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第263話

「や、やったわおじいちゃん!!」

「どうしたのだ?!」

「カレーよ!!今日の晩御飯はカレーライスなの!!!」

「あーあバラしちゃった。もう少し引っ張って、ワクワクさせるのも大切なんだぞ」

「???」


馬車からカレーのルーを三箱持って戻ってきたドモンを見て、ナナが義父の両手を掴んでぴょんぴょんと跳ねた。

当然なにかの脂肪の塊ふたつも少し遅れて跳ね散らかせることになり、義父はその完全に親譲りな光景に苦笑した。


「ほう、例のアレか。カルロスが作るのに失敗しただとかなんだとかと嘆いておったが」

「ありゃまそうだったのか。まあ煮込む時間や水の加減で、たまに失敗しちゃうこともあるからな。野菜から出る水分が多かったりで」

「とろみが全く出ずに、コック長がえらく落ち込んだと言っておったな」

「クックック。その様子が目に浮かぶよ」


義父の話を聞いてニヤニヤとしながら、ドモンは油を熱した大鍋ふたつに、鶏肉のもも肉を塊のまま15個ずつ、塩コショウで下味を付けつつ、小麦粉をまぶしてから投入。

「火傷するなよ?あと皮の方から焼いてくれ」とサンに注意しながら、手分けして炒めはじめた。


「ハッ!ハッ!ハッ!んは~!ドモン!もう香ばしくていい匂いしてるんだけど?!」とナナ。

「まだ鶏肉を炒めただけだろうが」


そこに野菜も投入し炒めると、今度は義父や騎士達までもクンクンと匂いを嗅ぎ始める。


「た、ただ塩と胡椒で炒めているだけだというのに、なぜ貴様が調理すると、このような香ばしい美味そうな匂いになるのだ?!」

「肉汁を中に閉じ込めるために小麦粉をまぶしたのと、少し多めの油で揚げるように炒めてるせいかな?あと皮から出た脂も纏うから、それが香ばしい匂いにもなるしな」


ゴクリとつばを飲み込む義父。

周りの騎士達も同様の反応。


「ほら」とドモンが皿に、一緒に炒めていた玉ねぎのかけらをいくつか置き、ナナや義父に試食をさせる。

鶏肉には下味は付けているが、この玉ねぎは単に一緒に炒めていただけだ。


「ぬおっ!!」

「なんと?!」

「んんー!!」


ひょいとつまんで口に放り込んだ部隊長と義父とナナ。

玉ねぎには下味をつけた鶏皮の脂が染み込んでおり、口の中でそれが瞬時に大爆発。

その直後からぐぅぐぅとおなかの虫が大合唱を始めた。


「先に鶏肉の皮の方から炒めたことによって、その脂が浸透してるんだよ。これを野菜の方から炒めたりするとその水分が出てしまって、鳥の皮が煮えてしまって脂があまり出なかったりする」

「むぅ・・・」唸る義父。


「ちょっとした順番やひと手間変えただけで料理は変わる。ちなみに小麦粉をまぶした効果は、肉汁を閉じ込めたりパリパリに香ばしくする以外の効果もあるんだ」

「へぇ~」ナナはまだ玉ねぎを食べている。


「じゃがいもから出るデンプンで長く煮込めばとろみも増えていくんだけど、短時間で食べたい時には、このまぶして炒めた小麦粉が大いに役立つんだ。これによってまあ少々強引に仕上げることが可能なんだ」


炊事遠足の時、他の班がシャバシャバのカレーになってしまって落ち込む中、ドモンの班の作るカレーだけがまるで二日煮込んだようなカレーになっていた。

理由は当然上述した通り。


その時は短時間でコクを出すために、牛脂を炒めて溶かしてもいた。

ドモン独自のアイデアであったが、のちに某有名ホテルでも同じ作り方をしていることを知った。



水を入れコトコトと煮込み始めると、まだカレーのルーを入れていないというのに辺りにいい匂いが漂い始め、作り手であったサンまでもがクンクンと目を閉じている。


ドモンはその様子を見て、「一体どんだけ米を炊けばいいんだろうな?」と苦笑。

20人ほどいる中で30人前のカレーを作っているが、米はそれ以上に必要な予感。

ナナは座り込んで鍋を見つめ、その横で義父も片膝を付いて見守っていた。


ドモンは二升の米、わかりやすく言うなら20合の米を用意し焚き始めた・・・が、結果から言うならば、それではまるで足りなかった。



「ふわぁ~御主人様ぁ~!すごいですぅ~」


カレーのルゥを投入し、鍋の中身をかき混ぜていたサンが、出来上がっていくカレーを見て驚きの声を上げた。

まるで石のようなブロックをドモンがドボドボと投入し始めた時は、全てが台無しになってしまうのではないかと思っていたサンだったが、あっという間に鍋の中身が色を変え、香ばしい匂いに一気に包まれて、思わず叫ばずにいられなかったのだ。


もちろんそれはドモン以外の皆も同じ。

何度か食べていたナナも作るところを見るのは初めてで、「一緒に買ってきたから知ってはいるけど・・・やっぱり魔法よこれは」と驚きを通り越して、もはや呆れている。


「あの時の匂いの正体はこのカレーだったのだな?」と義父。


すすきの祭りの時に、客に出すために煮込んでいた最中に義父らがやってきて、匂いだけは嗅いでいた。

だがあの時はからあげをパンに挟んで食べていただけで、カレーは食べていなかった。

鋭い嗅覚と記憶力で、それを一発で見破ったのは流石である。一度でも食べていたなら簡単な話だけれども。



炊きあがった米の前にはサン、ふたつのカレーの鍋の前にはドモン。

二人同時にパカッと鍋の蓋を開けた瞬間、ピザの時以上の大歓声に包まれた。

「なんかもう、お腹が空きすぎて死んでしまいそう」と言ったナナの言葉に頷く義父。


「さあ今夜は丸ごと鶏肉入りのチキンカレーだ。スプーンで肉をほぐしながら、肉と米とこのカレーを同時に掬って食べてくれ」と説明しながら、ドモンが義父に皿を手渡した。


言われた通りに鶏肉をホロホロと崩し、まずは最初の一口。

テーブルがなく椅子だけを用意したが、それに座ることもなく、立ったまま皿を持ち食べた。


「ぬぅ!!!!」

「どうだ?」ナナの分を皿に盛りながら聞くドモン。


「・・・・これを作るのを失敗したとなれば、カルロスやコック長が落ち込んだ理由がわかるというものよ。貴様が作るものは全て美味いが、この一口でそれらの記憶が消し飛ぶほどの美味さだ」

「結局カレーが一番美味しかったってことだろ?回りくどい褒め方だなぁハハハ」


椅子の前に立ったまま食べ続ける義父。もう座る余裕がない。

その反対に、ナナは一口食べた瞬間に力が抜け、へなへなとその場に座り込んだ。


「んんんぐ・・・あぁ~ドモーン・・・」まだ一口目だというのにおかわりを要求しそうになったナナだったが、流石にそれは控えた。


「なんという深みのある複雑な味のスープなのだ!こ、これが異世界!!」次に叫んだのは部隊長。

「ワシはもう最初からドモンには驚かせられっぱなしだからなハハハ」何気にドモンが作ったものを色々と食べてきていたファルは、口に入れる前からもう覚悟していたため冷静でいられた。


騎士や御者達も一心不乱に食べ続け、最後はドモンとサン。


「俺はサンから一口貰うだけでいいや」

「・・・具合が宜しくないのですか?」

「みんなが美味そうに食ってくれるの見てたら、腹が膨れちゃっただけだよ。心配しなくていいよ」

「はい・・・無理はなさらないでくださいね?」

「大丈夫だってば。心配性だなサンはアハハ」


何度か味見をした際にカレーのスパイスが胃を刺激したのか、ドモンは少しだけ懐かしい痛みを感じていた。

まだ胆石が詰まった胆のうを切除する前の、すい臓を溶かしかけたあの恐怖の胆石性膵炎の痛みに似ている。


痛みに強いドモンですら「頼むから殺してくれ」とのたうち回った、あの痛みの前兆。

手術をして、二度ともうそんな事はないとわかってはいるけども、心と体が受け付けない。


「美味しいです!」とモグモグと頬張るサンから、じゃがいものかけらを貰い、ドモンはもう一度食べてみた。

「サンが口移しで食べさせてくれたらいいのになぁ」と冗談を言ってナナに怒られながら、ドモンは自分がカレーをもう食べられないということを知った。





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