第266話
「あ、あんた達は何者なんだよ結局・・・」
「ああギロチンがどうのは冗談だ。ジジイが王族だってのは本当なんだけど、あんたに手出しはさせないからさ」
「ジ、ジジイって・・・」
「クソジジイの方が良かったか?いてぇ!!」
義父に無言で殴られたドモンと、アワワワと震える道具屋。
「あ、あんた王族の御方になんて口の聞き方してんだ・・・あんたは何様のつもりだ」
「ああ俺かい?とんでもねぇ俺は神様だよ。だから痛いってばナナ!もうどいつもこいつも」
今度はナナに腕をつねられたドモン。
「こちらの道具は何なのでしょうか?」と、ドモン達のいつものやり取りをまるで気にもせず、サンが道具屋に話しかけた。
「あ、ああ・・・それは時間が経つと自動的に解錠される鍵なんだ。珍しいだろ?時間になったら宝箱を開くような仕掛けにしたり、浮気した旦那を反省させるために手枷や足枷に付けたりするんだとさ。まあ2時間ほどで必ず解錠するようになってるから、子供が勉強している間、おもちゃを隠すような用途に使うのがいいと・・・」
「手枷や足枷に?!!」
ガバっとサンは前のめり。
「こ、この怪しげな穴の空いたボールは??」
「これは残酷な物だぜ?口の中に入れて固定すると、言葉は話せなくなる上に、出したくなくても勝手にヨダレを垂らして生き恥をかいてしまうという拷問道具だ。浮気した旦那や嫁さんを辱めて懲らしめる道具なんだと・・・」
「はっはっ辱め・・・!フゥフゥフゥ!!じぇ、じぇんぶくだしゃい!しゅべて買いましゅ!!」
「えー本皮の目隠しと鞭・・・」
「全部買うのです!出来れば新しい下着も今すぐに必要ですフゥ~」
サンは金貨を袋から一枚出し、何故かナナまで「同じ物を・・・」と金貨を支払った。
ちなみにナナが買った鞭はおもちゃのような鞭だったが、サンが買った物は、本当に罪人が罪を償う時に使う太い一本鞭である。
受け取った商品を手に持ち「私はカチクです・・・」と赤い顔をしながら馬車まで駆けていくサンと、「私はドモンに使うかも」と不安な言葉を残して、サンの後を追いかけるナナ。
もう店内はメチャクチャ。
王族はいるわスケベな女はいるわで、ワイワイガヤガヤと大騒ぎ。
そこへ「随分と騒がしいけどどうしたの?兄さん」ともうひとりドアの向こうからやってきた。
細身で青白い顔の男。喉をヒューヒューゼェゼェと鳴らしている。
「おぉギド、また随分と顔色が悪いな。ここは俺ひとりで十分だからもう少し休んでいろ」と道具屋。
その瞬間、ドモンは大慌てで内ポケットから薬を一錠出し、ギドと呼ばれる細身の男の口に放り込んだ。
「飲め!俺を信じろ!薬だ!早く!」
鬼気迫るドモンの迫力に意を決して薬を飲み込んだギド。
突然のことに全員が動けずにいる。
「喘息の発作だ!命に関わる!」
「い、いつものことですから大丈夫ですよ・・・」
「息が・・・息が足りないだろう?」
「ふー・・ひゅー・・・それもいつものことですしハハハ・・おっと」
酸欠。フラフラと床に腰掛け、そのままギドは横向きにパタリと倒れた。
「し、心配してくれるのはありがてぇけど・・・」と言いつつ、道具屋の兄はいつものことだと軽視していた。
「ギド、寝るならベッドに入ってから寝たらどうだ?」
「・・・・」
「ん?あれ???」
「・・・・」
ヒューヒューという呼吸音が少しずつ弱まる。
「て、てめぇ!!弟に何を飲ませやがった!!!」
「落ち着け!俺が飲ませたのはこの病気の発作に効く薬だ。信じてくれ!」
「おいギド!しっかりしろギド!!くそ!!」
「ギリギリだ・・・」
ドモンは知っている。この状態がどれほど危険なのかを。
ドモンも重度の喘息持ちであり、死にかけたことがあるのだ。薬を持っていたのはそのせい。
ギドの呼吸がドンドンと弱まっていく。
ギド本人は「大丈夫だよ・・・」と言ってはいるが、本人が思うよりも事態が深刻なのが喘息の発作の怖いところ。
昔ドモンも『ちょっと今回の発作は苦しすぎるな』と仕方なく病院に行ったところ、受付をするかしないかの時にストレッチャーで緊急処置室に運ばれ、「ご家族を早く呼んで声を掛けさせて」と家族を呼ばれた。
ケーコが半笑いで「頑張れ」と手を握っていたが、医者としては最後のお別れになる可能性が高いと踏んでいたらしい。あとでそれを聞き驚いたのだ。
「息が・・・吸える・・・?」
「ギド!!」
まだ目はうつろだが、ギドは久々にこの世にある『酸素』を堪能していた。
喘息持ちの場合、息は吸っていても酸素が体に入ってこない。
ドモンはそれをよく知っているため、この中でただひとり、その言葉の意味を理解できた。
血の気が引いていた顔色はぐんぐんと赤味を取り戻し、それとともに生気も取り戻した。
「大丈夫か?」
「・・・久々に水の中から地上に出た気持ちです」
「わかるよその気持ち」
ガシッとまだ横になったままのギドの右手をドモンは握り、ニコっと笑った。
ギドはドモンが来るこの日まで、水のない地上でずっと溺れていたのだ。
その意味がわかるのは喘息持ちのみだろう。
それでも何とか説明するならば、毎日24時間、細いストローで呼吸をしている様な感覚。空気は吸えるが、生きていく上での酸素が圧倒的に足りなくなるのだ。
「あなたが異世界から来たという人なのですね」
「ああ」
「あなたに会った時に言いたかったことがあるのです」
「え?」
一気に生気を取り戻した弟の事で涙を流し喜び、ドモンに感謝を述べようとしている兄をどかし、ドモンの袖を引っ張りながら外へ連れ出した。
不思議そうな顔をしながら全員外へ。
「これがバネを使用した新型の馬車ですね?」
「そうよ!ドモンが作ったのよ!凄いでしょう!」と自慢するようにギドに答えるナナ。
「作ったのは鍛冶屋と大工だと何度言えばわかるんだよ」と呆れるドモン。
「なるほど。浮かせることによって衝撃を吸収しているのですね?でもなぜバネなんですか?」
「え??」
「磁石や魔石を使えば、文字通り浮かせることが出来るではないですか。なぜそうしなかったのですか?この考えは元よりあったのですが、この工場では完成させることが出来ませんでした」
一度店内に戻り、模型を持って戻ってくるギド。
磁石をサスペンションにした小さな車をドモンに見せた。
「おお、これは見事だな」
車体を上からトントンと押してみると、フワフワと車体が動いた。
それはもう見事としか言いようがない。
「向こうの世界でも、磁石の反発力を使ったサスペンションは近年研究されていたんだ」
「はい」
ドモンが語りだす。ただし某動画サイトで見た程度の知識ではあるが。
「ただなかなか実現しなかったんだよ。ある程度重量が一定なら良いんだろうけど、それを越えた時に安定しなかったみたいで。カチンと磁石同士が当たったり、上手く浮かなかったりで」
「ほう・・・やはりそうですか・・・」
ギドも恐らくそうではないかと推測していた様子で、ドモンの言葉に驚きも落胆もしなかった。
「ただ電磁石・・・電気を使った磁石で車体ごと浮かせて走る、リニアモーターカーというものはあった。今試運転を繰り返して実用化に向け取り組んでいたよ」
「しゃ、車体ごと宙に浮かせているのですか?!」
「そうだ。長い形の車両を何台も連ねていて、数百人を一度に運ぶことが出来る」
「!!!!」「なんだと?!」
横で話を聞いていた義父もつい声を上げた。
「そ、そんな人数ではとてもゆっくりとしか運べないのでは?」とギドが考えるのも当然の話。だが・・・
「速さは時速500キロメートル。つまり一時間に500キロ進む・・・と言っても、ピンと来ないと思うけど、ここから俺らの住む街まで10分もかからないんじゃないかな?」
「なんですって?!」「嘘ですぅ!」「!!!!!!!」
ナナも驚き、サンはついドモンが嘘をついたと思ってしまった。ギドや義父はもう驚きで言葉もない。
興奮のあまりギドはまた喘息の発作を起こしかけ、ヒューヒューと喉を鳴らし始めていたが、その顔の生気は失われてはおらず、目が爛々と輝いていた。
あけましておめでとう。
こんな日のこんな時間に、俺の駄文を読んでいる人なんているのだろうか?(笑)