第264話
美味しい食事と呆れるほどのドモン達の気楽さにより、皆の緊張も一旦和らぎ、この日はそのまま就寝。
予定通りであるならば、明日の昼前には隣街へと到着するだろう。
義父や騎士達もそれぞれテントや馬車で就寝。数人だけが交代で見張りをしている。
ナナもテントでお腹を出して寝ているが、妊婦さんのようにお腹が膨らんでいて、ドモンとサンがなんとなくお腹に耳を当てた。
そんなことはないはずだが「急に出産なんてことないよな??」「な、ないと思いますけど・・・」といった話になり、耳を当てて調べていたのだ。
その結果グジュルブクボコ・・・という何とも動物的な消化の音が聞こえただけで、「これは大きなウンコ製造中なだけだ」とドモンが冗談を言ったら、なぜかサンが真っ赤な顔をして「もう聞いちゃだめですぅ!」とドモンをポカポカと叩いた。
「人間っていうか生き物って悲しいよな」
テントの前の草むらにドモンが座り、サンもその横にくっついて座った。
「何が悲しいのですか?」サンは少し寂しそうな顔。
「だってカレーライス食べて、次の日になったらお尻から同じようなものを・・・」
「だめぇ!!だめだめぇ!うー!もうドモンさんのバカバカバカバカ!」
サンは生粋の『女の子』である。
ナナを気遣い、音を出してオナラをしてみたいと言ったことはあるものの、今のところドモンは聞いたことがない。
用を足す時も、小さい方はドモンが付き添うこともあったが、大きい方は必ずナナが付き添っていた。
そのおかげで逆にバレバレであったが。
下ネタなんかもケラケラと笑いはするが、自分が言うことは絶対にない。
ナナの『んぐんぐん事件』の際にサンにもやらせようとしたが、ドモンだけじゃなくナナに頼まれても首をブンブンと振って断っていた。
「も~!ドモンさんだってそんな事言われたら恥ずかしくないんですか?」
「ぜーんぜん。だって俺うんちしないし」
「えぇ?!」
ドモンの冗談にサンはガバっと立ち上がった。
確かに悪魔が排泄するなんて話は聞いたことがない。
それならば最初に言ったドモンの言葉も合点が行く。
サンは涙目になってドモンを見下ろし、ポロリと涙をこぼした。
「ええとサン・・・どういうことだよ??」
「だって・・・ドモンさんがやっぱり悪魔だからうぅぅぅ・・・」
「フハハハハ!サンよ、よくぞ吾輩の正体を見破った。吾輩の本当の年齢は10万49歳、うんちはしないがおしっことスケベな事はする大悪魔なのだ!」
「・・・・」
よく考えればおしっこはしていた。
サンのほっぺたが見る見るうちに膨らんでいく。
結局ドモンはサンに森の奥深くまで連れて行かれ、ナナの時と同じように立ちションを確認されることとなった。
ただ今回はドモンもサンのを確認したのでセーフ。いわゆるついでの連れションである。
月が綺麗な夜。少し肌寒いが、ふたりくっついていれば暖かい。
「お腹いっぱいになりすぎて寝てた方が悪い!」
「なんですって?!起こしてくれれば良かったじゃない!あんなのちょっと出せばスッキリしたわよ!!」
「もう~ナナは下品だなぁ・・・少しはサンを見習え」
「キィィィィ!!女だって出るもんは出るんだから仕方ないじゃないのよっ!!」
朝から昨日の洗い物や片付けをしているツヤツヤにこにこ顔のサンを見て、ドモンとナナがテントの中で大喧嘩。
当事者であるサンには止めることが出来ず苦笑い。
「やめんか!朝から貴様達は何をやっているのだ!」
義父の一喝で強制終了。
その後ナナは女性としてのたしなみについて、義父に切々と説かれる羽目となりもう踏んだり蹴ったり。
「ごめんなさい奥様」
「サンは悪くないのよ。ドモンのせいだから」
ようやく義父から解放されたナナに話しかけるサン。
二人の会話が聞こえているのかいないのか、少し離れた場所から「ベロベロベロ~」とドモンが挑発をしている。
すぐにでもテントを飛び出して追いかけ回してとっちめたいが、たった今説教を貰ったばかりでそれも出来ない。
「ぐぐぐ・・・あとで覚えてらっしゃい・・・フン!」
少しだけ険悪な雰囲気を醸し出しながら簡単な朝食を取り、馬車に乗り出発した。
ドモンとナナは横に並んで座っているものの、お互いにプイッと反対側を向いて無言のまま。
「ウフフ、今日も平和ですね」と、サンがカッポカッポと歩く馬に話しかけると、ヒヒンブルルと馬が返事をした。
馬車の中では「膝枕してよ」「だめ」というくだらない言い争いが行われている。
「悪かったよ謝るから!どうやって寝りゃいいんだよ」
「知らないわ。枕でも出したら?」ナナは知らん顔。
「じゃあせめておっぱいだけでも・・・」
「ダメ」
ナナ即答。一刀両断。流石に少しだけドモンが可哀想になってくるサン。
「どうしてダメなんだよ!」
「ダメなものはダメ。罰よ」
「好きな人を触っちゃダメだなんて酷いじゃないか」
「ぐ・・・」
揺れ動くナナの心。
でもここで甘い顔を見せる訳にはいかない。
サンはすでにドモンを抱きしめたくて仕方がない。だが御者台を離れるわけもいかない。
「ドモン!少しは我慢することを覚えなさい!」
「やだ!俺はナナのこと我慢なんて出来ない!」
「いらっしゃい!」
「やった!」
ハァと小さくため息を吐いたサンが「やっぱり今日も平和です」と御者台で笑っている。
数時間後、馬車は無事隣街へ到着した。
隣街を見たドモンは少し驚いた。
街と言うにはあまりにも閑散としていたためだ。
家がまばらに建っているだけで、店らしき店も今のところ一軒しかない。
元の世界のどこかの、人口千人ほどの島にある街よりも閑散としている気がした。
聞けばギルドもなければ冒険者もほぼいない。
旅行者のための宿が何軒かあるくらいだとか。
ただ工場のようなものはあちらこちらに見当たるので、恐らくそこで何かを作り、他の大きな街に卸しているのだろう。
人は少なくとも貧しさは感じられなかった。
「街と街をつなぐ中継地点、宿場町のようなものか。そこに工場が建っているような感じで」
「そうよ。でも旅をする上でこの街がなければ成り立たないの」
「まあ途中で怪我をしただの食料を失っただの、何かあった時に無きゃ困るものな。」
馬車を降りたドモンとナナが街の入口でそう話をしていると、義父も会話に加わった。
「馬車の故障などもあるから、こういった工場もあるのだ。住む人間は少なくとも、それを利用する者は多い」
「なるほど流通はあるんだな。食料とかも俺らの街に運ぶついでに、この街にも運んでるのか」
「そういうことだ」
この辺は北海道の田舎の方とよく似ている。
人も殆ど住んでいないようなとんでもない場所に、コンビニとガソリンスタンドがひょっこりあったりするのだけど、どこにこんなに人がいたんだろう?と疑問に思うほど賑わっていたりする。
それもそのはず、『この先90キロメートル、ガソリンスタンドはありません』なんて看板が立てられていたりするからだ。
当然家も店もないので、そこで物を揃えることになる。
冬の夜にガス欠し、もし携帯電話が圏外ならば、その時点でほぼ死が確定。
運良く車が通れば助かる可能性もあるが、その頃にはもう車内も外と同じ温度となっている。
「ああ俺、これから死ぬのかぁ」と諦め、最後の一服。
なんとかならんのか?なんともならねえよなぁ。ああ眠い・・・。で、待っているのは残酷な結果。
ただ、カイロひとつあるかないかでその運命を変えられる。
そのためにコンビニがあるのだ。まさに救世主。
そしてこの街はそのような存在。
「さて・・・天才はどこだろな?多分そいつが俺にとって・・・そしてこの世界にとっての救世主だと思うんだけど」
ドモンはぼそっとつぶやき、辺りを見回した。
北海道の『この先90キロメートル、ガソリンスタンドはありません』も、そして凍死の話も実際にある。
あとは雪で自動車が進まなくなり、マフラーに雪が詰まって排気ガスが逆流し、一酸化炭素中毒で死亡することも。
帰ったら何食おうとか考えてたはずなのに、急にあと数時間で自分が死ぬことになることを告げられるような感じ。