第268話
「ギド、まだ少しかかるから待っててくれな」
ドタバタと外へやってきた兄がそう告げて、またドタバタと中へ戻っていった。
「いい兄貴だな」
「世界一の兄です」
兄弟がいないドモンにとっては、眩しすぎるくらいの兄弟愛。
「その兄貴が、これからも掃除するのが楽になる道具の元になる部品、作ってくれないかな?」
「へ?なんでしょうか??」
ギドにそう言うなり、ドモンは馬車の中に入って一冊の本と、ある部品を持ってきた。
「これは一体・・・?」
「俺の世界ではモーターと呼ばれている物だ。簡単に説明するならば、電気と呼ばれる力を回転する動力にするものなんだ」
「ふむふむ」
おもちゃ屋で買ってきたいくつかのモーターをギドに手渡すと、指でギアの部分をくるくると回した。
「で、これは電池と呼ばれる電気をためているものだ。つまり雷の力だな」
「こ、この小さな物の中に雷が?!」「なんだと?!」
義父も同時に驚く。
「まあこの世界で電気をこうやって溜められたらいいんだろうけど、それ自体が動力となる魔石で再現した方がいいと思うんだ」
説明をしながら、ドモンは乾電池のビニールをバリバリと破り、単三電池をひとつ取り出す。
そしておもむろにモーターの線を指で乾電池にくっつけると、モーターがブーンと音を出して周りだした。
「これは!!!」「うおっ!!」
「アハハ驚きすぎだろ」
乾電池もギドに手渡し、モーターに関する本も手渡した。
「この回転の力を使えば風を起こすことも出来るし、車輪を回すことなんかも出来る。要するに・・・」
「う、馬がいなくても車が動く!!」
ドモンの説明の途中で、ギドが勢いよく立ち上がって叫ぶ。義父は絶句。
「そういう事だ。あとは卵などをかき混ぜる機械を作ったり、羽根をつけて空気を送ったり、逆に空気を吸い込んだりも出来る。俺の世界には、掃除機と呼ばれるゴミを吸い取る機械があるんだよ。それがあれば掃除もはかどるだろ?あと洗濯機と呼ばれる洗濯をする機械とかな」
「・・・・くっ」
ドモンの言葉で次々とアイデアがギドの頭に溢れ出る。たくさんの可能性も。
それこそ今、ギドの脳はモーターの如く超高速回転していて、それを言葉にするのが間に合わない。
本のしおりが挟まった部分を開くと、モーターの仕組みが書かれていた。
瞬きも忘れて本を読むギド。
「この電気というものを利用して磁力を起こし、高速で極を切り替えることによって軸を回転・・・す、すごい」
「これをどうにか魔石で再現できないかと俺もずっと考えていたんだけど、なんか出来そうで出来なくて、それで相談に来たんだ。この街にどうやら天才がいるって思ってさ」
「出来ます」
「え?!」
まさかの即答である。
もしかしたら「流石に無理ですよ」なんて笑われる可能性もドモンは考えていた。
その時は『電池』の方を再現してもらおうとも思っていた。
「軸を三分の一ほど回転させた瞬間に土の魔石を・・・その時同時に火の魔石を・・・そして水の魔石を入れ替えるように・・・すると火の魔石に近づくから逆にまた水の魔石で弾き・・・」
「いやわかんねぇよ」
「要するに土の魔石をより近づけると回転数は上がるはずです!耐久性や回転の限界速度など調べなければならないことは山ほどありますが、理論上は可能なはずですよ!!その制御も!!」
「お、おう・・・」
全く何を言っているのかがわからないドモン。
とにかく一番最初に思ったのは『天才ってやっぱヤバい』の一言。
宙を見つめ、「よしよし回った回った」と、ギドはニンマリと笑っていた。
「と、とにかくそのモーターと電池はあげるから、分解するなりなんなり好きに使ってくれ」
「ありがとうございますドモン様!」
「だからその『様』はやめろってのに」
ギドはもう居ても立っても居られない。
早く作業場に入ってしっかりとした設計図を描き、試作品を作りたくてウズウズしていた。
「今はまだ駄目だと言ってるだろう。かえって埃が舞っているんだ」と、兄が出入り口付近で追い返している。
「おいジジイ、ありゃ本物の天才だぞ。俺なんかと違って本物中の本物だ」
「うむ、確かにそのようだな。貴様は貴様である意味・・・まあ負けてはおらぬがな」
少しだけ義父はドモンの顔を立てた。
だが興奮気味のドモンは更にまくし立てる。
「馬鹿言え。俺はただその物を知っていただけだ。俺なんかよりもずっと・・・本当に世界を変える力を持っているのは、間違いなくあいつらだ。だから大切にしろ。それこそ王宮の中に豪華な部屋を用意して、最高の待遇で迎え入れるくらいのな」
「それほどまでにか」
「それほどまでにだ。そんじょそこらの宝じゃないぜ?奴らが次に王都に来る時は、馬のない車で乗り込んで、学校の奴らはみんなひっくり返るだろう。その時は学校に入れてやれよ?」
「うむ。必ず優先的に入学させることを約束しよう」
「ま、王都に来てくれたらの話だけどな・・・」
義父と会話をしながら、タバコに火をつけギドを見つめるドモン。
ギドはやはり居ても立っても居られないのか、木の枝を拾って、地面になにやら嬉しそうに書き込んでいた。
「先生~!ドモン先生~!!少し相談が・・・」ギドがドモンの元へと駆け寄ってきた。
「ブッ!!なんだよその先生って。やめろっての」
「師匠とかの方が宜しいですか?」
「師匠でもないってば!」
「ではやはり先生で。モーターの制御は可能ですが、回転数を上げた時に生じる摩擦熱が・・・という具合で、恐らくその熱により・・・」
「・・・だから先生じゃないから・・・ええと熱に関してはラジエーターを用意するとか、その軸自体にベアリング加工を施して・・・」
「ラジエーター?!べ、ベアリングとは???」
ギドとドモンの横でクックックと笑う義父。
「どうやら此奴にとっての学校は、貴様で十分ということのようだな」
「何の話でございましょうか?王都の学校の件であるならば、失礼ながら私にはもう不要です。ドモン先生が居られますので」
義父の言った冗談を認める発言をしたギド。当然とばかりに。
「だ・か・ら!その先生の方が、どう考えてもお前よりバカなんだよ。俺なんてとっくに超えちゃってるんだから」と、ドモンは咥えタバコでヤレヤレのポーズ。
その後の結果から伝えるなら、この兄弟が王都に行くことは二度となかった。
何度も貴族や王族自らがやってきて、頭を下げて招待をしても、頑なに固辞し続けたのだ。
そして兄弟に贈られた大量の勲章は、粗末な木箱に全て放り込まれることとなった。
反対にドモンから貰ったモーターや電池などは、酸化を防ぐための真空のガラスケースに入れられ、この世界で最高の防犯システムを設けられた部屋に、家宝として飾られていた。
貰った本も神書として祀られていて、弟子達が読んでいるのはそれを複製したものである。
ギドよりも随分と年下ではあるが、すでに名声を極めていた大工と鍛冶屋『シルバーコインドモンズ』のふたりも、幾度となくここにやってきては「このモーターひとつでいいから、どうにか金貨10万枚くらいで譲ってくれないか?」とギドに冗談を言っては、毎回あっさりと断られていた。
「あの銀貨と交換と言うなら考えなくもないですよ?」
「冗談はよせ」「アハハ!命に代えても渡さねぇよ」
これが毎年恒例となっている挨拶代わりのやり取り。
それをギドの弟子達が憧れの目で見つめるのもまた恒例。
その弟子達が集まる作業場には『我が師を超える者となれ』という格言が掲げられていたが、当然、ドモンの言葉を誤訳したものである。