第277話
「よし、では食べ方を説明するぞ。オーガ達もよく聞いてくれ」
「はい!」
「最初に配ったタレ・・・タレとは味付けするための液体のことな?」
「はい」「はい」
ドモンの話を真剣に聞くオーガ達。
「これがジンギスカンのタレ・・・つまり羊肉専用のタレだ。各自スプーン一杯ほど、すりおろしたリンゴを入れてくれ」
「かしこまりました」「わかったわ」「はい」
ナナや騎士達も一緒に返事をした。
「あとから配った方が焼肉のタレ。牛肉や豚肉に付けて食べてくれ。味が濃いから、炊いたお米と一緒に食べるのがいいよ」
「それは私に任せておいて!みんなに一番美味しい食べ方教えてあげるわ!」張り切るナナ。
「ありがとうございます女神様!」「女神様自ら・・・あぁ」
感動するオーガの男達。オーガの女達は少しだけ引きつっているようにも見える。
ナナ似のオーガだけ「何よ、み~んな鼻の下伸ばしちゃって!私だってナナに負けてないんだから!」とプンプン怒り、父親に「これ!お前はまだ加護を受けていないだろうに!」と怒られていたが、ドモンはなんのことかさっぱり。
「先日食べた羊肉と違って真ん丸ですね御主人様」とサンは不思議そうな顔で、ジンギスカンの肉を上や横から覗き込んでいた。
今回は円柱状に肉を丸めて、凍らせてからスライスしたタイプのジンギスカン。
北海道民にとっての『味付きではないジンギスカン』は、この丸いタイプの肉の事である。
「焼いてるうちに形は崩れちゃうんだけど、まあ気にしないで食べてくれ。あともやしという野菜がないから、本来のものよりも味は落ちるんだけど、今回は我慢ってことで」
「もやしが早く流通するといいですね御主人様」「ホントね」あの美味しさを知っているサンもナナも残念無念。
「まあ玉ねぎやピーマンもジンギスカンのタレで食べると美味しいから」と言いながら、ドモンはみんなに炊けた米を配っていった。
「じゃあいつものようにまずはジジイから・・・と思ったけど、今回は食べ方を説明しなくちゃならないだろうから、ナナ頼むよ」
「や、やったわ!!じゃあまずは羊肉からね!・・・で、ドモンどうやって焼けばいいの?」
ナナの言葉に軽くずっこけた一同。
ナナは焼けた後の肉をお米にポンポンする説明をしようとしていただけで、焼き方は知らなかった。
「今回は味付きじゃないし、普通に鍋の上で食べたい物を乗せて適当に焼いて食べていいよ。一気に乗せすぎて焦がさないようにな?香ばしいのが好みなら、網で焼いてもいいからな」
「わかったー」
「奥様、野菜も・・・」
本当に食べたいものだけを鍋と網の両方に乗せたナナ。今は肉以外は必要としていなかった。
皆が見ているというのに当然のようにそうしたナナにサンは呆れつつも、少しだけ格好良いと思ってしまった。
「野菜も美味しいから食べてみてよ」とドモンが鍋の上に玉ねぎとピーマンを乗せる。
そう言ったドモンも特に野菜が好きな訳では無いが、見本として説明するためにそうするしかなかった。
すりおろしリンゴを増量したジンギスカンのタレに焼けた肉を浸し、「こうよ!」と御飯の上でバウンドさせるナナ。
皆が注目する中、肉と米を一緒に口の中へ放り込むと、ナナは思わずブルブルと体を震わせた。遅れて何かもブルブルと揺れ動く。
「ううー!!んんんーー!!」
「美味いだろ?すりおろしたリンゴを増やすと臭みもかなり消えるんだよ。しかも味も・・・」
「すっごく美味しくなってる!!すごい!あーもう早く次の焼かなくちゃ・・・」
「ま、という訳だ。みんなも真似をして食べてみてくれ。箸が使えないやつはフォークを使え」
「はい!」「はい!」「はい!」「はい!」
ナナは相変わらずの反応だけれども、この世の誰よりも美味しさが伝わる食べ方だ。
見ている方まで幸せに、そして腹ぺこになってしまう。
「羊肉の臭みが???」
「これは美味い!美味すぎる!!」
「主様と女神様、あ、いやドモン様と奥様が羊肉を欲した訳が今理解出来ました!」
「果物であの臭みが消えるなんて・・・それにこのタレとは一体???」
「おいしーい!ありがとードモン様!」
実は処分に困っていた羊肉。
「今日は肉にしよう」「わーい」
「今日は羊肉だ」「・・・・」
そして減るのはいつも豚肉と牛肉。
それがまさかの大逆転。
オーガ全員がジンギスカンを夢中で頬張る。
「いや、これは羊肉の臭みが完全に消えたわけではないのだ。このタレによって、それすらも旨味の一部として口に広がっているのだろう」と義父。
「相変わらずジジイは流石だな。その通りだ。クセのある匂いも一緒に楽しむチーズと同じだな。リンゴを加えると食べやすくなるんだ」
「うむ。確かにこれはなんともクセになる味わいだ」
義父は軽く塩を振り、タレをつけずにそのまま食べて味比べをした。
当然強烈な臭みと独特な味わいが口の中に広がったが、今まで感じていたような嫌悪感がない。
口の中、そして脳が『あの臭み』を最初から求めていたためだ。
『あの臭みイコール不味い物』という認識がドモンにより覆され、『あの臭みイコール美味い物』と脳が認識し、今はもう焼いているニオイを嗅ぐだけでヨダレが出そうになる。
そうなれば塩だけで十分、いや、塩のみの方が美味いと感じる場合もあるほど。
「タレの中が羊肉の脂でギトギトになったら、焼いた野菜をそのタレに入れて食べてみてくれ」
「アワワワ御主人様!!はぅわ~??」「ああ~美味しいですぅ!!」
もうサンの声なのか、サン似オーガの声なのか区別がつかない。
網で焼いただけの玉ねぎが、そしてピーマンが、恐ろしいほど美味しかったのだ。
「もし本当に温泉宿なんて出来たなら、絶対にこれは名物になるわね!ね?お母さん」とナナ似オーガ。
「えぇ!それで皆さんに来てもらって・・・」
「誤解が解けるといいな。まあきっとやれるさ。やんなきゃ駄目だ」
ナナ達の肉を焼きながら、エリー似オーガにドモンがそう伝えると、そばにいたオーガ達は皆涙を浮かべた。
「んぐ!ドボンに任せとけば平気よ!んが!」
「何だよドボンって。お前は食うか話すかどっちかにしろっていつも言ってるだろ」
「じゃ食べる。ングンググ」
すぐに詰め込めるだけ口の中へ米と肉を詰め込むナナ。
サン達は食べながら、違う意味で頬がもうパンパン。
「お前・・・食べてる声がまたオチンチンになりかけてるぞ?今のはオチンチチだけど」
ドモンがそう言った瞬間、ひとつのかまどと鍋と網が駄目になり、周囲に散らばった大量の米粒に小鳥達が集まることになった。




