第265話
少し離れたところからドモン達一行を見て、オロオロとしているひとりにドモンは狙いを定め、スタスタと近づいていった。
「ひと目見た時からすぐにわかったよ」
「な、なにがですか?」
「巨乳だなってぎゃあああああああ」
三十半ばくらいと思われる赤毛の女性の両手を握り、ドモンがそう言った瞬間、もの凄い勢いでナナがお尻を蹴り上げた。
倒れたドモンを立たせながら、服に付いた土をはらうサンの『パンパン!』も少し強め。
「うぅおっぱいが」
「あんた今ここに来るまでずっと私のおっぱい触っておいて、まだ触り足りないって言うわけ?!」
「あのぅ、カルロス様のお屋敷のある街に、道具などを卸している道具屋さんはどちらになるのでしょうか?」
「え、えぇ、それなら多分、この先の少し離れた場所にある工場かと」
「ありがとうございます!それと御主人様が大変お騒がせいたしまして申し訳ございませんでした」
「いえいえ・・・」
ドモンがナナに詰め寄られて説教されている間に、道具屋の場所を聞いたサンがペコリとお辞儀。
その様子を皆唖然とした表情で見守っている。義父や騎士達は少しだけ他人の顔。一緒に恥はかきたくない。
「こんなんで王都になんか行ったら大変よ。まず首輪と紐を買わなきゃだわ」
「やめてよ、犬じゃあるまいし」
「夜も手枷と足枷と目隠しをつけて、朝までベッドに転がしてやるんだから」
「やめてよ、ケーコじゃあるまいし。あ・・・」
「・・・・」
馬車まで戻りながら愚痴を吐いていたナナだったが、ドモンが口を滑らし、会話と足が止まる。
「く、詳しく」とナナ。
「お聞かせ下さいフゥフゥ・・・」サンも息を荒げる。
うっかりその様子を想像してしまい、怒ろうと思っていたはずが、何かのアンテナに引っかかったふたり。
「なんでもないってば!」とドモンが誤魔化したものの、もうふたりの妄想が止まることはなかった。
「『された方』だと思うわ」
「いえ奥様、きっと『した方』だと思います!」
結局のところ、三人ともスケベであった。
「いらっしゃい。何か用か?」
「おお!なんだこりゃすごい!」
しっかりとした挨拶をして気に入られようと考えていたドモンだったが、挨拶をする前にそう声が出てしまった。
サンとナナだけを連れ三人で工場の中へ入ると、出入り口付近には様々な商品が並んでいる店のような作りとなっており、ドモンが興味深そうに商品を眺めていた。
まさに道具屋。そして部品屋。男の浪漫をプンプン感じる店内。
この世界では余り見ることがないような精密機器のようなものがずらりと並ぶ。
スイングドアに使われていたバネよりも、更に小さなバネも木箱に入っている。ネジやスイッチ類、装飾が施されたドアノブなんかも。
壁際には電動歯ブラシのような道具まで置いてある。
「ほらナナ!これって魔導コンロのつまみの部分!それにこれって店の照明のやつだ!」
「え、ええ・・・」
興奮するドモンと全く興味が湧かないナナ。サンも全くわからないが、喜ぶドモンの横でニコニコ。
「これは何のための機械なんだ?」その電動歯ブラシのような物を持つドモン。
「それは口臭や体の臭いを除去するものだ。光の魔石を使って雑菌を浄化するんだよ。下水処理の極小版のようなものだな」と道具屋。
「!!!!!」
これには女性陣も思わず食いつく。
女性を惑わす体臭がコンプレックスだったドモンもそれは同様。
この世界にも天才はやはりいたのだ。
「ねぇこれっていくらなの?」とナナ。
「貴重な魔石を使った物だからな。金貨6枚と銀貨50枚だ」
「高っ!」「安っ!」
ナナとドモンが同時に全く別の反応を見せる。
ナナは高いと思い、ドモンは安すぎるとさえ思った。
日本円にして65万円。
「買おうよ!これがあればにんにく料理食ったって平気だし、チューし放題だぜ?」とドモン。
「どうせ同じもの食べてるんだから平気よ少しくらい。それにあんたは浮気するために使うじゃないのよ」とナナが鋭い指摘。
「で、でも、匂いを減らせるなら浮気も減る気がします」とサンがこっそりナナに耳打ち。
悩む三人を見ながらニヤニヤと笑う道具屋。
「ほらほら!用がないなら帰った帰った!こっちも暇じゃねぇんだ」と煽る。
こうして煽れば大抵の客は値段交渉をし始め、最終的に買う場合が多い。
実は金貨4枚でも大儲け、言い値で売れたなら万々歳だった。
馬鹿な客が来て良かったぜと、つい笑いが止まらなくなっていたのだ。
そこへ「何をやっておる」と、義父も来店。
金持ちそうな身なりで、これまたいい金づるが向こうからやってきたと、道具屋は笑いが止まらない。
「あんたの連れかい?買えもしないってんならとっとと連れて帰ってくんな!」と道具屋。こうすれば恥をかきたくない気持ちで、更に高く売れるかもしれないと考えた。
「ふむ。貴様は高く買ってほしいのだな」と義父は当然、そんな事はあっという間にお見通しで、道具屋も思わずビクッとした。
「は?なんだいあんたは偉そうに。こっちはあんたなんかに買ってもらわなくったって別に問題はないんだよ!文句があるんならさっさと出ていきな!」
「ど、道具屋・・・やめとけって」とドモンが流石に止める。が・・・
「欲しい人間なんていくらでもいるし、もっと高く買ってくれる人だっているんだぜ?それこそ王都なんかに持っていけばきっと引く手数多で、なんなら貴族や王族の方からこっちに出向いてきて、俺に『どうか売って欲しい』と頭を下げるだろうな」
「ではどうか売って欲しい」と道具屋に頭を下げる義父。ナナがそれを見てプププと笑っている。
「最初からそう言えばいいんだよそう言えば。偉そうに高く買ってほしいだの何だのと・・・」
「道具屋・・・道具屋ってば」とドモン。
「良かったなあんた。オヤジさんに買ってもらえてよ」
「王族・・・」義父を指差しながら道具屋にドモンが耳打ちする。
「何がだ」
「そこのジジイが」
「なんだってんだよ」
「王族なんだよ本物の」
「・・・・」
ボソボソとドモンとそんなやり取りをしている最中、何名かの騎士達がやってきて「外で待っておれ」だの「これはカルロスに土産として買ってやろう」だのといった会話が道具屋の耳に入ってきた。
隣街ではあるが、ここもカルロス領である。
その領主を呼び捨てにしているという事実。
道具屋の顔が見る見るうちに血の気が引いて真っ白になっていく。
「あーええと・・・なにか必要な物がございますでしょうか?」
「まずはギロチンでも絶対に切れない首輪を作った方がいいぜ?」
ドモンは苦笑しながらサンに目配せをし、金貨6枚と銀貨50枚を支払わせた。