第267話
道具屋の兄がギドの肩を支え、店の奥の工場へと連れて行った。
少し薄暗い工場の中は、様々な部品が散らばり、沢山の本や設計図が置かれている。
「ゴホ!こりゃ随分と埃っぽいな」とドモン。
「ヒューヒュー・・・作業場なんてどこもこんなものですよ」とギド。
「いつもここで作業してるのか?」
「最近は風邪を引きっぱなしなのかずっとこんな調子で、調子の良い時だけ作業をしているんだよ。俺にはギドみたいな才能はねぇから、もっぱら店番をしてるんだ」ドモンの質問に今度は兄が答える。
「お前はお前で商売の才能あるよ。売りたい気持ちを見せずに『帰れ!』なんてなかなか言えねぇもんだ。ま、もう少し愛想を良くした方がいいとは思うけどな」
「な、なんだよ・・・全部お見通しかよ・・・へへへ恥ずかしいったらありゃしない」
その言葉とは裏腹に、ドモンに褒められて悪い気はしない兄。
「ただこれは風邪じゃない。喘息というものだ」
「喘息・・・先程もそう言っておられましたが一体・・・」「あんた医者なのかい?!」
ギドの言葉に重ねるように兄がドモンに詰め寄った。
「なあ頼むよ!ギドの病気を治してくれよ!たった一人の大事な家族なんだ。ま、まだ欲しいものはあるかい?!安くするよ!ひとつくらいタダでやったっていい!頼むこのとおりだ!!」
「に、兄さん・・・」
「こいつは天才なんだ。俺なんかと違って本物の天才だ。金を稼いでいつかまた王都に連れて行って、もっとすげぇもんたくさん作って、王都の連中に認めさせてやりてぇんだ!ギドはバカなんかじゃないって!!うぅぅぅぅ!!」
「兄さん落ち着いてよ・・・」
ギドは昔から王都にある有名な学校で勉強をし、技術者になることが夢だった。
今よりももう少し大きな街にあった両親が経営する工場を手伝いながら、寝る間も惜しんで勉強と研究を重ねる日々。
その考えの奇抜さ故に、時に変人扱いもされたが、兄にとっては自慢の弟であった。
コツコツとお金を貯め、兄と一緒にいざ王都へ。
向こうで二人で暮らしながら、兄は仕事をし、勉学に励む弟を支えていこうとしていた。
だが、ギドは入学を許されなかった。
その優秀過ぎる頭脳が認められることはなかったのだ。
『異端者』『夢見がちな坊や』『ひねくれ者』そして押された『無能』の烙印。
更に部屋を借りることさえ出来ず、兄弟は失意のうちに実家である工場へと戻る。
しかし二人が王都に滞在していた間に、その工場は他人の手に渡っていた。両親は行方不明だという。
「奴ら・・・きっと親父とお袋を・・・」「兄さん!!」
ちなみにその工場を奪ったのは、エリーを妾として買い取った男であったが、今はもう知る由もない。
「それで俺達この街に来て、ふたりでこうやって暮らしていたんだけどよ・・・今度は弟が・・・くっ・・・」
「ごめん兄さん・・・」
「ギドは悪くなんかないさ!なああんた!だから頼むよ!病気を治してやってくれ!うぅぅぅ」
跪き、ドモンの両腕にしがみついた道具屋の兄。
「喘息は・・・この病気は、一度なってしまうと治すのは難しいんだ。実は俺もそうなんだけども」
「く・・・・」
「そしてかなり危険な病気で、発作が起きて、死ぬ時はあっという間に死んでしまう」
「だからあんなにもドモンは焦っていたのね・・・」とナナ。
ドモンがポケットから常備薬をひと瓶出した。
「これは治療薬じゃなく、あくまで発作を起こした時に命をつなぐ薬だ。効果はさっき見た通り」
「う、売ってくれ!!いくらだ?!いくらでも出す!足りなければ働いて返すし、それでもダメなら俺の命だって・・・」
「やるよ。ひと瓶だけだけどな。金はいらない」
「ほ、本当か?・・・うぅ・・・」
傍にあった椅子に腰掛けドモンは話を続けた。
「治せはしないんだけど、ある事をすれば症状を改善することは出来るはずだ」
「な、なんだ?!何だってするぞ俺は!!」
兄がまたドモンの前に跪いた。
「掃除をしろ。徹底的に」
「へ?」「は?」
「恐らくこの塵や埃が原因だ。これを一切無くすくらい掃除をすれば、少しずつ症状は緩和されると思う」
ちらっとドモンがサンの方を見ると、サンはすぐに腕まくりをし「やりますか!」とニコッと笑顔を見せた。
大慌てでほうきや雑巾やバケツを用意する兄。
義父と喘息持ちのふたり、つまりドモンとギドは表に避難し、残りの者達で大掃除が始まった。
「ギドはタバコ吸わないのか?」とドモン。
「煙で苦しくなるのでタバコはちょっと・・・」
「喘息持ちにタバコは厳禁だからな。それでいい。おかげで原因がはっきりしたな」とドモンはタバコに火をつけ、ふたりから離れた。
「ドモン・・・さん?も同じ喘息という病気なのでしょう?なぜタバコを吸われるのですか?!」
「言っていることとやっていることがメチャクチャではないか」思わず義父もツッコむ。
「いやそれが・・・俺もそう言われてタバコを一時期やめたんだけど、何故か症状が悪化しちゃってさ。もちろん普通はありえないことだから参考にするなよ?あまりにおかしなこと過ぎて、喫煙所にまで医者がやってきて『研究に協力してくれ』とまで言われたんだ昔。ハハハ」
「・・・・」
酒を飲んで怪我が治ったり、タバコを吸って喘息が改善したり。
ドモン本人もおかしいと思うが、恐らくこれも悪魔関係のなにかと推測している。
義父も当然全く同じ事を考えていた。
「それにしてもドモンさんは・・・いやドモン様はお優しいのですね」とギド。
「だからその『様』ってのはやめろ。どいつもこいつも。それよりも王都の学校は随分優しくないみたいだけど?どうなってんだジジイ」とタバコの煙を上に吐くドモン。
「うむぅ・・・それに関しては流石に・・・」
「そこまで関与してねぇか。まあそりゃ全部が全部ってわけにもいかないし仕方ないな」
「すまぬなギドとやら」
少し立場がない義父。
「い、いえ!滅相もないです!きっと私にまだその力がなかっただけの話。必要とされていなかったのでしょう。もし私がそれだけの力をつけ、必要と思われたならば、それこそ兄の言う通り・・・」
「王族の方からやってきて頭下げたもんな!アッハッハ!お前ら兄弟の勝ちだぜ!」
ギドにドモンが言葉を重ね、三人は大笑いした。