はないが、休憩場所として温泉を旅人に開放することにした。
その時に騎士とオーガ達とで軽くもてなし、良い噂を広めてもらおうということになったのだ。
ナナ似オーガとその父親、エリー似とサン似のオーガが騎士達と温泉に残り、残りは棲家に戻りつつ、牧場の規模を大幅に拡大する作業に取り掛かる。
「そっちも頼んだぞ。ただあまり無茶はしないでいいからな?」
「はい」「私がいれば平気よドモン様!」
ひとりの騎士とひとりの女の子のオーガがドモンと義父に挨拶。
このふたりは、各地に散らばったオーガ達を探す旅に出ることとなった。
ドモンの気配を察知した時のように、オーガの気配もある程度は察知できるとのことで、それを利用して移り住んだオーガ達をここへ呼び戻す事に決まったのだ。
騎士が行くのは街で買い物をする時のため、ついていくオーガが女の子なのは、角がないのと、出会った人を驚かせないようにするため・・・と、ドモンはふたりに都合がいい理由をみんなに話してやったが、昨日ふたりがイチャイチャしているのを見たのが本当の理由。
「なるべく雪が降る前に戻るのだぞ?各街には補給や宿泊などの協力を要請しておく故、この書状を持ってゆくが良い」と義父。
「はっ!」「ありがとう」
ドモンはここにオーガの村、いや街を作ることにした。
温泉宿を運営しつつ、ジンギスカンやすき焼きを名物とし、高級肉の輸出も行う予定。
更には人間ではきつい重労働も請け負う。
義父が「重労働をさせるとは、奴隷のような扱いではないか!」と初めは怒っていたが、「我々にとっては重労働ではないですよ」とオーガが否定。
「そもそもこいつらを奴隷扱いできる人間は多分いないと思うぞ?」とドモンが付け加え、義父も納得。
高所の作業もへっちゃらで、洞窟などでの危険な掘削作業や採掘も得意。
「この前寝てる時洞窟が崩れてみんな埋まって、服が汚れちゃったんだアハハ!」
「今日はなんか暖かいなと思ったら、崩落事故で体の上に岩と土が乗っかってたのよねぇ~ウフフ」
「僕この前100メートルくらいの崖から落ちちゃって、お尻ちょっと赤くなっちゃったんだ。ここをよく見てよドモン様。ほら少し赤くなってるでしょ」
「聞いてドモン様!私、膝を擦りむいたことがあるの!!岩山を膝で崩して遊んでたら、キラキラの硬い石が混ざっていて」
温泉でドモンが子供達から聞いた話である。
これを聞いてその仕事を思いついたのだ。まさに歩く重機。
ちなみに力だけで言えば、オークの方が上である事も判明した。
騎士と女オーガを見送った後、ドモン達も出発。
女オーガは騎士の乗った馬と一緒に走っていったが、「早く早く~!」と振り返っては何度も叫んでいた。
オーガとゴブリン達の交流もすることとなり、オーガ達は羊肉を、そしてゴブリン達からは上質なリンゴを交換する運びとなっている。
「なるほど!だから擦り下ろしたリンゴを入れて私共に食べさせたのですね!」とオーガの長老。
「・・・おう。さ、最初からそのつもりだったんだ。よくわかったな」と言うドモンを、ナナがジトっとした目で睨んでいた。
「じゃあ元気でねナナ。帰りにまた寄ってよ」とナナ似のオーガ。
「うん!王都のお土産何がいい?」
「ゴニョゴニョ」
「ゴニョゴニョゴニョ」
ナナとなにやら耳打ち。
「どうせお前らは食い物かスケベな物のどっちかだろ」というドモンの推理にゴホゴホとむせるふたり。正解は後者。
サンにメイド服を返却しつつ、「私はドモン様にお仕えする時に役に立つものや喜ばれるものだったら何でも嬉しいです!」と言ったサン似のオーガとは大違い。
本当はサンと同じランドセルが欲しいのだけれど、貴重なのも知っているし、あれはサンだけのものだというのも弁えている。
その結果ナナやサンがお土産に選んだのは、奇遇にも双方『スケベな衣装』であった。全てはドモンのせい。
オーガ達の温泉を出発して数時間、徐々にすれ違う旅人が多くなる。
新型馬車を見て、ギョッとした顔を見せる人々。
現時点ではカールの街以外、新型馬車は『王族が乗るファルの馬車』しか存在しない。
そして護衛の騎士達がいる時点で、乗っているのは貴族以上の重要人物なのは一目瞭然。
不敬罪がないのはまだカールの街だけなので、すれ違う度に旅人が馬を降りて跪いたり、自分の馬車を道からそらし、馬が万が一暴れないようにと御者が宥めながら通過するのを待っていた。
「なんだよあれ。えっらそうに」
馬車の中から御者台側の窓を開けて顔を出し、サンの後ろでくだを巻くドモン。
「おじいちゃんは偉そうなんじゃなく偉いのよ?」とナナ。
「ウフフ」サンは急にドモンが顔を出してきたのでつい笑ってしまった。
以前ゴブリン達をカールの街へ連れ帰った時も少し感じていたが、ドモンにはそれがどうにも慣れない。
なので街に入る前に義父達とは別行動する事になっていたのだけれども、新型馬車を見ただけであの態度では意味がない。
夕食時に「いい加減自分の立場を弁えよ。貴様はただの庶民ではないのだぞ?」と義父に諭されたドモンだったが、そんなものは御免被ると別行動を宣言したのだ。護衛がいなければまだマシなはず。
ファルの話では、王都ではいつも沿道の両側に憲兵や騎士達がずらりと並び、人々に見送られながら王都内を通過するとのこと。
そんなのはドモンがこっ恥ずかしいのと、ナナとサンは石を投げられた記憶が蘇るから嫌だと反対したため、義父も渋々別行動を認めた。
義父としては逆に凱旋したかの如く、ドモンを皆に紹介しながらゆっくりと街を通過し、貴族達や家族や親族である王族、そして国王に紹介しようとしていた。数日かけて。
恐怖の挨拶地獄。ドモンが一番苦手としているものだ。
「別行動するってもう言ったし、朝になる前にこっそり逃げようか」
「ダ、ダメですぅ!」「ダメよ!それに絶対バレるに決まってるじゃない!」
夜、テントの中でドモンがそう提案したが、当然のように猛反対にあってしまった。
翌日朝早くに義父達は出発し、ドモン達は昼前に遅れて出発。
ここまでくれば平気だからと護衛の騎士達とも別れ、ドモン達は久々に三人だけでの旅を楽しんだ。
そうしてドモン達は、王都周辺にある近隣の街にようやく到着したのだった。